15.終結
「あたしの使い魔で好き勝手やってくれたようね、――お兄様?」
蹴りたくった兄の前に仁王立ちになり、ペリドットはドスの利いた――それこそ少女とは思えない声で囁いた。
港でルカが倒した魔物も、ここに来るまでに何度か蹴散らしたそれも、元は彼女のしもべとして、仲良く暮らしていたものだった。
それを、この男は勝手に持ち出し、異世界ともいうべきこの人間たちの世界で暴走させたのだ。
「ここを彷徨うだけじゃなくて、こんな騒ぎにまで発展させるなんて、ただじゃ済まないわよ」
「はは、お前や父さんの振りかざす命令なんて、どれも下らないじゃないか。今だって、そいつらの不安や迷いを食べてるんだろう?」
起き上がって腹を押さえ、それでも嘲笑するアーズライト。その態度にむっとしたのか、ペリドットの手の中に瞬時に短剣が出現する。
そこに、その場の人間たちが入っていく隙はまったくない――
「――行こう。あれはもう、あの二人の戦いだ」
石化した腕を治療する二人を、ルカが出口へと促す。
何かを悟っているようなその表情に、クレアは頷くしかなかった。
人間たちが出て行ったのを確認すると、ペリドットは兄の首元に短剣を突きつける。
真っ黒な瞳には、恐怖の色も見られない。
――あの人間たちにしては、ダメージを与えたほうだと思う。恐らくこの場にある結界が彼らにとっては有利だった、それだけの話だろうが――
「無様なものね」
短剣を下して、ペリドットは憐れむように兄を見る。この結界の上に放置していても、彼は死ぬだろう。
魔族だからと言って、人間と違うところはそれほどない。刺されれば死ぬし、伝承歌みたいに精神だけの存在でもない。
「殺さないのかい」
その場に座り込んで、アーズライトは苦笑する。甘い妹だ、そう思っているんだろう。
「殺すよりもっと嫌な場所に連れて行ってあげるわ。――それが、この世界でお兄様が犯した罪の対価よ」
真横の空間に、黒く深い穴が出来上がる。
故郷へ繋がるそれは、塔の上部を完全に覆うほど二人を大きく包み込み――
やがて、はじけるように消えた。
――それから二日が経った。
大きな被害を受けたが、国力をあげての防衛や復興作業により、結界の塔の修復は目覚ましいスピードで終了した。
元々、頂上しか破壊されていなかっただろうか。
あちこちの修復作業を視察した帰り、ルカとクレアはクライストの中央に位置する広場へやってきていた。
「亡くなった方の命は戻りませんが、生きている皆さんは、彼らの分までどうか生きてください」
「こんなに早く、塔の復旧が終わったんだ。俺たちもできる事をやろう!」
広場では協会から派遣されたシスターや、神殿から集まった神官が演説している。
それに勇気づけられ、一致団結する国民たちを見て、ルカはほんの少し笑みをこぼした。
「ルシオン、俺はこの国に来てよかったと思うよ――」
小さく呟けば、隣にいたクレアが「え?」とこちらを見る。
なんでもないと返し、苦笑する。彼にもいつか、自分が犯した罪を打ち明ける日が来るのだろう。
その時の反応を考えると、怖くもあり――だが、彼ならば信じてくれるのではないか――そういう希望もあり。
「なんでもないんだ――」
もう一度呟いて、空を仰ぐ。
今日は清々しい快晴だった。
―― 第一部 了 ――