13.悪魔と呼ばれるもの
塔の螺旋階段を登り切ると、そこには見覚えのある男がいた。
間違いない、あの日自分の目の前に現れた蛇を宿す男――
「……なんだ、もう見つかっちゃったか」
薄い笑みを浮かべた彼は、恐らく何らかの魔術を発動する前だったのだろう。上げていた片手を下し、手の中の光をかき消した。
「……知り合いか?」
「……すごく嫌だけど、ちょっとした顔見知りではあるよ」
傍らのカイの質問に、簡単に答える。それだけで、あれが敵だと認識させるには十分だった。
「お前が、西の塔を破壊したのか?」
「お前なんて失礼だな。アーズライトって名前がちゃんとある」
カイの質問には答えず、青年――アーズライトは肩をすくめる。
その真っ黒な瞳が、クレアのほうへと動かされる。ほう、と溜息のような声を漏らし、アーズライトはにたりと微笑んだ。
「随分優秀な医師に助けられたんだね。まさか、食いちぎった目を再生するなんて」
「……無意味にしぶといからね。それが人間ってものだよ」
忌々しい悪夢を思い出しながらも、クレアは剣を抜く。
あの日と変わらぬその剣は、今では実戦で使用できるまでには鍛えられていた。とはいえ、あの男に何の備えもなしに対抗するほどの実力では、ない。
「……カイ」
「任せろ」
互いに一言で、何をするかを決める。毎日顔を突き合わせ、稽古に励んだ賜物ともいえた。
小さく詠唱をはじめ、クレアは剣の切っ先でゆっくりと円を描く。
力のない自分が唯一、力ある相手に対抗するにはこれが必要だった。
「――小賢しい」
何をしようとしているかを理解したのか、蛇を宿した男はクレアに向かって威嚇ともいえる魔力の塊を放つ。
詠唱もなしでの攻撃ではあるが、食らってしまえばひとたまりもない。しかしそれを避けてしまえば、詠唱中の術を無に帰すことになる。
「小賢しいのはどっちだ?」
冷ややかな声が、隣で囁かれた。赤い髪が軽く翻り、クレアの目の前に迫っていた攻撃を簡単に撥ね退ける。
「――流石」
詠唱を終えて、目の前に描かれた円陣を起動すると、クレアは目の前の赤毛に称賛の言葉を贈る。
「剣が良ければ持ち主もそれなりだ――」
ほんの少し笑みを浮かべて剣を構えるカイに、クレアは微笑んで自身も剣を構えた。
先ほどの円陣のおかげで、今は重い剣でも軽々と振り回すことができる。
ふ、と鼻で笑い、真っ黒な青年は仮面を顔に被せる。
「なら、少し本気を出させてもらおうか。君たちが負けた時、この塔はあとかたもなく消えるのさ」
「――魔族、か」
目の前の少女の言葉を、ルカは少しピンとこないまま復唱する。
「そう。悪魔ともいわれ、人間とは本来どうあっても交わってはならない種族。それが、あたしたちのような魔族よ」
走りながらもう一度わかりやすく説明してくれる――ペリドットと名乗った少女に、ルカは瞬時に抱いた疑問を投げかける。
――その魔族がなぜ今ここにいるのか、と。
「あたしに限らず、魔族は人間の世界にたくさん隠れてる。
魔族は人間の、悪い感情を食らって成長するのよ」
「……では、君もそうなのか?」
同じ魔族と言うのならば、ペリドットはどうなのだろうか。そう思い質問すれば、ペリドットは困ったような表情で少し考えた。
「……貴方が今あたしに抱いている、疑いとか不安の念も、確かにあたしの力の源にはなってるわ。けれど、それを作り出してまで得ようとは思わない。
これが普通かと言われたら、多分魔族としては普通じゃないわ」
返された返答は、確かに納得はいくもののすぐには理解できない。
しかし、彼女から自分に対する殺気のようなものは一切なく、態度やしぐさも極めて人間的ではあった。
「魔族は、この世界とは一つ別の次元に自分たちの世界を持ってる。そこから出ていくことは禁止されていたのに、興味本位で掟を破った奴がいたのよ」
淡々と語りながら、ペリドットは一度立ち止まってあたりを見回す。
「こっちだわ」
「――その、掟が破られてからなのか?君たちがこの世界に現れたのは――」
再び走り出す彼女の後に続きながら、ルカはまた質問を投げる。
そうよ、と呟き、ペリドットはルカの手首を掴んだ。
「近道するわよ!」
「え、ちょっ……!?」
ふわり、体が浮いた。魔術の類であろうそれを詠唱もなしに発動することは、とても難しいことなのだとクレアから聞いたことがある。
それを容易に、しかも自分まで宙に浮かせる彼女の力は、想像できないほどなのだろう。
「――要するに、魔族にも普通の奴とヤバい奴がいるってことよ。そのヤバいのが、うちの馬鹿兄貴!」
なんとも滑稽なその物言いに、ルカはどういう対応をすればいいかわからなかった。