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Double.第一部  作者: Reliah
11/16

11.異変と混乱




「全く、人間なんて能天気な生き物だね。ちょっといい事があればすぐに嫌なこと忘れるんだから」


 クライストの周囲を囲むように建てられている塔、そのうちの一つに「彼」はいた。

 端正な顔立ちに、光のない黒い瞳。街を歩けば間違いなく女性が寄ってきそうな美貌の持ち主だが、残念なことに髪から顔をのぞかせる蛇たちが、彼を人間ではないと証明してしまっている。

『面白くないですね、旦那』

「お前と気が合うのは些か不愉快だけど……確かに面白くないね。随分楽しそうな食事相手だったのに」

 髪から首を伸ばしてくる蛇に答え、それはにたりと微笑んだ。

 片手に持っていた白い仮面を顔にかぶせ、塔の頂上――その、中央へと歩みよる。


「さて、ペリドットから借りたあれでもばら撒いてあげようかな。……この結界を破壊してね――」









「クレアちゃん、眼鏡姿も随分板についてきたんじゃね?」


 廊下ですれ違いざまにそんな事を言われ、クレアは持っている書類で彼――ケイマの頭を軽く殴る。

「馬鹿言ってないで、仕事してよね。君のサインが必要な書類、まだこっちに回ってこないじゃない」

「ふえーい、すいませんした!」


 相変わらず――と、今となっては言えるそんな掛け合いをしながら、クレアは私室のドアを開く。仕事用の執務室として城内に設けられたその部屋のプレートには、「師団長」と書かれていた。


 一般に公開されていなかっただけで、今までルカが埋めていたという師団長の席は、戴冠の儀から随分と長い間空席になっていた。

 本来ならば下の階級から、相応しい者を選ぶはずの席。そこに座っているのは、自分でも場違いではないか――そんな事を未だに思わないでもない。

 仕事はしっかりとこなしているし、本来の師団長の役目である政治的なサポートも、多分、悪くはないはずだ。

 だが、未だにルカから一本も取れないような実力ではたして「騎士」と呼ばれていいものなのだろうか。


 ――そんな事を悩んでいる矢先だった。


「――おい、クレア!ヤバいぞ、西塔の結界が破れた!」


 派手な音を立てて、ドアを開け――るどころかぶち破ったその相手に、一瞬目を丸くする。

 が、その口から飛び出した物騒な言葉にすぐに眉をひそめた。

「結界が――破れた?」

「……そりゃ、塔自体が破壊されたんだからそう言うのが適切だろ」


 さらに付け加えられた言葉に、その場にいた補佐官の顔が青くなる。

 ここでパニックになられては面倒だ。仕方なく、クレアは補佐官に向かって適当な指示を出す。

「聖騎士と神官たちに各塔の結界の確認と修復を命じます。伝令は任せますよ」

「はっ、はい!失礼します!」

 やることさえあれば彼らは動く。慌てて出て行った補佐官を見送ると、クレアは目の前の男――緋色の髪の騎士に視線を戻す。

「それで、破壊した犯人の目処は?」

「……黒装束の男がいたという話しか、今のところ聞かん。それも塔の下から目撃した市民の証言だからな、正確性はあまりない」


 的確で簡単な説明に、クレアは小さく頷いて立ち上がる。

「西塔は、貿易船も入る港がある。魔物が入り込んだらちょっとの被害じゃすまないだろうね。

 カイ、君のところの部隊は動かせる?」

「問題ない。既に港のほうに防衛線を張るよう指示しておいた」

「さすが。じゃあ行くよ」


 予想通りの手早い配慮に、クレアは満足げに頷き剣を取る。

 さすがに、何年も手にした剣はいい加減手に馴染んでいた。


「犯人を探す気か?」

「勿論。どういう手合いなのか、かなり心当たりがあるからね」


 眼鏡の位置を直しながら外套を羽織る。不思議そうに眉をひそめるカイにいつもの笑みを向け、私室を出た。




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