1.うたかたの館
ざあざあと降り続く雨が雷を誘うころ、青年は一人大きな木の真下で溜息を吐いた。
三つ編みにされた蒼く長い髪、髪と合せたようなやや濃いめの水色を基調にしたフロックコート。
その上に紫がかった緋色の外套を羽織る姿は、さながら「騎士」のようだった。
実際、その腰にはやや大きめだが細身の剣が見えるのだから、彼を騎士と思わないほうがおかしいのだろう。
身なりとしては五つ星、おそらく貴族と思われる服飾品は、今は雨宿りをする前にたっぷり被ったのであろう雨で無残に濡れていた。
「困ったな……」
彼から零れた声はその一声だけ。他に聴いている者もいないのだから当然ではあるが、溜息の数はその数十倍今までに零れている。
まいったと言いたげに濡れた頭を振り、ふと彼は自分の背後を仰ぎ見る。
ちょうど雨を凌げそうな木があると思ってここに来たは良いが、そもそもこの地域は城下町――いわゆる「高級住宅街」だ。
それならば近くの貴族の屋敷に一晩の宿を求めてみるのもよいかもしれない。そう思い、後ろを振り返ってみたが。
どうやら、自分が雨宿りをしている木を有している屋敷は「無人」のようだった。
暗いせいでよくわからないが、おそらく外壁は白を基調に作られた、そこそこ大きな屋敷。
自分のすぐ隣にある門から覗き見る限りでは、それなりに手入れをされているようだが、明かりは一切ついていない。
が、鉄柵でできた門自体はほんの少し、内側に開いている。これは鍵をかけていないということなのだろうか。
何にせよ鍵がかかっていないのであれば、無人の屋敷と取っても問題はなさそうである。
ずぶ濡れになったせいか寒気が襲うこの状況では、もしかしたらいるかもしれないこの屋敷の主に許可を取るどころの話ではない。
そうやって自分を正当化する愚かさに頭を痛めつつ、彼は門の中に足を踏み入れた。
「だれか、いますか?」
案の定鍵のかかっていなかった玄関を開け、暗いホールの中に入る。
一応声をかけてはみるものの、暗いホールは誰一人として気配を感じることもなく、静まり返っていた。
「……本当に誰もいないのか?……にしては、片付いてるな」
暗闇に馴染んできた目で周囲を見渡し、青年はひとまずこの後どうしようかと思案する。
雨風に悩む必要がなくなり、かつ屋敷の中はそこそこ暖かい。真冬でなかったのが幸いしたのだろうと思いながらホールの中央に歩いて行くと、奥のほうに暖炉らしきものを見つけることができた。
先ほども思ったが、「無人」の割にはこの屋敷は片付きすぎている。
そして、暖炉や蜀台の蝋燭を見るにつけてもわずかに生活の後が見られる。
もしかすると、家主が旅行にでも行っている間に盗賊でも出入りしたのだろうか。
そんなことを思いながら、ホールの隅にあった椅子に座りこむ。
今まで立っていただけでなく、雨に濡れて冷えた体から疲れがどっと噴き出す。
家主には悪いが、風呂でも探して借りたいところだった。
が、さすがにそこまでするのはと思い席を立つ。
ひとまずは、家主がいないか探すため屋敷内をうろつくことにした。