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恋、濃い、来い  作者: 天井つむぎ
第一章 変わりたい!
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妖精との出会い

「あ。また、ため息! 幸せが逃げちゃうよ?」

「そうだけど……。はあぁ……」


 体の空気を全部出し切るようなため息。苦笑いの城ヶ崎 千穂(じょうがさき ちほ)とうちは熱気溢れる体育館から出てきたところだった。


 二つの体育館で開催される部活勧誘デーも入部届け締め切り日に合わせて最終日を迎え、呼び込みから見送りまでどの部活も気合が入っている。吹奏楽部のラッパーのマーチには心を震わせるものがあった。


「ま、無理もないけどね。ここ、コンクールの受賞常連校。幼少期から実力者揃いだし。天才だけ集えばいいはずなのに、高等部は全員部活必須とか笑えるよね」

「うう、私は才能の才もないです……」

「今の笑うとこなのにー。あ、先輩だ!」


 廊下の先にはスポーツウエアを着た女の人がいた。バレーボールを片手に手を振っている。


「じゃ、行ってくるね。えみみんにもいい部活絶対あるはずだから、元気だしなよ!」

「うん。ありがとう、ちほちょん! 行ってらっしゃい、頑張ってねー!」


 赤髪のポニーテールを左右に揺らし、彼女は先輩の元へ向かっていった。

 『ちほちょん』の名付け親はうちだ。緊張故に噛んでしまったのに彼女は気に入ったようで、


「それなら如月(きさらぎ)さんはえみみんね」


 人生初めてのあだ名でちょっと心が躍った。


 ちほちょん達が曲がり角から消えたところでうちは力無く振っていた手を下ろした。


 百合ノ花(ゆりのはな)学園は中等部と高等部から成る女子校だ。指定のセーラー服と高等部からの転入制度に例年希望者が後を絶たない人気校でもある。


 うち、絶対入るとこ間違えた……。ちほちょんは仲良くしてくれるけど……。


 両親の仕事の都合で如月家は一家で上京したが、まさか滑り止めの私立に入学することになるとは思ってもいなかった。上も下も白の高等部のセーラー服に身を包み、校門前に立った時にはもう確信した。ここはうちには敷居が高過ぎると。西洋の城を模した校舎、リムジンでのお迎え、「ごきげんよう」「今朝のテレビでお父様のご活躍を拝見しましたわ」「そのリボン、ポニーメイの新作ではなくて?」などの高級感と最先端の流行が滲み出る会話……。それから寮に帰るまでの記憶がないほどに初日は衝撃が強すぎた。


 作文とかの文章なら方言消せるけど、未だに普段の口調だけは方言が出そうになるわ……。もうちょっと練習せんとな。


 さらにここでは、ちほちょんが言うように高等部は部活必須だ。これは栄光を守るための暗黙のルールでパンフレットにも生徒心得にも書かれていない。中等部は仮入部扱いになるようで表面上、縛りはなかった。


 ちほちょんも複数の運動部によく顔出てたみたいやったし運動神経良いみたいやから、賞とかいっぱい取るんかな。


 仮入部の時から先輩に英才教育受けていても、きっと元の才能の力だと思うのだった。


「それに比べてうちは何にも無し。ははは、笑えるわ」


 冊子を広げ、ダンス部にもバツを描く。先ほど創作ダンスを教えて貰ったが、思ったように体が動かせず直ぐに息が上がってしまう。テンポ良く明るい曲が虚しくなるほど微妙な空気させてしまい、断念した。


 体育館から離れても賑やかな音楽が聞こえてくる。青春を全うする声、青春を謳歌する音。窓ガラスに映るふっくらとした豚に真珠の如月笑咲(えみ)


「あかんあかん。大丈夫、チビデブ庶民なうちでも楽しめる部活があったはずや。例えばそう、吹奏楽部……は演奏出来なかったな。家庭科部はコック服揃えやなあかんかったわ。そ、そう!あっ、……かるたは一枚も取れへんかったな。みんな目が人間やなかった……」


 芸術系が強い百合ノ花では文化部の数でも二十六を達する。同好会制度は去年に廃止されたようで、ちほちょんとアニメ同好会を創立する目標が叶わなかったのは痛手だった。バツで真っ赤になった頁に、丸い顎から汗が滴り落ちる。四月だというのに気温は三十度近い。二滴、三滴。赤インクが滲んで広がっていく様子は最早ホラーだった。最もホラーなのは、入部届けが今日の十七時締切ということ。


「あと一時間もないし、どうしたらええんやぁ……」


 落胆と疲労でその場に座り込む。適当に選んでも後悔するのが見え見えなのでやめておきたい。それにしても床がひんやりしていて気持ち良い。


 行儀悪いけど、もう少しこのままでもええかな?


「どうしてそこに座っているのかしら?通行の妨げになるわよ」


 息をついた途端、背後から聞こえてきた声に体が強ばる。首が震えつつも、振り向いた。


 うわぁ……雪のように白い、妖精みたいな女の子や……。


 童話に出てくる白い妖精、もしくは天使にも見える。


「聞こえないの?……まさか、どこか悪いのかしら」


 心配している声掛けなのに、心配しているようには聞こえないほど冷たい声。表情も真顔と等しく肌も日焼けしていないせいか、ブルーの瞳が印象強い。


「あ、いえ……。ごめんなさい」


 直ぐに立ち上がり、数歩下がって背を窓側に寄せる。用済みなのか無言で通り過ぎていく彼女からは春の匂いがした。


 ホワイトセーラー……高等部だ。

 中等部は襟とスカートが赤色、高等部は襟に差し色の赤線が二本。珍しいセーラー服として有名だった。


 彼女は瞳の色と同じ青色のネクタイをし、歩く姿は後ろからも分かるほど凛としている。


 上靴を履いているのに、ヒールに見えてくるのはなんでや? てか、あんなごっついべっぴんさんまでいるのが当たり前やなんて……。


 時空が違う人達と同じ土俵で三年間過ごしていかなくてはならないのは正直辛くて逃げたい。 


 しかし、裏を返せば毎日拝める目の保養。それにうちには入学式で出来た、ちほちょんという優しい友達がいる。一人おるんやから学園生活だって大したことあらへん!


「ねえ、ちょっと。貴女に訪ねたいことがあるのだけど」


 白の彼女は進めた足を止め、ふわりとスカートを揺らして戻ってきた。春の陽射しに照らされ、少女の髪は朝露みたいに輝く。


「……なっ、なんでしょうか?」


 背中にじんわりと出来た汗と生地がさらに密着する。百五十センチになったばかりのうちには視線が高い。二十、盛っても三十ほど差がある。あまりの美貌に首だけでなく肩まで上がってしまう。


「演劇部はどこで活動しているのかしら。この棟で合っているのよね?」


 近くで聞くと川のせせらぎのような、夏の風鈴のようなくすぐったい声をしている。

 髪が頬に流れ、ガラス細工の青色の瞳がうちを映す。遠くからでも綺麗だったのに近くで見るとさらに美人度が増して見え、やっぱ別世界の人やと思ってしまう。


 ここにも美人はたくさんいた。けれど、この人は根本的に何かが違う。浮世離れ。その言葉が相応しく、目が離せない。


「聞いてるの?」

「あ、はい、すみません。……演劇部、演劇部ですか……」


 冊子を捲ると二十六番目、演劇部がある。活動場所は三棟一階。「一度きりの青春ここにあり!」なんとも熱い部長コメントだ。


 ここの学園、演劇部あったんや。見たことあらへんけど。


 毎日に入れ替わる体育館での紹介を一通りちほちょんと見て回ったが、演劇部をうちらは発見してない。


「三棟一階はここで合っていますね。でも、部室の教室が書かれていないです」


 冊子を見せると「そう」と頷かれた。声は綺麗でも感情の色が薄い。 


 この人、冊子持ってないんかな?オリエンテーションの時に渡されたはずなんやけど?


 同好会から昇進した新しい部活なのかもしれない。彼女は顎に手を当て、何か考えているようだった。美女はどんな姿でも美しいんやな、なんて考えているとどこからか声がする。 


 しかもどこかで聞いたことのある台詞だ。


「〜、だ。……か、ら……」


 そうだ。あれは、たしか……今期の毎週金曜日深夜枠『ラビリンス』一話の守君の台詞……。


 過去を繋ぐ黒電話を取り、準主人公に言い放つ言葉。


『俺はお前とは違うんだ。分かったなら、もう掛けてこないでくれ』


「あ、プレハブや!」


 教室二つ分のプレハブが三棟の裏に建っている。窓の隙間から何人か歩いたり、回っているのが見えた。きっとあそこだ。


「たしかに何か聞こえてくるわね。稽古中かしら」

「行きましょう!」


 うちは夢中で走り出した。同士でなくても一番好きな作品を知る人物がいることに胸が躍ったのだ。

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