序章
「あー!やっと着いたっ!」
最寄りのインターから40分ほど車を走らせて、やっと目的地に到着。駐車場に停めてから、バッキバキになった体を動かすとパキ、パキっと軽快な音が響く。
「10時間かけた後のこの音は気分いいねぇ…。」
降り立ったのは、何年振りかの母の実家。
山に囲まれ、見下ろせば崖。そして開けた土地にある1件家。日本海側に面する家屋の2階からは、水平線の彼方まで眺められるのをふと思い出す。景色は高いところならとても良い。
小さい頃、親の帰省に連れられてきていた従兄弟たちと芋掘りした畑も今は草まみれ。昔、祖母が乗っていた軽自動車も、今はない。代わりにあるのは我が愛車が陣取っている駐車場。
家屋に囲まれた中央には、昔祖父が使っていた資材小屋がある。が、木製なものでガタがきていそうだ。
「久々に来たけど相変わらずだなぁ。こっちの畑も草ぼーぼー。山の方にあるキノコはどうなってんだろ…。そういえば昔この小屋に蜂の巣できてて、じーちゃん刺されたって言ってたな。」
悪戯の好きだった祖父に、原木に生えていた大きなキノコを見せられた衝撃は忘れることのできない。そんな祖父はカラカラ笑いながら蜂に刺されたことを言ってきたが、小さかったのに覚えてる時点で、当時の私にはインパクト大だったのだろう。
田舎生まれ、成人後は都会生活。昔は虫も素手で捕まえる事ができたのに。都会での生活に毒されて気づいたら虫は紙で掴むへなちょこになっていた。
そんな私がまさか、ここ。近くのスーパーまで車で20分の車社会に住むことになるなんて思ってすらなかった。
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始まりはとある日。離れて暮らす母からの1本の電話。
「あんた、よかったら実家に住まない?好きでしょ。えーっと、ああいうの。」
「なに、ああいうのって。もしかしてスローライフのこと?」
「そうそれ。仕事辞めるって言ってたし、どう?」
「いや、あそこ自然まみれなだけでただの車社会じゃん。立地もなかなかあれじゃん?」
そんな会話から早1週間。善は急げばかりに我が家に届いた宅急便。その中には母の実家の家の鍵と一通の手紙が入っていたのでした。
『実家のことは任せた』
ふざけんなって思ったのは一瞬のこと。もちろん、それは紙切れと化した。




