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幻姫と星空の国  作者: 立花柚月
天文台の王女
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5

エリカが呆然と立ち尽くしている間にレオは追手を全て倒してしまった。エリカは恐る恐る地面に倒れ伏した追手たちを見た。全く動いていない。すると、レオはエリカの疑問を感じ取ったのか、こう告げた。

「…殺してはいない。しばらく戦えなくしただけだ。他の追手が来る前に早くここを離れよう」

「はい。…あの、助けて頂いてありがとうございました。私一人だったら今頃…」

――今頃、追手たちに捕まっていただろう。エリカはうつむいた。自分が全く戦力になれないことが悔しい。戦いにおいて彼女ができることは何もない。それは分かっていたけれど、改めて思い知らされたような気がした。

「気にするな。僕が勝手についてきたようなものだから。…ところで、エリカ、ここがどこだか分かるか?」

そう言われて、エリカは辺りを見た。しかし、さっきまで見えていた街の明かりが見えない。既に日は完全に沈み、先ほどまでは木々の間から差し込んでいた光もほとんどない。直に真っ暗になって何も見えなくなってしまうだろう。

「さっきまで街の明かりを目指していたのに…。逆方向だったのでしょうか」

レオは、星を見れば方角が分かるかもしれない、と思ったようで空を見上げたが、木々の間から見える紺色の空はあいにく曇っていて、星は一つも見えない。そもそも、他国であれば星で方角を確認できるかもしれないが、エトリセリアの星空は特殊だ。決まった位置に現れる星は一つもない。つまり、方角を確かめるのには全く役に立たない。彼は諦めたように目線を森へと移した。暗い森は何か悪い物が潜んでいそうな雰囲気を醸し出していた。ここから出られなければ、一晩中森で過ごすことになってしまう。だが、それはあまり良いことではないだろう。追手はもちろん、獣が出てくる可能性がある。……だが、そこでエリカは一つ、この状況を打破できるかもしれない策を思いついた。

「……あの、星が見えれば方角が分かりますよね?」

唐突に話題を変えたエリカにレオは少し戸惑ったようだった。エリカは先ほど、レオが空を見上げているところを見てそう尋ねたのだが…。レオは少し間をおいてうなずいてくれた。

「ああ。確かにそうだが…、運よく雲が晴れるとは限らないし、それに…」

エトリセリアの星空は方角を確かめる上ではあてにならないと言いたいのだろう。けれど、もし、彼女が星空の力を使えば…。雲は晴れ、星空は未来を告げるものでなく、どこででも見られる「普通の星空」へと変化する。つまり、方角の確認が可能になるのだ。だが、問題は…、その力を知ったレオがどう思うかということだ。怖がられるかもしれない。なぜならこの力こそが、エリカが天文台に行く理由になったのだから。少しの間迷った末、エリカは深呼吸した。そして、空へ向かって思い切り手を伸ばす。約七年前に、王城で国王にこの力を見せた時のように。懐かしい、と思いつつエリカは曇った空を見つめた。


レオはエリカの雰囲気が変わったことに気付いた。何をしているのか聞きたいが、怖いくらい真剣なその表情を見て、声をかけるのをやめた。しばらくすると、エリカは空へ伸ばしていた手を下ろした。そして、こちらを見る。その瞳はうっすらと星のように金色に輝いていた。

「雲、晴れましたよ。星が綺麗に見えますし、これで方角が分かると思います」

その言葉に驚き、レオは空を見上げた。そして、更に驚愕することになる。なぜなら、そこに広がっていたのは満天の星空だったからだ。本来だったら、エトリセリアでは見えないはずの…。暗いせいか、明かりの多い城下町や王城では見られなかった星々も綺麗に見える。きらきらとした光が空いっぱいにちりばめられている。それを見たレオは、不意に星術師を目指していたとある人物のことを思い出した。しかし、彼はもういない。その人物は――、兄は、レオの前から突然姿を消してしまった。…もう、ずっと前の話だ。久しぶりに彼のことを思い出したような気がする。…が、そこでふと我に返った。普通ではあり得ない現象が、今、目の前で起こっている。だが、間違いなくそれは現実だ。

「…って、そもそもこれ、どうやったんだ?何で急に雲がなくなって…?」

「その質問の前に申し訳ないのですが、方向を調べて頂けると嬉しいです」

エリカは本当に申し訳なさそうにしている。だが、彼女の言う通りだ。もう少し時が経てば、完全にこの森は暗闇に閉ざされるだろう。レオは再び空を見て、どっちの方角に行けばいいか調べた。その結果をエリカに伝え、その方向に歩きながら改めて話を聞くことにした。

「実は、私には不思議な力があるんです。…それは、どんなに曇っていても星空を見ることができる力。…そして、エトリセリア王国に限って言うならば、簡単に言ってしまうと、星術を無効にする力です。他の国と同じように、全ての星を、見ることができてしまう」

その内容に反し、エリカの表情は暗い。レオはその言葉に驚いたが、先ほどの星空を思い出してすぐに納得した。それと同時に疑問点が浮かんだ。それは、天文台で聞こうとして聞けなかった問いでもあった。

「そんな綺麗な力を持っているのにどうしてあの天文台にいたんだ?」

エリカはその質問に一瞬ためらうようなそぶりを見せ、少しだけ黙っていたが、結局口を開いた。どこか淡々とした口調で答えを口にする。

「星術の意味が…、なくなってしまうから。星術はどの星が出ているかどうかなどで未来を把握します。でも、私が力を使えば、他の国と同じような星空になってしまうのです。エトリセリアを支える基盤である星術が嘘になり得ると知られれば、きっと…」

エリカはその続きを濁したが、その内容はすぐに予想がついた。そうなれば、民の不安を煽ることになっていた。それが、いつの日か、動乱となっていた可能性も。

「君は、それで良かったのか?どちらにしろ、エトリセリアは滅びていたのに…」

エリカは作り笑顔を浮かべた。薄暗い中でも無理して笑っていると分かる、偽りの笑みを。その瞳はどこか諦めきった色を映している。

「もう…、過ぎてしまったことですから。仕方ありません。それに、星術が無意味だと知りながら王宮で生きていくことはきっと耐えられなかったと思います」

だが、その言葉を聞いたレオは、兄がいなくなる直前に言っていた言葉を思い出した。今まで気にしていなかったし、ほとんど忘れかけていた言葉が、突然鮮明に蘇ってきたのだ。

『レオ、星術なんてものは無意味なんだ。この国は全部、幻みたいなものなんだよ…』

兄はこのことを知っていたのだろうか?…そうでなければ、そんなことは言えないはずだ。この国において、星術とは絶対の未来を示すもので、その術は何百年も途切れることなく続けられてきた。無意味なんてことは、本来であればあり得ない。――それが、例えばエリカの力で無効化されない限り。気になったレオは、誰がその力のことを知っているのか、エリカに聞いてみることにした。もしかしたら、その中に兄の名もあるかもしれない。それならば納得がいくのだが…。その問いにエリカは少し怪訝そうな表情をしたが、こう答えた。

「そうですね…。すぐに思いつくのは、私の家族くらいでしょうか?」

そもそも、他の人に言ったとしても、実際に見せなければ信じてもらえないだろう、とエリカは付け加えた。その言葉にレオは納得した。確かにレオも、実際に見なければ信じていなかっただろう…。――では、なぜ兄はこのことを知っていたのだろうか?また、星術と兄の失踪は関係があることなのだろうか?何となく引っかかる物があったが、取りあえずレオはエリカと共に、森を抜けることにした。しばらくすると町の明かりが見えてくる。その光は、町だけでなく二人の心も明るくさせるようだった。夜空には、たくさんの星が輝いていた。

読んで下さり、ありがとうございました。

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