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幻姫と星空の国  作者: 立花柚月
天文台の王女
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「いつまで歩けばいいんだよ、この森…。本当に天文台なんてあるのか?」

レオは道なき道を進んでいた。鬱蒼とした森の中。建物の陰などどこにも見えない。一度立ち止まって来た道を振り返ってみたが、王城の姿も木々で見えなくなっていた。見上げた空には灰色の雲が広がり、遠雷が聞こえた。まるで、今も続く凶事を告げるように。そろそろ雨になるかもしれない。レオはため息をついたが、再び歩き出した。どちらにしても時間がない。早く目的の場所を見つけなければ。だが、そんな自分の意思とは反対に体はとても疲れていて、上手く動かない。少し歩いたところで思わず座り込んだ。数日間ずっと歩き続けていたせいで疲労が溜まっている。慣れない荒れた道や野宿は更にレオの体力を奪っていた。…それに、戻るべき場所はもう存在しない。自分一人しか、ここにはいない。そんな精神的な負担もあるのだろう。限界が近付いている。しかし、既に反乱軍が占領しているだろう王都に今さら戻ることはできず、結局森の中をひたすら進んでいたのだが…。意識が曖昧で、思わず目を閉じる。このまま意識を失うことになりそうだと思った、その時だった。どこかから、何かが聞こえてきた。思わず耳を澄ます。

さく、さく、さく………。

誰かが歩いてくる音。しかもそれは迷うことなく、真っすぐにこちらへと向かってくる。段々と音が大きくなる。レオはぼんやりと考えた。

(反乱軍の追手、なのか…?けど、明らかに来る方向が違っている…)

さく、さく、さく………。さく。

突然、足音が止まった。自分のすぐ近くで。しかし、それはレオに何もしてこない。ただこちらを伺っているような気配がする。やはり、反乱軍ではないようだ。そして、恐らく動物などでもない。…だとしたら、一体何なのか。そう思った時、すぐ近くで声がした。

「あの…、起きていらっしゃいますか?そろそろ嵐になりそうですし、家に戻った方が良いのでは?もし迷子なら一日くらいはお泊めできますがどうしますか?」

予想外なことにその声は少女の声だった。どこか柔らかい雰囲気を感じさせる。しかし、何故こんな森の奥に少女がいるのか。しかも、雨が降り出しそうなこんな時に。そう思ってゆっくりと目を開けた。彼のすぐそこにいたのは、夜空色の髪と、星のような金色の瞳の少女。一目見て思ったのは、その色彩が冬の澄んだ星空のようだということ……。彼女は心配そうにこちらを覗き込んでいる。どうやら彼女が先ほどの足音の主のようだ。

(誰かに、似ている…?というか、そもそも、この少女は…、一体何者なんだ…?)

レオはそう思ったが、そこで限界が来た。急激に意識が薄れていく。視界が暗くなっていく。

「あ……っ、ちょっと!大丈夫ですか…!?」

少女の慌てたようなその言葉が聞こえたと同時に完全に意識がなくなった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「どうしましょう、この方…。それに、一体誰なんでしょう…?急に倒れてしまいましたが…」

エリカは目の前で倒れている少年を見ておろおろしていた。そもそも、人がいるという状況に非常に戸惑っている。つい先ほどまでは天文台の窓から外を眺めていたのだが、森で何かが動いていて、しかも人のようだったので、つい気になって様子を見に行くことにしたのだ。しかも、その場所は獣道と呼んでもいいほど荒れた道だった。この森にはそうした道がたくさんあるが、そこから人が来たことは今までに一度もなかった。早速行ってみると、そこには本当に人がいて、エリカが声をかけた直後に倒れてしまった…。

エリカはどうするべきか迷いつつ、じっとその少年を眺めた。今まで天文台には限られた人しか来ていなかったので、こういう時にどう対応すればいいのか分からない。取りあえず起こそうかと肩を叩いてみたが、起きる気配は全くなかった。最初に見た時から何となく気付いていたが、彼は疲れはてているようだ。しかし、そんな状態で何故こんな森の中に来たのか…。そう考え込んでいたその時、エリカはあることに気付いた。雷の音が、段々と大きくなってきている。見上げると、木々の隙間から見える雲も、先ほどより暗さを増していた。そろそろ雨が降り始めるだろう。

「取りあえず、天文台に連れて行くべきでしょうか?ここで倒れていたら危険でしょうし」

嵐が来るのもそうだが、動物がやって来たら更に危険だ。エリカはずるずると少年を引っ張って天文台へ連れて行った。引きずられているのにも関わらず、やはり少年は起きそうにない。本当に大丈夫だろうか、と心配しつつ、どうにか天文台の近くにたどり着いた。しかし、さすがに一番上の階にあるベッドまで引っ張っていける自信がない。仕方がないので天文台の隣の物置小屋で一晩を過ごしてもらうことにした。箱や布などがたくさん置いてあるので、それらで簡単なベッドくらいなら作れるはずだ。エリカは早速良さそうなものを探しだしてどうにか寝られるような場所を作り、そこに寝かせる。それだけでものすごく時間がかかってしまった。

「はあ…。意外と大変でした。…あ、起きた時の為に何か作っておくべきですね」

疲れているのだったら、回復できそうなものにするべきだろう。エリカは天文台に戻って簡単な料理を作った。自分で料理するのはいつものことのはずなのに、何故かとても嬉しい。それは、誰かのために何かをしているから、かもしれない。誰もいない天文台に暮らしているエリカにとっては、そういった機会が全くと言っていいほど存在しない。そういうものだと、既に諦めている。

(そもそも、他人に料理を作ること自体が初めてかもしれません。お姉様はいらっしゃるとき、いつも料理を持ってきてくれましたから…。…それにしてもあの方はどなたでしょうか?)

着ている服はどう見てもこの国のものだった。それに、基本的にこの森には王城の敷地からしか入れないようになっている。ということは、恐らく彼は王城の関係者だ。しかし、何故森の中をさまよっていたのか…。それに、彼が倒れていたのは細道の方だったが、一応それなりに整備されている道もちゃんと存在している。荒れた道の方からやって来た理由が分からないのだ。誰かの許可を得てここに来たのならば、道筋を把握しているはずなのに。そして、もう一つ。何故従者が全くいないのだろうか。どうやら高貴な身分の人は基本的に従者を伴っていることが多いらしい。エリカはずっと一人で暮らしているせいでよく分からないのだが、そういうものだということだけは知っている。ジゼルもこちらに来る時は、必ず従者を伴っていた…。改めて考えてみると、彼には不思議な点が多い。

「…何か理由があるのかもしれません。起きたら聞いてみれば良いことですし」

エリカは楽観的にそう考え、物置小屋に料理を持って戻った。しかし、少年はまだすやすやと眠っている。もしかしたら、明日まで起きないかもしれない。もしも全く起きなかったら、どうにかして王城の方に連絡すれば良いだろう…。

よそってしまった分の食事をどうするべきかと考えているうちに、雨が降り始めた。最初はぽつぽつと降っていたのだが、だんだんと強くなり、物置小屋の窓や壁に叩きつける。雷も本格的に鳴りだした。彼を見つけたのが、雨が降る前で良かった。既に外は暗くなっている。

――この時の彼女はまだ、自分の運命が大きく回り出していることを知らなかった。

読んで下さり、ありがとうございました。

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