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エトリセリアにずっと前から存在する、星術。それは、エトリセリアにこれから訪れる危機を何度も伝え、その回避に大きく貢献してきた。人々はその恩恵を受け、豊かに暮らしていた。また、星術は未来を知る特別な術として世界中に知られている。しかし、それがどうやってできたのか、どういう仕組みなのか…、その歴史などは全て謎に包まれている。それに関しての情報はほとんどの人が知らない。エトリセリア王家の中でもごく一部の人と、星術師の頂点に立つ人物にしか明かされていないのだ。星術の真実は徹底的に秘されている。
だから、湖の街に伝わる星の女神の物語など、エトリセリアの人は誰も知らない。そして、反対に湖の街の人たちも、その物語がエトリセリアには存在しないことを知らないのだ。この二つの地にはほとんど交流などないし、あってもそれが話題に上ることなどなかった。だからこそ、二つの地の間でこの物語に関するある意味では根本的な疑問は生じていなかった。生じるはずもなかった。
――何故、星術の元となった力を持つ星の女神の存在が、エトリセリアの歴史から消えているのか。
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エリカとレオは、この街に来た日の夜に二人で話していたテラスで昼食をとっていた。この宿に泊まっていた客は既に出かけているか、別の町へと旅をしているのだろう。そのため、そこには二人以外に誰もいなかった。天気は快晴。頭上には、雲一つない青空が広がっている。夜までこの天気が保てば、綺麗な星空が見えるだろう。近くにある湖の水面が日の光を反射してきらきらと輝いていた。所々に魚を釣っているらしい舟の姿もある。街中にはりめぐらされた水路では今日も子どもたちが楽しそうに遊んでいる。また、そこには空の色が映りこんでいて、水を空と同じ青色に染め上げていた。あちこちに設置されている水車がゆっくりと回っている…。非常に和やかな雰囲気で、逃避行のことなどなければずっとここにいたい、とエリカはつい考えてしまった。
ぼんやりとしているエリカに、レオは先ほど客の会話から得た情報を話した。
「どうやら、反乱軍はこの国にも入ってきているらしい。僕たちを追っているのか別の目的があるのかは分からないが…。どちらにしても警戒しておいた方がいい。もしかしたら、反乱の首謀者と繋がっているような人物もいるかもしれない」
「そうですか。それは気をつけなければなりませんね。…でも、逆に言うと、その人と接触すれば誰が首謀者なのかが分かるのですが…。危険ですし、止めておいた方がいいですよね」
レオはうなずいた。目的は分からないと言ったが、前者である可能性の方が高い。これまでにも度々襲撃を受けたことからもそれを察することができる。なので、エリカが反乱軍と接触するのはあまりにも危険だ。もしかしたら、その場で殺されてしまう可能性もある。それか、連れ去られる危険性も…。捕まった第三王女は城に着いたと同時に殺された、という話だ。たとえ人々に知られていない存在である「幻姫」でも、決して彼らは容赦しないだろう。エリカが外に出る時は誰かと一緒にいた方がいい、とレオは考えた。だが、毎回レオが一緒にいられるわけではないし、かと言ってレヴェンたちに話すというのもなるべくなら避けておきたい。彼らのことを信用していないわけではないが、真実を話すということは、こちらの事情に巻き込むということでもある。だから慎重にならなければならない…。
しかし、そこでエリカはあることを思い出し、少し話を脱線させた。
「そういえばレオさん、エトリセリアの建国物語って知っていますか?昨日私がレヴェンさんからお借りした星の女神にまつわる本なのですが、エトリセリア初期の歴史とも結びついていたみたいで…」
エリカは、星空のような表紙の本を思い出していた。しかし、エリカは実際の歴史はあまり覚えていなかったのだ。さすがに建国した王の名前くらいは知っているし、一応王城にいた頃に王国の歴史を習っていたのだが、もう随分前のことだ。既にその記憶は曖昧で全くあてにならない。天文台にも歴史書はあったが、あまり読んだことはなかった。だが、幸いなことにエトリセリアの貴族たちは誰もがこの物語について一度は習ったことがあり、レオも例外なくその物語を知っていた。レオは軽くうなずいてその物語を語り始めた。
「昔、エトリセリアの地では四つほどの勢力が長期に渡る争いを繰り広げていた。人々は疲弊し、土地は荒れていった。だが、そんなある日、ある一つの勢力が突然、強い力を持ち始めた。…それが、エトリセリア王家の先祖だ。彼らは未来を知っているかのように行動し、策を弄した。そして、その結果、その一族は次々と戦いに勝ち、争いは終わった。そうして創られたのが、エトリセリア王国であるという話だ。あまりに順調すぎる話だし、伝説の一つにすぎないと思うが」
エリカは納得してうなずいた。恐らく、未来を知っているように行動したのは、彼らが星術を知っていたからなのだろう。…しかし、何か違和感を覚える。そこで本の方の話を思い出してみることにした。あの本を読んだ時には、星の女神についても書いてあったが…。どうやら、一般に伝わっている話には全くその存在がないようだ。それに、よく思い出してみると、エトリセリアでは全く星の女神の存在について聞いたことがなかった。――たったの一度も。ましてや女神が星術に関わっていた、というような話など存在しなかった。本の話は、ただの神話なのだろうか…?エリカは首をかしげた。確か本を読んだとき、エリカはどこか懐かしいような気持ちになったのだ。何故か、その物語を知っているような…。もしかしたら遠い昔に、その本を読んだことがあったのかもしれない。でも、それがどこなのか、いつのことなのかは分からない。
「そうですか…。それともう一つ。エトリセリア王国には星の女神様っていらっしゃったのでしょうか?」
「星の女神…?いや、エトリセリアでは一回も聞いたことがなかった。少なくとも僕は昨日のレヴェンの話で初めてその存在を知った。恐らくエトリセリアでは全く信仰されていないし、名前すら知られていないだろう」
その言葉で更に謎が深まった。どうして本の中の星の女神はエトリセリア王国の建国を手伝ったのに、当のその国では全くそれに関して何も伝わっていないのだろう?作り話かもしれないが、明らかに変だ。少しは似たような話があっても良いはずなのに…。そもそも、星術に関する歴史はほとんど知られていない。エリカが暮らしていた天文台にも、そういった資料は全く存在していなかった。星の女神は、エリカの力に関係しているのだろうか…。色々と疑問点が多い。だが、そこでレオが話を戻した。
「ところで、今日は街に出る予定は?どこかに行くなら気をつけた方がいい」
「今日、ですか?…あ、ソアラさんと夕方、食材の買い出しに行く約束をしています。ついでに街を案内してくれるそうですよ。レオさんも一緒に行きますか?」
エリカは首をかしげた。もし三人で出かけるとすると、レヴェンに言っておかなくてはならない。だが、レオは少し考えてから言った。
「夕方はレヴェンに頼みごとをされたから、それが終わってからにする。どうかくれぐれも気をつけてほしい。敵がどこにいるか分からないから…」
「分かりました。ありがとうございます、レオさん。…そろそろ戻りましょうか」
エリカのその言葉にレオはうなずいた。意外にも、既に休憩時間になってから三十分ほどの時間が経過している。話に夢中になっていたからだろう。しかし、店の方に戻りながらも、レオは何か嫌な予感がしていた。この後、会ってはならない人物に遭遇してしまうような――、そんな予感が。
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