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その翌日から、二人はその宿で仕事を始め、早くも一週間が経った。レオはレヴェンと部屋の掃除や片付けなどを行っていた。どうやらレヴェンは片付けが苦手なようで、彼の部屋には色々なものが積み重なっている。主に本でてきた山がたくさんあり、散らかっている。客がいない時はその整理をすることが多かった。一方、エリカはソアラから料理を教わっていた。ずっと一人で暮らしていたため、一通りのことはできるが、味付けなどは少し違うため、分量などを主に習っていた。
「エリカ、あなた意外と料理できるんだねー。びっくりしたよ。あなた、どこかの貴族のお嬢様だと思っていたから」
エリカが野菜を切るのを眺めていたソアラが不意にそう言った。恐らく褒めているのだろうが、その言葉に一瞬エリカはどきっとした。普通の王侯貴族とはかけ離れた生活を送っていたが、一応彼女も王族の一人だ。そのことに気付かれているのだろうか?そこでエリカは、恐る恐るソアラに尋ねた。
「あの、私のどういうところがお嬢様のようなのでしょうか?」
「え?うーん…、何だろ。所作とかかなあ。あと、言葉遣いがすごく丁寧だから」
ソアラはそう言ったが、そこまでそのことについて気にしていない様子だ。取りあえず本当の身分については知られていないようだが、エリカは首をかしげた。確かに普段、丁寧語で話しているという自覚はある。だが、所作についてはあまり気にしたことがなかった。エリカはそのことについてしばらく考えていたが、何も思い付かない。なので、後でレオに聞いてみることにして、今は料理作りに集中することにした。エリカとソアラが作っているのは、一階の食堂に来る客のための昼食だ。魚料理が多い。湖が近いため、この街には漁師が多く、この食堂に来る大半の客も漁師だそうだ。エリカがソアラに教わりつつ料理していると、早速客が数人やって来た。だが、彼らは料理場の方から顔をのぞかせたエリカを見てぎょっとしたような表情をした。エリカは自分の顔が星の女神と似ている、ということを思い出した。このままだと厄介なことになりそうだ。エリカは慌てて料理場に引き返し、ソアラに尋ねた。
「あ、あの、ソアラさん。私、奥で作業しておいた方が良いでしょうか?お客さんを混乱させてしまうことになりそうですよね…?」
「あー…、うん、そうだね。その方がいいかも。まあ、そろそろ忙しくなる時間帯だからレヴェンたちも来ると思うからこっちにいても大丈夫でしょ」
ソアラがそう言ったちょうどその時、二階にいたレヴェンとレオが話をしながら下りてきた。彼らは既にかなり打ち解けているようで、楽しそうに会話している。そして、客がいるのを見て少し驚いた表情になったが、すぐにてきぱきと料理を運び始めた。その後も続々と客がやって来たため、エリカとソアラもしばらく料理作りに追われていたのだった。
一時間ほどすると、客が少なくなったので、エリカとソアラは一段落したところで少し休憩することにした。調理場の窓から、客席で動いている二人を見る。ここは客の方からは死角のようになっているので、エリカの姿を見て驚かれるようなことはないだろう。だが、そこでソアラがレヴェンの動きを目で追っているのを見て、エリカはあることに気付いた。率直にそれを尋ねる。
「ソアラさん。もしかして、レヴェンさんのことを気にしていますか?」
「え、あ、いや、そんなことないよ?!気のせい、本当に気のせい!」
そう言いつつもソアラは少し動揺しているようだった。慌てたように手をぱたぱたと振っていて、頬も赤くなっている。彼女にしては珍しい。しかしソアラはそっぽを向いて、これ以上その話について聞かれないようにと無理矢理話題を変えた。
「それを言ったら、あなたはどうなのよ?あのレオって子と一緒に旅しているみたいだけど、何かそういう感情を持っている、とかそういうことはないわけ?」
そう言われたエリカは少し考えた。自分にとって、レオはとても頼れる人だ。そして、エリカが寂しいと思った時にそっと手を差し伸べてくれるような、優しい人でもある。しかし、だからと言って恋愛感情にまで達しているのか、と聞かれたら、恐らくそうではないはずだ。そもそも、恋というものが分からない。ずっと一人だったので、そういった感情を抱く相手なども当然いなかった。そう思いつつ、エリカはレオの方を見た。漁師の一人に話しかけられて笑顔で何か答えている。その様子を見てから、エリカはソアラの方を向いて答えた。
「確かに、レオさんはとても優しいですし、素敵な方だとは思いますけど、恋をしているわけではないですね…」
ソアラはその答えにどこかつまらなさそうな表情をして、再び客席の方――、レヴェンがいる方を見つめていたのだった。
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客席の方にいると、色々な噂や情報が入ってくる。レオはテーブルの片付けなどをしながらそう思っていた。ここで仕事をすると決まった時、役割分担をすることになったのだが、レオは一度も料理などしたことがなかったし、そもそも調理場に入ったこともなかった。そのため、こちらを任されることになったが…。それは結果として良い方向に行っている。さっきから色々な会話が聞こえてきているが、レオはそのうちの一つの会話に集中していた。幸い先ほどよりも客数は少ないので、かなり聞きとりやすい。
「…この国にもエトリセリアの反乱軍がこっそりと来ているらしい。何でも、エトリセリア王族を探しているのだとか…。随分と必死なんだな」
「そういえば、この前、どこかに逃げていた第三王女が見つかったんだろう?それで、王城に着いたらすぐに殺されたとか…。恐ろしい話だな…」
レオはその話と、王城にいた時の記憶を照らし合わせる。確か、第三王女はエトリセリア南部の小さな村に逃げる、と話していたような気がする。ということは、南西部の地方に逃げると話していた第三王子も危険かもしれない…。冷静にそう考えていると、レヴェンに呼ばれた。
「レオ、そろそろ休憩したらどうだ。さすがに何時間もずっと立ち続けているのはきついだろ」
「大丈夫です、五時間くらいは余裕で立っていられるので」
そう言うと、レヴェンに、どんな生活をしていたのかと心配されてしまった。しかし、王族の護衛をしていた時はそういうことも多かったため、そこまで苦ではない。すると、レヴェンは先に休憩する、と言って奥の部屋へと引っ込んでしまった。そこがレヴェンの部屋になっていて、中はたくさんの本や謎の物体で埋め尽くされている。時折そこの片づけを手伝っていたため、何となく覚えていた。何かあったらそこに行けばいいのだろう、と判断したが、ふとエリカの様子が気になり、レオは調理場の方を見た。と、ちょうどその窓のところでエリカとソアラが楽しそうに話しているのが見えた。客席の方からでは見えにくくなっているが、ちょうどこの付近からは見えるようになっている。何を話しているのかは分からないがソアラの言葉に面白そうに笑っていた。すると、ふとエリカがこちらを見た。無邪気な様子で軽く手を振ってきた。ここに着いた日の夜に見せた寂し気な雰囲気は全くない。レオも戸惑いつつ、手を振り返す。しかし、何故かぎこちなくなっているのが自分でも分かった。しかし、エリカはふわりと笑い、もう一回手を振ると姿を消した。どうやら調理の方に戻ったらしい。レオがしばらく呆けたように突っ立っていると、いつの間にかレヴェンが戻ってきていて、そんなレオを見て不思議そうに尋ねてきた。
「おい、レオ?何かあったのか?固まっているが。でもちょうどいい、そろそろ昼休憩してこいよ。…ああ、そうだ、エリカの方にも声をかけておかないと」
レヴェンはそう言って調理場の方へと向かった。少しすると、エリカがレヴェンと共にやってくる。だが、エリカはレオを見て不思議そうに首をかしげた。
「…レオさん、どうかしたんですか?ぼんやりしているようですが…。疲れました?」
そう言ってレオの顔を覗き込む。レオはそれでようやく、我に返った。
「あ、いや、大丈夫だ。気にするな。ただ、人の多さに少し驚いていただけで」
エリカはまだ少し怪訝そうな表情をしていたが、結局それ以上は何も言わず、取りあえず二人はお昼ごはんを食べに行くことにした。ソアラは楽しそうに笑いつつ二人に昼ごはんを渡し、「行ってらっしゃい」とひらひらと手を振った。内心、エリカたちの仲がとても良さそうだと思っていたのだ。レヴェンも何となくそれを察していたのか、少し気になる様子で二人を見送っていた。
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