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第六話    クリスタルなお花畑?(一)

「お前の家より大きいな」月日がぼそりとハジメに呟いた。


「うちは全国規模、こちらさんは全世界規模だ。ウチみたいな平凡な高層マンションじゃ、相手にならん」首を振り振りあたりを見て嘆息交じりに答えた。


「平凡な高層マンション全部が全部家なら十分だ。本当の意味でのマンションだね」


「商談を有利に進めるためには相手を圧倒する必要がある」と月日の言葉に対して付け加えた。


 車寄せから玄関に入る。大理石が敷き詰められた巨大な玄関は、普通の一軒家が丸ごと入るのではないかと思うほど広い。


「お帰りなさいませお嬢様。ようこそお出でくださいましたお客様」使用人が男女十人ずつ並んで一斉に挨拶をした。男性は燕尾服、女性はロングスカートのメイド服とスタイルは完全にステレオタイプだ。


(まどか)様専属の者たちです。わたくしを含め全部で二十六人います。ここにいない者は休暇中になります。何かありましたら、彼らに申し付けて下さい」如月百夜は使用人たちの前に立って、月日とハジメに向かってそう言った。


 玄関ホールから一歩踏み入る。床は茶色を基調とした大理石でできており、壁はやや黄味がかった乳白色を基調に窓から下は木目の壁飾りが連なり、コントラストがありながらも落ち着いた雰囲気になっている。玄関正面からレッドカーペットが左右の廊下と正面の奥まったところにある二つの緩やかな三日月型の階段に向かっていた。


「では、わたくしたちは身支度させていただきますので、あちらでお待ちくださいませ」百夜の言葉でメイドが片腕を差し出し、こちらですと月日とハジメを促した。


 一行は左の廊下に案内されたが、まどかと百夜は反対の右の廊下へ向かった。身支度と言っていたから学生制服から私服に着替えるのだろう。月日はそんなことを思いながら、長く続く廊下をメイドに導かれて歩いていた。


「こちらでございます」通された先の部屋は百人くらいが食事できる食堂だった。この家の規模から見れば小さい部屋に分類されるのだろう。小宴会室というところか。天井、壁と白を基調にして清潔感を出しつつも、深緑色のカーテンと同じく深緑色のビロードの床。そこに長方形の白のテーブルクロスが掛けられたテーブルが二列並んでおり、二十五脚ずつ椅子が並んでいた。よく見れば、テーブルクロスの縁はレース編みになっており精緻な花柄が施されている。


「こちらでお待ちください」と言われ、椅子を引かれる。促されるまま月日と、ハジメは指示された椅子に腰かけた。窓側列のテーブルの下座の席だった。


「お待たせしております」と言って入ってきたのはメイド服を着た百夜だった。


「本来ならもう少し落ち着いた部屋で会食をするのですが、その、太神さんのお食事のボリュームがこちらの厨房を使わなければ間に合いそうになかったもので……」黒縁メガネのフレームを軽く触れながら目を合わせないようにしていた。


「僕の量のことは気にしなくていいけど、あ、そういう意味じゃなくて、僕の食べる量のためにこの部屋を選んでくれたことは気にしていないけど、逆に気を使わせてしまって、なんかごめん……」月日は立ち上がってちょっと言い訳がましくそう言った。


「お心遣い恐れ入ります。それと、ついでと言っては何ですがもう一組お客様をお呼びしております」


「僕の知っている人?」


「ええ、大変よくご存じと思いますよ」そう言うと百夜は意味ありげににっこりと微笑んだ。


 ノックが聞こえ、扉が開いた。


「「「失礼いたします」」」三人のハモった声が響く。


「え?」月日の顔が引きつった。同時にハジメが吹き出す。


「え、じゃないわよバカ(にい)

「何引き攣ってるの、アホ兄」

「相変わらず間抜け面ね、兄さま」小学校の卒業式よろしく、三人はセリフを引き継いだ。


「なんでおまえたちがここにいるんだ?」引き攣ったまま顔がこわばっている。


「なんでじゃないわよバカ兄」

「ここはまどかお姉さまのお宅だからに決まってるじゃないアホ兄」

「何を今更なことを言ってらっしゃるの兄さま」一つの質問に三つの言葉がワンセットになって帰ってくる。安価な三位一体だ。


 彼女たちは、月日の一つ下の三つ子の妹で、(さく)()、十五夜、十六夜(いざよい)といった。

 長女朔夜は長い髪を三つ編みで一つにまとめており前髪を左分けにしている。次女十五夜は髪を二つの三つ編みにして頭に巻いており、前髪は中分けにしている。三女の十六夜は両サイドの髪を三つ編みにして流した髪の上で一つにしており、前髪は右分けにしていた。

 目鼻立ちははっきりとしており、もっさりとした月日の妹とは思えぬ美少女たちだ。


「皆さん華の会の会員なのです」


「華の会?」


「部活の一種ですわ。平たく言えば社交界のシミュレーションのようなことを行っております。どの社交界に出ても恥ずかしくない、紳士淑女を育成するための会です。彼女たちはわたくしたちの後輩になります」


「あいつらが、社交界ねぇ」ハジメは顎を掻きながら絶句している月日の代弁をした。


「うるさいハジメ」

「別にいいじゃないハジメ」

「社交界に縁遠いハジメには関係ないことでしょ」


「お前たち相変わらず、いちいち、三人で答えてるんだな」


「「「お前たち言うな!」」」三人の言葉がハモる。


「太神さんたちお行儀が悪いですよ」百夜は困り顔で三人を窘めた。


「いくら親しい間柄とはいえここでは淑女の嗜みを忘れないようお願いいたします」


「「「申し訳ございません。如月先輩」」」またも、三人はハモりながらスカートをつまんで頭を下げ謝罪する。


「それから遠吠さんも、あまりからかうようなことはなさらないでください」


「それは、失礼いたしました」ハジメは、やや仰々しく手を胸に当ててお辞儀をするように謝意を示した。


「でも、どうして妹たちまで……て、まさか……」月日が訊き返そうとしたときにふと合点がいった。


「太神本家からの命令ですか?」


「わたくしはよく存じ上げませんが、主、蒼月下弦によれば彼女たちも共に行動するようにと。確かに同性でなければならない場合も多々ありますし」そう言うと彼女は少し頬を赤らめた。


「妹たちは僕のような力はありませんよ。ある種の術は使えますが……」月日は少し面白く無さ気に言った。月日自身は何かモヤっとした曖昧な気分を感じた。彼自身気づいていない心の奥底では、折角まどかとお近づきになれたというのに、そこに分厚い三層妹フィルターが掛かるのが面白くなかったのだ。


「それでよいのです。まどか様の側にいて安心させる存在であれば問題ありません」


「僕ってそんなに彼女にトラウマ植え付けちゃったの?」月日の背筋に戦慄が走る。


「太神さんだけのせいではありませんわ。あの夜は立て続けに酷い状況になったと聞いております。まどか様は軽いPTSDの状態とお医者様が仰っておりました。それであの時助けていただいた太神さんの縁者で、まどか様が安心して接しられる者がいれば、こちらも都合がよかったのです」


「安心毛布みたいなものかな。いれば安心的な……」


「それ以上でしょう。毛布とはお話しできませんから」


「話始めたら重症だ」


「そうならないためにも彼女たちが必要なのかもしれません。もしかすると太神さんの御本家はそこまで見通しておられたのではないでしょうか」


「ない!と断言できないところが本家の爺様の恐ろしいところなんだよね……」にへっとだらしなく困り笑いの顔をして月日が肯定した。縄文の時代からおり、この国が成立する前から影で人心を操ってきたといわれている太神の統領である。これくらいのことを想定するのは朝飯前だろう。


 ふと、月日はなぜ太神本家が蒼月家の騒動に首を突っ込んできたのかと言う疑問が浮かんだ。本家が直接動くことなどまずない。戦争が起ころうが飢饉で何千人が餓死しようが全く動じなかった本家が蒼月家に肩入れをしている。齢二百歳を超えるといわれる統領が直々に動いた真意が全く見えず不気味ですらあった。



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