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第五話    りむじん いむぱっせぼぅ?

 言ったそばから、月日(つきひ)は相手のペースに乗せられてしまった。何が自分のやりたいようにやらせてもらう、だ。聞いて呆れる。あっさりと百夜に乗せられてしまったではないかと、月日は自責の念に駆られていた。


 静々と歩く百夜を先頭に二人は後について歩いていた。まるでメイドに案内されているような気がしたのは気のせいだろうか。


 一旦外履きに履き替えるため、百夜(びゃくや)は玄関ホールに二人を待たせ、別れた。


「今のうち帰っちまわねぇか?」靴を外履きに履き替えながらハジメが提案した。


「何バカなこと言ってんのさ、そんなことできないよ!僕は約束したんだからね」


「わーってるよ、お前の性分は。ちょっと言ってみただけだ。冗談を真に受けるなよ」本気になって怒っている月日に、やれやれと言った風にハジメは首を振った。


 玄関ホールから二人は出て百夜が来るのを待っていると鵜鷺三(うさぎみ)()がジャージ姿でジョギングしていた。


「あれ、月日じゃん」彼女は二人の前まで来ると足踏みをしてジョギングのペースを維持していた。軽く息が弾んでいる。


「どうしたのこんなところで」


「それはこちらのセリフだ。お前こそこんなところでなにやってるんだ?ここは普通科の敷地だぞ」腕を組んで小首をかしげハジメが眉をしかめる。


「芸体科のコース込み合ちゃって。それに気分転換に違うところを走ろうと思って。それより何やってるのよ」


「人を待っているんだ。お前には関係ない。練習中だろ、さっさと行けよ」ハジメがすげなく言うと三美は足踏みをやめ、手を腰に当てた。


「なによそれ。そんな邪慳にしなくてもいいじゃない。フェミニストが泣くわよ」


「はいはい。残念なことにお前さんは、俺の中で女性認定されていないんでな。俺のフェミニストとしての矜持は全く傷つかん」


「そーですか!まったく失礼しちゃうわね、いつもこの男は!」腰に当てた手を放して今度は腕組みをする。


 プンプンと三美が怒っていると、普通科棟のロータリーにのっそりと車が入ってきた。普通科の玄関前のロータリーは4tトラック一台が入れば問題ないような作りなので、大きな車だとなかなかの運転技量が試されることになる。


「何これ……」三美が茫然とした面持ちで絶句した。


 月日とハジメもロータリーに停ったリムジンに圧倒されていた。月日は追い抜かれたときに見てはいたが、相手はあっという間に抜き去って行ったので大きさの実感はなかった。


 こうして目の前で見るとリムジンは圧巻であった。後部ドアが前部ドアとかなり離れており、前輪と後輪の距離、最遠軸距いわゆるホイールベースが大型バス並みに離れている。やや丸みを帯びたフロントとボディーラインが厳めしさを和らげるのに一役買ってはいたが、それでもそこらの車に比べれば迫力が違った。パールホワイトのボディーはうっすらと虹色の光沢を放ち、お嬢様が乗る物としては相応しく思えた。


 三人がリムジンに圧倒されていると、助手席から初老の紳士が現れ後部扉を開け、やや頭を下げてかしずく。如月百夜が開けられた扉から姿を現した。


「太神月日様、遠吠一様、お待たせいたしました。どうぞお乗りください」扉の反対側でそう言って一礼した。


「じゃぁ俺たち行くから、また明日な」


「また」ハジメと月日は三美に向かって、忙しげに別れ際に声を掛けた。


「うん、また……」三美は何が起こっているのか処理不能になっているらしく、茫然とした面持ちのまま条件反射で答えていた。


 そんな三美を残して月日たちは、扉の両脇で頭を垂れている二人に恐縮しながらリムジンに乗り込んだ。


 車内に入るとまず、扉の運転席側に一人サングラスをかけたボディーガードが座っており、車の右側に位置する座席には二人座っていた。その隣の座席が二人分空いており、奥まった座席には(そう)(げつ)(まどか)が一人だけ座っていた。運転席の裏にあたる背面座席には二人のボディーガードが無表情にこちらを見ている。いずれの席にも肘掛が付いておりシートも座り心地がよさそうだ。


 もう一度、月日はまどかを見やった。月日が視線を向けるとまどかはさっと視線を外し、何やら落ち着かなさ気だ。


「太神さんの席は、右側の一番奥にお座りください。遠吠さんはその隣にお願いします」促されるまま月日とハジメは指定された座席に座った。座席は柔らかすぎず適度な弾力があって実に座り心地がいい。ほっとしていると、まどかの視線に気づく。が、視線を合わせようとするとプイと視線を逸らされてしまう。


「こんにちは、蒼月さん。初めまして……かな?」


「初めましてではありませんわ……」か細く、普通の人なら聞こえないような声音だったが、月日には聞き取れた。


「あはは、そうだね。やっぱり僕が何者か知っているんだね」後頭部を掻きながら月日も照れ臭そうに答える。


「そうじゃありませんわ」突然まどかは大声で月日の言葉を否定した。思い切り赤面している。


「え、あ。ど、どゆこと?」月日は面食らって、言葉がしどろもどろになる。


「はぁ、ばかか月日。お前あん時どんな格好してたんだよ」


「あ……」月日は赤面すると、服を着ているにもかかわらず、大事なところを両手で隠した。


「ったく、そういうことだ」ハジメはまたかとばかりに首を振る。


「すまないね、まどかさん。こいつこのとおりアホだから。あまり恥ずかしがらないでほしいんだ。君が恥ずかしがると、こちらまで恥かしくなってしまうからね……」ハジメの言葉使いと声音が乙女ゲーの男性キャラさながらの軽薄さになる。相手が女子になると変なスイッチが入るようだ。


「コホン、遠吠さんナンパするならよそでお願いできますでしょうか」困ったような軽蔑したような目つきで眉を寄せて、まどかの右隣に座っている百夜が苦言を述べた。


「ごめんごめん、そういうつもりはないんだ。つい綺麗な子を見るとこんな感じになってしまってね」


「それにしても、太神さんとの言葉使いのギャップが激しすぎるようにお見受けいたしますが」黒縁メガネのフレームを右手で触りながら、百夜が不満げに言う。どうも彼女はこの種の手合いは苦手のようだ。普通の女子がどうあれ、こんな声音で口説かれて喜んでいるのはハジメの取り巻きくらいなものだ。


「ご歓談中のところ恐れ入りますが、そろそろ出発いたします」室内スピーカーから先ほどの執事と思しき人の声が聞こえた。


「お願い、出してちょうだい」まどかは肘掛のところにある小さなパネルのボタンを一つ押しながらそう言うと、すぐに「かしこまりました」と応答があった。


 すぐさま、車は振動もなく滑り出すように走り出した。狭いロータリーを目一杯使って、どこにもこすることなく見事に曲がり切った。


 ほーと、呆けながら月日は車内を見回していた。パッと見て気づかなかったが、後部窓はなく有機ELでできたディスプレイが後部の景色を映し出していた。きっと狙撃防止なのだろう、フロント以外のガラスはすべてミラーガラスでできており、外側から中を極力見せないような作りになっていた。それにまどかの左側にいるボディーガードは女性だった。やはり女性の方がいろいろと都合がいい場面があるのだろう。などと思いながら、ふとまどかの方を見やると、百夜がまどかに耳打ちしていた。まどかは俯いたまま白夜の言葉に頷きながらも何かを恥じらっているようだ。


「まどか様」


「わかっています」まどかは尚も俯いたまま、二人と顔を合わせないようにしている。


「蒼月さんはどうしたんですか?」たまらず月日が百夜に訊いた。


「まどか様は……その、あの事件以来、殿方が苦手になられて……いわゆる男性恐怖症になられたのです」


「!……それなのに僕らを呼んでよかったの?」


「だからこそです。大変申し上げにくいことではありますが、元凶が無害であるとわかれば自然に治るとお医者様が仰いまして、あえてご一緒させていただいております」


「つまりショック療法ということか」とハジメが顎に手を当てて月日を見る。


「何だよその顔は。確かに僕が原因かもだけど、あれは不可抗力だよ」眉を寄せて抗議する。


「大変申し訳ございません、太神さん。でもボディーガードの件は嘘ではありませんので、誤解なさいませんようお願いいたします」神経質そうな雰囲気で眼鏡を触りながら百夜は謝罪した。


「如月さんが誤ることはないよ。そもそもあんなところで変化を解く必要はなかったんだ。もっと人気のないところで変化を解けばよかっただけなんだから」


「そう言っていただけると助かります。実は日常生活にも支障をきたしていた次第でほとほと困っておりました」


「え!そんなにひどいの?ボディーガードの人とか大丈夫そうだけど」月日はきょろきょろと辺りを見回した。黒服のボディーガードたちは無表情のまま月日の言葉に何の反応も示さなかった。そのことである程度、察しがついた。


「ボディーガードの人たちはカウントされてないんだね」


「はい、執事とボディーガードの皆様は対象外のようです。その代わり家内の男性使用人たちを全く寄せ付けない始末です」


「そんな言い方はないわ、百夜」


「実際そうでありましょう、まどか様。今朝ほども悲鳴を上げるだけならまだしも、物を投げるのは如何なものかと思いますが」


「しようがないじゃない!体が勝手に動いてしまうんですもの!」


「と、まぁこのような事態になっておりますので、こちらの件に関しましても是非ともご協力いただければ幸いです」


 月日は顔を引きつらせて百夜とまどかを交互に見やった。


「で、できるだけ善処します」百夜は月日の言葉に軽く頭を下げたが、まどかは耳を赤くして月日の視線から逃れるように反対を向いてしまった。


 彼女自身もわかっていることだけに、恥ずかしさと百夜に暴露されてしまった口惜しさが頭の中に充満してほかのことなど考えられなかった。


「これはかなりの荒療治になりますね」と、ハジメが肩をしゃくった。


「ええ、実のところボディーガードの件を含めてお願い申し上げようとしていたのですが、まどか様がこの件は伏せておいてと申されまして……」


「でも、行動を共にする以上隠してはおけない、と」ハジメが眉間に皺を寄せる。


「はいわたくしの一存でお話いたしました」


「側用人も大変だな」と、ハジメは肩眉をあげて月日を見る。


「そんな顔するなよ。いつも感謝してるって」月日の言葉にハジメは、にっと歯を見せて冗談めかしに笑顔を顔に乗せた。


 そうこうしている間に車は蒼月邸に到着した。巨大な門扉が開くのを待つ。その間車内は無言に包まれていた。扉が開ききると車はゆっくりと走り出す。門から車寄せまで数分を要した。


「着きました」沈黙を破ったのは百夜だった。止まった車の扉が開くのを待つ。僅かの間をおいて扉が開いた。


「まどか様」


「わかっています!」ちょっとへそを曲げているのか、百夜の差し出した手を取ることなくまどかは車を降りた。


「ではお二人もお願いいたします」月日とハジメは百夜の言葉に従って車から降りた。


 車寄せに下りた二人は度肝を抜かれていた。車寄せは古城を模した様式の建物にあった。広い中庭の一角に少し張り出したように建てられている。石積みの壁が聳え立つようにぐるりと彼らを取り囲んでいた。壁には数メートルおきに白の縁取りを施した窓が並び、四階を超えた屋根には茶色の西洋瓦が建物を覆っていた。


「本日はご足労いただきありがとうございました。主は多忙のためおりませんが、ご夕食をご用意させていただきましたので、是非お嬢様とご一緒していただければ幸いでございます」いつの間にかハジメの傍らに執事が立っており、謝意と夕食を誘ってきた。


 特に断る理由もない二人は執事の言葉にうなずくと、執事にエスコートされお城のような蒼月邸に足を踏み入れた。


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