第四十六話 それからどうした?(第二章終)
ヒットマンの口から日鏑とのつながりを吐かせることはできなかった。
月日は、如月から薬を使うかと訊かれたがそこまでする必要はないと断った。ヒットマンと日鏑が繋がっていることは分かり切っている。だからといって薬まで使ってそれを吐かせても、月日らが罰を与えるわけにはいかなかないのだ。もしそんなことをすれば、ただの私的制裁になってしまう。
結局、ヒットマンは警察に引き渡すことになった。これ以上問い詰めても時間の無駄だからだ。
警察へは物的証拠のある、住居不法侵入と銃刀法違反容疑及び殺人未遂という罪状で引き渡した。最後の最後まで、日鏑とのつながりは立証できなかった。
それも煌にしてみればよかったことなのかもしれない。
卒業式から数日たち終業式を迎え、春休みになっていた。
月日たちは成績を危ぶむことなく二年生に進級でき、転科の慰労会(残念会)兼、進級のお祝い会が蒼月邸の小宴会室でささやかながら行われていた。
小宴会室といえば、月日たちが初めて蒼月邸を訪れたときにディナーをいただいた部屋だ。
「バカ兄、どうして教えてくれなかったのよ!」
「そうよアホ兄、まどかお姉さまがピンチだったんでしょ!」
「そうです兄さま。あの船の時のように、わたくしたちにも手伝わせてください」
いつものように三姉妹が三人三様でがなり立てて来る。
「だって、お前たちも中等部の卒業式が控えていただろ……」
「お姉さまの一大事と卒業式を比較することなんかできないわ!」
「そうよ! お姉さまの危機に比べたら卒業式なんか細事なことよ!」
「お兄様はそこのところちゃんと理解されていません」
月日の言葉を遮って三人はまくしたてた。
「そう言うと思ったからお前たちに黙っていたんじゃないか」
「そうですよ」と、月日と三姉妹の言い争いにまどかが割って入ってきた。後ろに控えている百夜を見て、三人の態度が明らかに変わる。すっかり淑女モードだ。
まどかたちは、このささやかな祝賀会の打ち合わせのために今まで席を外しており、最後にこの会場に姿を見せたのだ。
「ごきげんよう、まどかお姉さま、百夜お姉さま」三人はスカートをつまんで腰を落とすお辞儀で二人を迎える。
「ごきげんよう、朔夜さん、十五夜さん、十六夜さん」まどかは三姉妹の名を静かに優しく呼んだ。三人は嬉しそうに顔を見合わせた。
「あまりお兄様を困らせてはいけませんよ」
「でも、わたくしもまどかお姉さまをお守りしたかったです」
「そうです、わたくしも同じです」
「わたくしもです!」三姉妹は例によって卒業式の呼びかけのように一人ずつ連なって答えた。
「ありがとうございます。皆さんのお気持ちは大変うれしく思います。でも、わたくしは大丈夫です。あなた方のお兄様がちゃんとわたくしを守ってくださいますから。それよりもわたくしは、一生に一度の中等部の卒業式をないがしろにするのはあまり感心しませんね……」まどかは困った顔で頬に手を当てた。
「ねぇハジメ、あの子たちは誰なの?」と小さくハジメの耳元で煌が囁く。
「ああ、月日の妹たちだ」
「え、うっそぉ」煌は目を見開いて三姉妹を見やった。どう見ても兄妹には見えない。
「どうしてあんなにかわいいの? デブチの妹なのに」
「さぁな、俺に聞かれても困るが、月日はやせればそこそこなんだぜ」
「そうなの?」
「背の高さは如何ともしがたいがな」
「それにしても、あの子たち可愛いわ! 一人くらい貰ってもいいかしら」
「ダメに決まってるだろう」
「あたし一番下だから妹が欲しかったの!」もうすっかり三姉妹に夢中だ。煌の目の色が変わっている。
「中等部の時、気付かなかったのか?」
「部活とかしてなかったし、だから他の学年のことは興味なかった」
「なるほどな。じゃぁちょうどいい。これから先輩になるんだから顔合わせをしておこうか。これからちょいちょい会うことになりそうだしな」
「え、ちょっと待ってよ」内弁慶の煌としては、いきなり紹介されるのは苦手だった。ソフトランディング的に徐々に知り合う方法を取りたかった。
「よう、朔夜、十五夜、十六夜元気してたか」
「何よハジメ」三人は声をそろえてハジメに振り向く。
「ちょっと紹介しておこうかと思ってな。煌……」とハジメは煌に手招きをする。
「日鏑煌だ、これからお前らの先輩になる」
「こんにちは煌先輩」とこれまた三人で同時に挨拶する。
「こ、こんにちは……」すでに煌は恥ずかしさよりも、三人のかわいらしさに心惹かれていた。抱きしめたい衝動が疼いて仕方ない。
「おい、変な気は起こすなよ」とハジメは煌に耳打ちする。
「大丈夫よ」煌は少しばかり引き攣り気味の笑顔でハジメに答えた。
「ねぇ煌さん」そう言って近づいてきたのは月日だ。
「……あれからどうなったの?」躊躇いがちに月日は日鏑家がどうなったかを尋ねた。
「ああ、親父と兄貴はしばらく寝込んで、もう太神の事は忘れるってうなされていたわ。いったい何があったんでしょうね……」煌は、指を顎に当て首をかしげながら本当に不思議がっていた。
「太神ってデブチも太神よね。あんたなんか関係あるの?」
「まぁ、あるよう無いような……」煌の質問にどう答えてよいかわからず月日は曖昧に答えた。ストレートに答えるわけにもいかず、どうしたものかと頭をフル回転させる月日だった。
「でもよかったわ! 兄貴が犯罪者にならなくて!」煌は突然話題を変えた。彼女にとって、所詮月日などはどうでもいい存在なのである。
「あのヒットマンだけが逮捕されたようだし……ハジメたちが何かしたの?」
「いや、特に何もしていない。ヒットマンがプロのプライドを見せたんだろうよ」とハジメは鼻頭を掻いた。
「やっぱりヒットマンが口をつぐんでいてくれたから兄貴は助かったのかな」
「そうかもしれない……」ハジメは不安を覗かせている煌に掛ける言葉を見つけることができなかった。実際ヒットマンが、雇い主が誰であるのか口を割れば日鏑晶の名が挙がることとなる。この問題はヒットマン次第だったのだ。
「うなされるで思い出したんだけど、あたしも何か変なものを見たような気がするのよ」
「いつ?」ハジメはぎくりとして聞き返した。
「デブチがウチに行った日よ。なんか巨大なバケモノが空から降ってきたような気がして……それで、そのあとの記憶がないのよね……」
「夢でも見ていたんじゃないのか」
「そうかなぁ……妙にリアルだったんだけど……」
「ま、兄貴に関しての話はこれまでにしておこう。今日は俺たちの進級祝いとあいつらの進学祝いの席でもあるんだ」ハジメは無理やり話を濁した。月日の変化した姿を見て気を失ってしまったのはハジメにとって誤算だった。かくやのようにすんなりと受け入れてくれるものとばかり思っていたからだ。いや、かくやが特別だったということか。
そういえば、まどかでも始めは気を失ったのだ。内弁慶の煌が正気でいられるはずもないだろう。この件は徐々に慣らして行くほかはない。もし月日の変化を知る事が必要でないのなら、このまま知らなくてもいいだろう。知らなくてはいけないことならば、いずれ知ることになるのだから。ハジメは自分にそう言い聞かせた。
「ヘローエヴリワン!」
いきなり扉が開く。
扉にはショートボブの少女が立っていた。
「つきひ! ボクの旦那様!」
「わっ、止め! ルピィナ!」大型犬が飛びついてきたかのように、ルピィナは月日にダイブした。
「ルピィナ! はしたない!」相も変わらず百夜はルピィナを窘める。
「だってぇ、やっとまた会えたんだもん」
「気持ちはわかりますが、もっと淑女の嗜みを持ちなさい!」
ルピィナは月日の腹に両足を広げて張り付いていた。下着は見えないが、スカートが少しめくれ上がっている。
「ルピィナ!」百夜は強硬手段に訴えた。月日の腹からルピィナを剥ぎ取ろうとしたのだ。
「いやぁ」本気で月日にしがみついたルピィナを百夜が剥ぎ取ることなどできようはずもない。
「ルピィナ……」と、百夜の声音が変わった。
「ひぃ」ルピィナは小さく悲鳴を上げると、不承不承で月日から離れた。
「ありがとうございます。百夜さん。でもなんか、前にも似たようなことがあったような気が……」少し頬を膨らませているルピィナを見下ろしながら月日が百夜に礼を言った。
「三美もそれくらい簡単に離れてくれればいいのに……」
「よーんだ」と言って鵜鷺三美が後ろから月日の首に腕をからげて来る。
「あわわ!」いきなり絡まれた月日は思わずのけ反った。
「な、なんで三美までいるの?」
「なんでって悲しいなぁ。あたしも進級してるのよ! みんなとお祝いしたっていいじゃない!」
「折角ですのでわたくしがお誘いしました」と、かくやが月日の前に進み出た。
「ルピィナのエスコートもしてもらうために、わたくしも三美さんにお願いしたのです。初等部は保護者なしで外出することはできませんから」百夜が少し困り顔で説明する。
「保護者は大人じゃなくてもいいの?」
「中等部以上であれば問題ないそうです」
「じゃ、なんで寮生活のかくやさんと一緒じゃなかったの?」
「それはあたしがルピィナちゃんの体育講師だからです。エッヘン!」三美は月日から腕をほどき、腰に手を当てて胸を張った。
「なにそれ、聞いてないよ」首に手を当てながら三美に振り返る。三美はまた薄手のスポーツウェアかと思いきや、姉から貰ったお下がりの普通科の制服を着ていた。
「別に教えることないじゃない。ていうかあたし、ルピィナちゃんと月日が知り合いだったって知らなかったもん」
「そうだっけ……」この短い三学期の間でいろいろな人と知り合ったため、月日の中では三美とルピィナはとっくに知り合っているものと思い込んでいた。
「そういえば、ルピィナはまだ進学してないんじゃないか?」
「ボクは四月からちゃんと六年生になるんだよ」
「ああ、帰国子女学級から本課程になるんだ。なるほどそれなら祝ってもいいのかな……」なんとなくボヤっと納得する月日だった。
「まぁ、何はともあれ進級進学おめでとうということで!」とハジメが月日と三美の間に割って入った。
「そうですね、今日は皆さんのお祝いということで、変な事件のことは忘れましょう」と、まどかはノンアルコールのシャンパングラスを掲げる。
月日たちも各々テーブルにあるシャンパングラスを手に取り掲げた。
「では、皆さんの進級、進学を祝して乾杯!」
「乾杯!」
まどかに続いてその場の全員が唱和する。
続いて賑やかな笑い声が蒼月邸の小宴会室に響きわたった。
こうして月日たちの春休みのある日は楽しく過ぎ去っていった。それはこれから起こる激しい嵐の前の静けさを思わせる、穏やかで平和な一日であった。
そう、やがて来る太神の因縁という嵐が月日たちを飲み込もうとしていた。
お読みいただきありがとうございました。これで第二章終了となります。
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遅筆ながら執筆して参りますので、今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。




