表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/59

第四十四話  卒業式の顛末は?

 朝靄が消えつつある早朝。今日は卒業式の日だ。卒業式が始まるまで、あと三時間ほどの時間があった。


 月日とハジメは講堂の見取り図のコピーを見ていた。


「やはりここくらいしかないんじゃないか?」


「そうだね……」二人は講堂の裏手にあるメンテナンス用扉の前に立っていた。扉には許可なき者の立ち入りを禁ず、と記したプレートが掲げてある。


 彼らが目星をつけたことが正しいかのように、メンテナンス用扉には鍵がかかっていなかった。誰かが侵入した可能性がある。


 月日とハジメは頷き合うとゆっくりと扉を開け中に入った。


 埃と機械臭い匂いが鼻を突いた。ジーという音がかすかに聞こえ、高圧電流が通っていることが分かる。ここは講堂の電気系統などを管理する配電室なのだ。


 部屋の仲は薄暗く、配電盤と思しきパネルには緑の光が一列に並んで輝いていた。正常に電流が流れていることを示しているのだろう。


「どうだ?」ハジメは月日に耳打ちをした。もしかしたらヒットマンがどこかに潜んでいるかもしれない。大声で話すわけにはいかなかった。


「ちょっと待って……」月日は顔を上げると鼻を突きだしあたりの臭いを嗅ぎだした。


 埃と電気機械器具の独特の臭いに混ざって、嗅いだ覚えのある匂いが微かに混ざっていた。


「ほんの少しだけど硝煙の臭いがする……」と、月日は上の方を見やった。三階分吹き抜けになっている管理室の上部へと続く梯子を指さす。


「ハジメはここで待っていて」


「おう」


 月日は学ランを脱いで半袖短パンの体操着姿になると、ハジメをその場に残し梯子を上がり始めた。


 梯子を登るにつれ埃の臭いが強くなる。しかし、まだ硝煙の臭いは相変わらずうっすらと漂っているだけだ。


 梯子を上り終えると地上四階分の高さに達していた。そこからは足場が格子状のキャットウォークになっており、講堂の屋根裏へと四つに分岐している。天井に据え付けてある照明のメンテナンスや天井の清掃をするための通路だ。


 月日は注意深く一つ一つの通路の臭いをかいでいった。


 硝煙の臭いが最も強く感じたのは一番奥の通路からだった。


 考えてもみれば、一年A組であるまどかは講堂の端の方になるのだろう。ヒットマンはその情報を得ていて、最も狙撃に適したポイントに陣取るのは当然のことだ。


 音をたてぬよう、屋根裏のキャットウォークに足を踏み入れる月日。先ほどよりやや硝煙の臭いが強くなる。


 屋根裏は薄暗かった。ところどころに天井の穴が開いており、そこから講堂内の光が下から差し込んでいる。下から照らし出されたキャットウォークは埃と相まってちょっとした幻想的な風景だ。


 月日は前方を睨むと、彼の瞳の色が金色に変わった。講堂の中程に人影を見つける。彼は四つん這いになり音をたてぬよう慎重にキャットウォークの上を這い始めた。


――そうだ……。


 月日は思いだしたかのように小さく息を吐くと、右腕に神経を集中させた。首輪を少しだけ緩めすぐに締める。すると意識を集中した右腕だけが中途半端に変化(へんげ)した。頑強な手と鋭く強力な爪を持った大きな腕だ。


 ヒットマンはプロの危険察知能力の賜物か、自分の後方で何かが近づいてくる気配を感じた。慌てることなく、逃走経路でもある出口を見るヒットマン。そこで彼が見たものは、爛々と輝く金色の二つの眼だった。


「!」息を呑んだヒットマンは慌てて腰からサイレンサー付きのリボルバー拳銃を抜くと、金色の眼に向かって引き金を引いた。


 ジョシュ!

 と空気を圧搾したような音を立てて銃弾が発射される。


 月日はその銃弾を、ボールをキャッチするかのように変化した右手で難なく受け止めた。


「バカな!」ヒットマンは我知らず押し殺した声で毒づく。


 ジョシュ! ジョシュ! ジョシュ!


 続けざまに月日に向かって発砲するも、全弾を月日に受け止められてしまう。


 カチ! カチ!


 引き金を引いてもすでに弾倉は空になっていた。空しく打ち尽くした拳銃のシリンダーだけが空転する。


 ヒットマンがセッティングした小型ライフルを取り外そうと身体を曲げたその瞬間、月日はキャットウォークを一蹴りした。


 ヒットマンは何が起きたのか理解できなかったであろう。ほんの一瞬で金色の眼は間合いを詰め、目の前に移動していたのだ。


 次の瞬きする間に小型ライフルはヒットマンの手からむしり取られていた。


「!」驚きの声をあげる間もなく、ヒットマンは月日の当て身を食らいキャットウォーク上に崩れ落ちた。


「ふぅ……」月日は大きく息を吐きだし、骨抜きになったようにぐにゃりと倒れこんでいるヒットマンを見下ろした。


「さてと」と、月日はぼそりと呟くと、ヒットマンを変化した右腕で軽々と担ぎ上げた。


 後はこのヒットマンを如月に引き渡すだけだ。


 落ちている銃器を空いている左手で拾い上げ、月日は今来たキャットウォークを引き返した。




 卒業式は滞りなく進行している。


 卒業生はある者は晴れやかに、ある者は送ってきた学園生活に思いをはせ目頭を熱くさせていた。


 そしてただ一人、戦々恐々とした面持ちで卒業証書の授与を待つ者がいた。()(かぶら)(あきら)である。


「日鏑晶!」卒業証書授与の順番が回って来たのだ。


「はい!」緊張しつつも何とか力強く返事をすることができた。


 彼は立ち上がり壇上へ向かう。計画では、自分が壇上に上がって卒業証書を受け取るのを合図に狙撃をする、という手はずだった。


 卒業式の緊張も相まって、壇上へ上がる日鏑晶のこめかみから脂汗がにじみ出ていた。


「おめでとう」校長から卒業証書が手渡される。形式ばった作法で証書を受け取り、頭を下げた。


 何も起きない。


 ぎこちない動作で日鏑晶は顔を上げ、証書を受け取ると踵を返した。その時、まどかの視線がこちらをまっすぐに見据えているのが、壇上からでもはっきりとわかった。


 更に噴出さんばかりに脂汗がこめかみに滲み、ほほに伝い落ちる。


 日鏑晶は硬い表情のまま席に戻った。ハンカチを取り出してにじみ出る汗を拭う。彼の脳裏には、こちらを向くまどかのまっすぐな視線が焼き付いていた。それは日鏑晶に計画が失敗したことを予感させた。


 式は粛々と何事も起こらず進められ、それから卒業生たちの歓声と感極まった嗚咽のうちに終了した。


 


 帰り支度をした日鏑晶が校舎から出てくると月日とハジメそしてまどかと百夜が立っていた。


「日鏑先輩。少々お時間を頂けますでしょうか?」まどかは授与式の時見せた、あの鋭い視線を日鏑晶に向けた。


「悪いが、これから謝恩会があるんだ」


「それほど時間はとらせませんよ」その場を取り繕って逃げようとする日鏑晶に、月日がにじり寄った。眼は爛々と輝き、言外の圧力が体中から放たれている。


「う、うぅ、わかった。つき合おう」その目を見て日鏑晶はうろたえ、月日の言葉に従った。


「ではこちらへ……」


 月日ら一行は日鏑晶を連れて講堂の裏手へ回り、例の配電室に入った。


 配電室の中には黒服の男が二人、後ろ手に縛られている男の前後に立っていた。縛られている男はあのヒットマンだ。ぐったりとうなだれている。如月が薬を使って眠らせたのだ。


「先輩、この男が誰だか知ってますよね?」


「し、知るわけないだろう」月日の質問に白を切る日鏑晶だが、動揺していることは明らかだった。故意に顔を背けている。


「本当に知らないんですか?」


「知らん」


「本当に?」


「くどい! そんなことで呼び出したのか! くだらん!」そう言って日鏑晶は踵を返す。


「そうですか、ならいいです。この男にあとで訊くまでです」月日の言葉に日鏑晶の動作がぎこちなくなる。


「で、話は変わるのですが、今夜先輩のお宅にお邪魔させていただきたいのですが……太神に関してお話したいことがありますので……」立ち去ろうとする日鏑晶の背中に月日は声を掛けた。


 日鏑晶は太神の話と聞いて足を止め、反射的に月日に振り向いていた。


「太神の話だと……」


「ええ。太神について僕の知っていることを、お父上共々聞いていただこうかと。どうでしょうか?」


「ああ、いいとも。ぜひ来たまえ。歓迎するよ」日鏑晶は手のひらを返したように、にこやかに微笑むと月日の手を取った。


「では後ほど伺わせていただきます」


「ああ、楽しみにしているよ」と言って日鏑晶は踵を返し立ち去った。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。先輩……」


 上機嫌で去ってゆく日鏑晶の背中を金色の瞳をした月日の視線が追う。まるで獲物を狙う肉食獣のように。

お読みいただきありがとうございました。


気に入って頂ければ嬉しいです。


今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ