第四十二話 それで借りは返せたの?
ハジメが作戦を考えている間、全校生徒会総選挙はつつがなく終わった。全校生徒会新会長に選出されたのは、前全校生徒会副会長を務めていた湖山燿である。前会長の右腕としての手腕を買われ、二位をダブルスコアという大差をつけての完勝であった。
そして、各科生徒会も世代交代をしている。日鏑晶も上層教育科生徒会会長を退任し、今は一般生徒となっていた。
選任された各科新会長は速やかに生徒会を組閣し、最初の仕事を開始しなくてはならない。
彼らの手がける最初大きなイベントは、三年生を追い出す儀式。卒業式である。
「わたくしが、ですか?」そう素っ頓狂な声をあげたのは如月百夜であった。
「あなたほどの適任者はいないわ」
「でもわたくしは、その、蒼月円の侍女でありますので、全校生徒会の書記などという大役を掛け持つわけにはまいりません。ありがたいお話ではありますが、お断りさせていただきます」新全校生徒会会長、湖山燿の提案を百夜はきっぱりと断った。
「その侍女としての技量がとても必要と思ったのだけれど。それに、あなたはとても優秀な蒼月さんの側近と聞いているの。だからどうしても迎え入れたかったのだけれど……そうよね、ご主人様を差し置いて生徒会には出られないわよね」そうやって肩を落としている小柄な湖山燿の姿は、小学生にしか見えない。
「お役に立てず、申し訳ございません。全校会長。わたくしも蒼月で育った身。恩を仇で返すわけにはまいりませんので」
「そういう折り目正しいところがまたいいのだけれど……無理強いしてもお互いよくないことになりそうだし、もったいないけれど諦めますか。でも何か困ったことがあったらいつでも言ってきてね。できる範囲でなら何でもするから」裏表ないきっぷの良さは下町商店街譲りだ。
「ありがとうございます。全校会長。よい組閣ができることをお祈り申し上げております」と、百夜は深々と頭を下げた。
「あー、お祈りされちゃったかぁ。ふふ。いつでも遠慮なく蒼月さんと遊びに来てね」
「はい」
二人のやり取りを少し離れたところから心配そうに見ていたまどかも、湖山燿に視線が合うと頭を深く下げた。これ以上百夜が欲しいと粘られたらどうしようかと本気で心配していたのだ。百夜は一見ドライなところがあるように見えて情にもろいところがある。万が一にも押し負けてしまったらどうしようかと思っていた。
まどかにとって百夜は、すでに影武者や有能な侍女というよりも、自分の半身なのだ。何をおいても側にいて欲しい人物だった。
「大丈夫ですよ。まどか様。わたくしはまどか様から離れることなんかありませんから」
「嘘を言ってはいけないわ百夜ちゃん。あなたは一度わたくしの身代わりになって誘拐されたのですから、一度あることは二度あるかもしれないでしょ」と、まどかは百夜の耳元で囁いた。
「変なフラグは立てないでください。それよりもまたまどか様は狙われているのですから、わたくしなんかよりそちらの方のご用心をなさってください。なんなら、卒業式の日まで入れ替わりましょうか」
「そんなことしたら百夜ちゃんが危ない目に合っちゃうじゃない」
「それでいいのです。わたくしはそのためにいるのですから!」小声だが百夜はきっぱりと言い切った。
彼女の言葉に乗じたわけではないが、そのとき昼休み終了の予鈴が鳴った。二人は顔を合わせて軽くため息をつくと、教室に戻って行った。
終業のチャイムが鳴る。SHRを終え月日とハジメが下駄箱まで来たとき、煌が下駄箱の影からいきなり姿を現しハジメに飛びついた。
「ハジメっ!」「おお!」
「ハジメ!」煌は焦りと不安げな表情を浮かべていた。
「なんでこんなところにいるんだ」自分たちも早めに教室を出てきたというのに、煌はそれよりも早くに上層教育科を出て普通科の下駄箱まで来たというのか。
「また分かったことがあったの!」
「どうしたんだ? いったい何が分かった?」
「あの、あの!」
「わかった落ち着け」ハジメは煌の両肩を掴んでゆっくりと言った。煌の様子がいつになくおかしいことが彼女の肩から伝わってきた。
「どうして、俺たちにそこまでしてくれるんだ?」
「どうしてって、ハジメのことが好きだからに決まってるでしょ!」女の子らしい長いまつ毛に囲まれた煌の潤んだ瞳がまっすぐにハジメに向けられた。
見つめ合う二人の光景に、思わず月日は息を呑んだ。なんだか知らないが、早くこの場から離れなくてはという気持ちに駆り立てられる。
「ぼ、ぼくは先に上層科のエントランスに行ってるね」
「え? おい!」ハジメの声を振り切るように、月日は通用路へとトットコと駆けて行ってしまった。
「まったく……俺たちもエントランスに行こう」
「待ってハジメ」煌はハジメの腕を掴んで引き留める。
「兄貴はヒットマンを雇ったようなの。まどかさんを狙撃するつもりだわ」
「わかった。その話はみんなと合流してから話そう……」下駄箱辺りも下校の生徒たちがちらほらとやって来ていた。大きな声でこんな話をしている場合ではない。
「ハジメ……」
ハジメは有無を言わさず煌の手を握るとぐいと引っ張って歩き出した。上層教育科のエントランスへと急ぐ。
上層教育科のエントランスへは、この場所からだと通用路を使うよりも普通科棟の校舎裏を通るのが一番のショートカットになる。ハジメと煌はひとけのない校舎裏に足を踏み入れた。
バチバチバチ。
スタンガンの音だ。
校舎裏の中ほどだろうか、ハジメたちを取り囲むように以前通用路で襲ってきた金髪のパンク頭、スパイラルパーマの茶髪、赤髪ロン毛の三人組が校舎の影から現れた。
「お嬢の後をつけて来て正解だったぜ」
「あのデブはいねぇみてぇだが代わりにこっちのイケメンで、こないだの落とし前を付けさせてもらうとするか!」茶髪と赤髪ロン毛が手に手にサバイバルナイフやスタンガンを持って、ハジメににじり寄った。
「お前の知り合いか?」
「ゴメン。兄貴が雇っていたチンピラよ。前に連絡路のところでまどかさんたちが襲われたとき、ハジメに抱き着いたのは兄貴に頼まれてやったことだったの。その時は、ハジメに抱き着けるからって言われて……」
「んで二つ返事ってことか……。何が起きるかも知らなかったんだろ」
「本当にゴメン。こんなことになるなんて!」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ。お嬢、ケガしたくなかったらそいつからは慣れな!」赤髪ロン毛がスタンガンをバチバチさせながら一歩にじり寄る。
「嫌よ! あんたたちこそ何なのよ! 兄貴とはもう切れたんじゃないの!」
「ああ、だからこうしてこの前の借りを返し来たんだよ!」茶髪のサバイバルナイフがハジメの胸をかすめる。スッとハジメの学ランに白い線が付いて、はらりと割けた。学ランの内張りまでは切られていないが、サバイバルナイフは鋭い切れ味だ。
「ハジメは関係ないわ。あんたたちをやったのはデブチでしょ! ハジメはあたしが抑えてたんだから!」
「だが、こいつはあのデブのマブダチじゃねぇか。だったらこいつをボコれば、あのデブ野郎の泣きっ面が拝めるってもんだぜ!」
「逆恨みもいい加減にしなさいよ!」
「お嬢、あんたもいい加減離れないと、あんたごと切り刻むぜ!」
「誰が離れるもんですか。絶対にハジメから離れたりしない!」
「いや、離れてくれ。その方がいい。あいつらはお前がいても襲ってくるだろう」ハジメは犬歯が見えるほど口角を上げて煌を見やった。こめかみからじわっと汗がにじんでいる。
「ハジメ……」
「おい、これから彼女を離すが手出しすんじゃねぇぞ!」
「へっ。袋になる決心がついたか、いいだろう。お嬢、好きなところに行きな!」
「ハジメ……」
ハジメは彼女に頷くと、手を放して背中を押した。
「月日に悪いと言っておいてくれ」
と、金髪が包帯をしていない左手で走り去ろうとしていた煌の腕を掴んだ。
「てめぇ。煌に手を出すんじゃねぇ!」
「そんなデカい口が叩けるのかこの状況で!」と赤髪ロン毛がハジメの腹に蹴りを入れる。
吹き飛ぶはじめ。コンクリートの通路に勢いよく倒れこむ。
「くそ、テメェら初めから……」
「お嬢はどうでもいいんだよ。あのボンボンとはもう手を切ってるんでな!」
「おめえらをボコるために今日はいろいろ仕込んでんだ。楽しみにしてな!」
「くそぉっ」腹を押さえながらよろよろと立ち上がろうとするハジメ。しかし腹に力が入らずうまく立ち上がれない。
「そう来なくっちゃな。楽しみ甲斐がねぇぜ!」舌なめずりをする赤髪ロン毛。
「ハジメ!」煌はハジメに駆け寄ろうとしたが腕を掴まれていて動けない。
「大丈夫だ、煌……」
「そいつはどうかな!」バチバチとスタンガンの火花を散らせながら、赤髪ロン毛がハジメに更ににじり寄る。
「くそが!」
どういたぶろうかと赤髪ロン毛は舌なめずりした。一発で気を失わせてはつまらない。痛めつけるだけ痛めつけてから止めを刺すつもりなのだ。
ダン!
赤髪ロン毛の後ろに何かが落ちてきた。
振り向こうとする間もなく、赤髪ロン毛はその何かに吹き飛ばされる。もんどりうって路上に転がる赤髪ロン毛。整えた自慢の長髪が目も当てられない有様だ。
「誰だ……ハジメにこんなことをしたのは……!」
丸い人影の瞳は金色に爛々と輝き、突っ立っている茶髪と金髪を交互に見やった。彼らは戦慄と呼ぶべきものがなんであるかを改めて知ることになった。
「デ、ブチ……なの?」
いつもとは全く異なった、邪悪とも呼べるオーラのようなものを纏っている。そして人とは思えぬ金色の瞳が炎のようにたぎっていた。
そう、彼は月日である。
変化こそしていないが彼の身体から発する気配はもはや常人のものではなかった。獣そのものである。
「やべ、あいつだ!」
「今日はこいつがあるんだ切り刻んでやる!」
「得物を持つと人間というのはどこまでも思考能力が低下するようだ……」月日はサバイバルナイフを持った茶髪を一瞥すると一瞬で間合いを詰めた。そして瞬きをする間も空けずに、茶髪から無理やりナイフをむしり取っていた。
「バカな! そこは刃じゃないか!」
刃をそのまま握りしめて月日は鬼神のように立っていた。その姿を見た茶髪は失禁し、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。目の前にいるモノがなんであるのか理解できなくなっていた。
唯一つ彼の心に浮かんだ言葉は、
バケモノ
その一言だけだった。
「さて、彼女を放してくれないか」月日の口からは犬歯が少しはみ出していた。
「うるせぇ! あっちへ行きやがれこのバケモノが!」金髪は半狂乱になっていた。切り札である煌の腕をお守りのように握りしめている。
――こいつさえいれば奴は攻撃できないはずだ!
そんな金髪の淡い思いは、次の一瞬で意識の闇の中に消え去っていた。
月日は瞬時に金髪の背後に回り込み、頸動脈に一発くらわせたのだ。金髪は糸の切れたマリオネットのように力なく路上に転がった。
「ハジメに手を出したら僕が許さない!」
月日はあたりを見回し、三人組が動けなくなっていることを確認した。
「あんた……デブチ、よね……」煌は恐る恐る月日に近づく。
「大丈夫だった煌さん?」
「あたしは平気。それよりもその目と口……」煌にそう言われて、慌てて月日は口を隠して目を逸らした。
「少し遅かったんじゃねぇか……」
「ゴメン遅くなった」
ハジメの言葉で煌は我に返った。
「ハジメ!」
「いて、乱暴に抱き着くなよ」
「すぐに如月の人たちが後処理にくるからちょっとだけ待ってて」
「待つも何も、こいつを何とかしてくれよ」と、抱き着いている煌を見ながら苦笑した。
「それだけ元気があるのなら大丈夫そうだね」
「大丈夫じゃねぇのはお前だ……ベルトも外してねぇのに変化しかかっているぞ……いて」
「また変化不順になってきているのかもしれない。興奮すると勝手に変化しかかるんだ。この程度ならすぐに戻ると思うけど……」
月日が変化を心配していると清掃作業員のような格好をした如月の工作員がやってきた。
「なんだこいつら……」一人腰を抜かしたまま意識のある茶髪は薬を打たれ昏倒させられてしまう。そして頭陀袋に入れられ、工作員たちに担がれた。金髪も赤髪ロン毛も同様に彼らに担がれてどこかへと連れて行かれてしまった。あっという間の出来事である。相変わらずの手際のよさだ。
「これで少しは日鏑の情報も入るかもな、てて」
「無理に喋るなよ。リムジンに行けば救急セットもあるし、まどかさん家で休ませてもらおう」
「そのほうがいいな……」
「煌さんも、とりあえずみんなと合流して。いろいろ話すことができちゃったみたいだから」
月日は煌にそう言うと、ハジメを軽々と背負いなるべく静かにリムジンへと歩き始めた。
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