第四十一話 煌の兄貴は暗殺者?
「ハジメ! 兄貴が何をしようとしているか分かったわ!」次の日、顔色を変えた日鏑煌が月日たちのクラスになだれ込んできた。
「おい、ちょっと待て」ハジメは慌てて取り巻きをかき分け、煌に駆け寄りそのまま廊下に連れ出した。
「そんなデカい声で叫ぶなよ……」と、ハジメは声を殺して煌に言った。
「ごめん、でも大変なことなの。お願い兄貴を止めて!」彼女のピンクのカーディガンが小刻みに震えている。それは、何か良からぬことを日鏑が目論んでいることを暗示していた。
「ここではなんだ……。放課後上層教育科のエントランスでみんなと話し合おう。いいな」
「で、でも……」
「大丈夫、必ず力になってやる!」
「う、うん……」
二人が廊下で話していると、ハジメの取り巻きたちが騒ぎ出した。
「誰あの派手な女」
「ハジメになれなれしい」
「どこのクラスよ」
彼女たちは戸口のところまで出てきて煌にガンを飛ばしている。
「いいから、今は戻れ。これ以上厄介なことになると、どうなるか分かっているだろう?」真剣な眼差しでハジメは煌を促した。
彼女は無言でうなずくと、踵を返して廊下を駆けて行った。
束の間ハジメは上層教育科へ向かう煌の背中を追っていたが、小さくため息をつくと作ったような声をあげた。
「すまないハニーたち」くるりとハーレム女子たちに向けたハジメの顔はどこかの歌劇団の男役のような輝く笑みを浮かべていた。
「何なのよあの女!」
「誰なの?」と、ハーレム女子たちの苦情を一身に受けながらハジメは作り笑顔を浮かべつつ、彼女たちの話をうまくすり抜けるのだった。
放課後、いつものように上層教育科のエントランスに月日と共にハジメは立っていた。
「ハジメ!」
まどかたちよりも早く、最初にエントランスに来たのは煌だった。よほど焦っているのだろう、学生証をタッチし損ねてゲートで一度捕まってしまう。
「もうっ!」
「煌さん!」すぐ後からゲートに姿を現したのはまどかと百夜そしてかくやであった。
「煌! とりあえず車に乗れ」
「うん!」
煌に続いてまどかと百夜が車に乗り込む。
「かくやさんも乗ってください。話がありますから」不安げな顔つきのかくやに向かって百夜が声を掛けた。事と次第によってはかくやにも火の粉が飛び火する可能性もある。百夜はかくやにも一応何が起きるのかを知っておく必要があると思ったのだ。
かくやも載せたリムジンは他の車の邪魔にならぬよう一旦車寄せから離れた。
「煌、いったい何があった?」
「ハジメ、お願い! 兄貴を止めて。兄貴が、兄貴が!」
「わかった、少し落ち着け! まずは深呼吸するんだ」
煌はハジメに言われるがまま深呼吸をした。のどに空気が通ると、頭の中がスッとしてぐちゃぐちゃに詰まっていた言葉がきれいに一列に並んできたような気がした。
「このままだと兄貴が殺人犯になっちゃう!」
「殺人犯……!」いきなりの物騒なワードにハジメを始め一同は驚きを隠せずにいた。
「殺人犯ってどういう意味だ? 穏やかじゃないぞ」
「あー、兄貴が殺し屋を雇ったの、それで卒業式に、えっと……」
「焦らなくていいから、ゆっくりと話せ」
「うん。スーハー……兄貴が、殺し屋を雇って、卒業式の日に、蒼月さんを殺そうとしているらしいの」煌は申し訳なさそうにまどかの顔に視線を向けた。
「命を狙われているのはよくあることですから、さほど驚きはありませんが、あらかじめ言われたのは初めてのことですね……まどか様」
「煌さんありがとうございます。わたくしも、面と向かれて殺人予告をされたのは初めてですが、教えていただいたことには感謝いたします」
「怖くはないの……?」
「怖いですわ。いつも、いつも。でも今はわたくしを守ってくださる方がおります。わたくしはその方に絶大な信頼を寄せておりますから、きっとわたくしを守ってくださいます」と、まどかは唇に微笑を乗せて月日を見やった。
月日はまどかに向かって強く頷き、ハジメに視線を移し頷いた。ハジメも頷き返す。
「だから大丈夫だ。お前はそんなに心配するな。誰もここにいる奴は死なないし傷つかない。お前の兄貴を殺人犯になんかさせないよ」
「ハジメ……」
「俺たちを信じろ」
「うん、わかったわ。ハジメを信じる」
「それで、具体的に何かわかっていることはあるのか?」
「具体的?」
「煌の兄貴が暗殺を企んでいるのは分かった。日付は卒業式。ターゲットはまどかさん。そのほかに手段とか、もう少し正確な時間とか?」
「わからない。細かいところまでは聞こえなかったし、半分は殺し屋に任せている感じだったから……」
「んー。わかった、ありがとう煌助かったぜ」
「ハジメの役に立てたのならうれしいし、何より兄貴が殺人犯にならずに済むんだったらなんでも協力するわ」
「なんだかんだで兄貴思いなんだな」
「違うわよ。そんなんじゃない! ただ、なんか嫌なだけ」
彼女はまだ、父親の手は血まみれだっていうことは知らないのだろう。国際犯罪シンジケートのドクター・レッドタイドと手を結び犯罪行為に手を染めていたこと、まどかを拉致監禁した共犯などということは、知らないのなら知らないほうが幸せだ。彼女はあの事件とは無関係なのだから。ハジメはそう思い、あえてそのことには触れなかった。
ふと、ハジメは嫌な想像が頭をよぎった。それは体育館爆破事件の時、まどかを攫うにあたっての下準備は誰がしたかということだ。学校内で手引きした者が必ずいる。その者はある程度自由に学校内を、特に上層教育科を動き回ることができ、さらに事件発生時に人がどのように動くかを知っていた人物に限定される。例えば体育館で普段生徒が入れない場所とか、爆破した際にけが人が出にくい場所や時間帯とかを知っている人物。
「マジかよ……」煌には申し訳ないが、彼女の願いは少し手遅れだったのかもしれない。ハジメの推測が正しければ、それらのことが実行でき、かつ動機のある人物はたった一人しか思い当たらなかった。日鏑晶である。
人死にこそ出ていないが心の傷を負った生徒は大勢いたのだ。許されることではない。
「どうしたのハジメ?」
「……いや何でもない。ただの取り越し苦労だ」と、口では言ってはいるが、もはや日鏑晶が行ったとしか思えない。だが、煌にそれを言ったところで彼女を苦しめるだけだ。
「ハジメって結構心配性なのね」
「用心に越したことはないからな」この場はこれでいいとハジメは話を濁すことに決めた。いつかは分かるときが来るのかもしれないが、それが今である必要はない、と……。
「ハジメ。僕は何をしたらいい?」
「そうだな、まだ少しだけ時間はある。ちょっと作戦を考えさせてくれ。とはいえこの前みたいにプロ並みの大掛かりなことはできないけどな」
「わかった」月日は頷いた。
「プロ並み?」
「いや、お前とは関係のない話だ……」ハジメは煌から視線を逸らしたまま否定した。確かに煌本人には関係のない話ではある。関係しているのはむしろ父親の方なのだ。
そう考えると、やはり煌は箱入り娘であったのだろう。家の裏家業に関しては全く隔絶されて育って来たのだから。
「なんにしろ、時間をくれ!」腑に落ちない煌を置き去りにして、ハジメはとにかく言葉を濁し、会話を切った。
学校の周りを周回していたリムジンは再び校門をくぐりエントランスにやってきて、かくやと煌を下ろした。
「それでは皆様また明日。旦那様お気を付けてお帰りなさいませ」かくやはリムジンを降りると挨拶をすます。
「煌、大丈夫だ。俺たちが何とかしてやるから」リムジンを降りるのをためらっている煌の背中を押すようにハジメが言った。
「かくやさん、煌を頼みます」ハジメの言葉にかくやは静かに頷き煌に手を差し伸べた。
「さっ、煌さん行きましょう。そんなことでは皆様も不安になってしまいますよ」
「そうね……うん……わかったわ……」煌はかくやの手を取るとリムジンから降り立った。
「かくやさん。これから僕たちは危ないことに遭遇するかもしれない、だから……」「それ以上は言わないでくださいまし旦那様。わたくしはいつまでも旦那様とご一緒させていただきます」
「はぁ。やっぱりかくやさんは、かくやさんなんだね」
「はい。わたくしは、いつでもわたくしですわ」かくやはにっこりと月日に微笑んだ。
「じゃ、行くよ」月日はそう言って車のドアを閉めた。
不安そうにリムジンを見ている煌の手を、かくやはそっと包み込むように握った。
「大丈夫ですよ。きっと良き方向に運命は流れてゆきます。旦那様とハジメ様がいらっしゃいますから。お二方を信じましょう」
「そうよね……ハジメがいるもんね……」
煌は不安げな視線を遠ざかるリムジンに向けて強く心の中で思うのだった。ハジメならきっと兄を救ってくれる、と。
彼女の熱い思いとは裏腹に、エントランスには芯まで凍りそうな冷たい北風が吹き、まるでこれから起こることを暗示しているように思え、煌は身を震わせた。
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