第三十八話 転科試験の行方はいずこ?
かくやと煌のサポートもあり、月日とハジメは数度の模擬テストで何とか及第点を取るに至っていた。不安要素はぬぐい切れなかったが、後は覚悟を決めて本番に挑むほかはない。
遂に今週の日曜日に本番の転科試験が行われる。
二月中頃の日曜日。転科試験を受けるため、蒼月邸から月日とハジメは登校することとなった。今日は、まどかは同行しないので送迎ワンボックスでの登校だ。
緊張した面持ちの月日とハジメは上層教育科のエントランスに降り立った。
案内役だろうか、金縁三本を付けたセーラー服姿の女子生徒が二人を待っていた。上層教育科生徒会役員なのかもしれない。
案内係の女子生徒に先導されゲートを通過する。一応、月日たちのスマートフォンで通過できることは学校側には伏せていた。彼らのスマホの機能は学校側から見れば間違いなくセキュリティホールでしかないからだ。
静々と歩く女子生徒について歩く一行。見慣れた木製の廊下ではあったが、休日のせいかしんと静まり返って雰囲気がいつもと異なっていた。
そんなことを思っている間に女子生徒の足が止まった。一階の一番端の教室である。
「失礼します」
「入りなさい」女子生徒の言葉に、間を置かず中から声が返ってきた。
女子生徒は扉を開けると、二人を中に入るように促した。
緊張した顔を張り付けたまま月日は教室内を見やった。
教室内には席は二つだけ置かれ、教壇には二人の教師がパイプ椅子に座っていた。
「席に着き給え」教師の一人が二人を促した。月日たちは入ってきた順番のまま、月日が窓際の席にハジメが廊下側の席に座った。
「皆さんの携帯をお預かりします」女子生徒が二人にスマートフォンを提出するよう促す。カンニング防止の当然の処置だ。
二人は机の上にスマートフォンを置くと女子生徒が取り上げ教卓の上に置いた。
「それと太神月日さんその首輪を外してください」
「どうしてですか?」
「カンニング防止です」
彼女の言っていることはもっともで、首からぶら下がっているこんな大きなチョーカーなど如何わしい以外の何物でもない。しかし、カンニングの道具にしては悪目立ちすぎると言えよう。とはいえ怪しいものは排除するのが彼女の役目なのだ。
「これはカンニングとは関係ありません」と否定する月日だったが、女子生徒はなおも食い下がる。
「それはこちらが決めることです。現に首輪に何か紙が貼り付いているではないですか」
「これはお札です。この首輪は絶対に外しちゃいけないんです!」
「なんですかそれは! 正当な理由になっていません。怪しいです!」女子生徒は月日の言葉に立腹したのか首輪に手を掛けようとした」
「止めといたほうがいいですよ。首輪に貼ってあるのは本当にお札です。こいつの実家は神職をやってて、まぁ、いわゆるそういう類の現象を抑えるためにこいつはこんな格好をしているわけで……で、そいつの許可なく首輪に触ったり取ったりすると、きっと後悔することになりますよ」
ハジメの話に女子生徒の手が止まった。ぴくぴくと指先が震えている。職務への義務と得体のしれない恐怖の板挟みになっているようだ。
「では速やかに自分の手で外しなさい。さもなければ試験は中止とします」試験官と思しき定年間近と思われる教師が感情を一切見せずに月日に命じた。
月日はどうしようといった顔でハジメを見たが、ハジメは肩をすくめただけだった。
「すみません! でも外せないんです。触ってもいいですから確認してみてください。カンニングとは関係ないとわかります」慌てて月日は首からぶら下がっている革製の首輪を女子生徒に持ち上げて差し出した。
彼女は気味悪そうに指先だけで首輪をつまんで、月日の首周りをチェックし始めた。
「あ、お札には触ってもいいですけど、絶対に剥がさないでくださいね」
「し、承知しました」彼女は緊張気味に頷いた。決してオカルトを全面的に信じているわけではないが、そう言った話は女子の間では事欠かない。その最初の犠牲者にだけはなりたくはなかった。
それでも彼女は忠実に職務を遂行した。始めは戸惑っていたが調べるうちにしっかりとした手つきでベルトを確認するようになっていた。ベルトに何かし込んでいないか、お札のあいだにカンニングペーパーがないか、バックルに仕掛けがないかを入念に調べた。が、月日の言うようにベルト自体はただの革製のベルトでしかなく、お札はしっかりと張り付いていて、何かを仕込めるような余地は全くなかった。剥がそうとすれば目立つ行動となるだろう。
「ベルトには何も仕掛けはないようです。ただのベルトです」
「まぁいいでしょう。不審な行動をとったら試験は即中止とします。よろしいですね」試験官の教師は例によって淡々と二人に告げた。
それから、試験の時間割を知らされ、注意事項やその他諸々を説明された。
「では試験を開始します。以降私語は慎むように」
二人に答案用紙と問題用紙が配られる。いよいよ今までの努力が試されるのだ。
その時だった、教卓の上に置いてある月日とハジメのスマートフォンがいきなり聞きなれない警告音をがなり立てた。
「緊急です。緊急です。至急電話に出てください。緊急です。……」
月日とハジメは顔を見合わせ、次の瞬間には教卓にあるスマートフォンに出ていた。
「月日です! どうしたんですか!」
「滝川です! 屋敷が襲撃を受けています! 至急救援をお願いいたします!」声の後ろで銃声が鳴り響いている。そして唐突に通信が切れた。
月日は総毛立った。銃声の規模からしてドクター・レッドタイドの襲撃かそれとも本体であるローズ&ラベンダーの仕業か。大胆にも蒼月邸を襲撃したのだろうか。
月日は刹那の思考から戻ると脱兎のごとく試験会場である教室から飛び出した。それは試験放棄を意味する行為であった。
不安と怒りで月日の瞳の色は金色に変色していた。通信の切れたスマートフォンをお守りのように握りしめ一路蒼月邸へと向かう。
月日は神経を足に集中して、ベルトを一旦外しすぐに付ける。ズボンと上履きが破裂するように破れ、毛におおわれた中途半端な変化した足が露わになった。白昼堂々変化するのは人目につく恐れがあったが、まどかが危険に晒されているのだからそんな些細なことに構ってなどいられない。月日の心の中では、何においてもまどかの安全が優先した。
彼はそのまま跳躍する。奇異な足跡をアスファルトに残して。
月日の身体は軽々と宙に舞い住宅街を横切って行った。かつてルピィナが同じことをしたことなどその時の月日は忘れ去っていた。彼の脳裏にあったのは、ただ一刻も早くまどかを救い出したいという、その一念だけだった。
月日は数分と立たず蒼月邸の中庭に降り立った。
蒼月邸はしんと静まり返っていた。防音が完璧なため生活音は外に聞こえないようになっている。鋭敏化した耳をすませば、エアコンの室外機の音や各種外部装置の放つ小さな音が聞き取れた。どこも傷ついておらず、とても襲撃があったようには思えない。何事もない平和そのものだ。
「月日さん!」驚いた表情のまどかが二階の自室の窓から顔を出した。
「まどかさん大丈夫!」窓のすぐ下まで駆け寄る月日。驚きと安堵が、同時に月日の心になだれ込んだ。まどかは無事だ。それだけでざわめき立っていた月日の心は穏やかになって行った。
「それはこちらの台詞です! 試験は大丈夫なんですか? なんでこんなところにいらっしゃるのですか?」
「え?」
お互い何を言っているんだという顔つきでしばらく茫然と見つめ合う。ただただ頭の中が混乱していた。
「試験はどうしたんですか!」まどかの横から百夜が顔を出した。彼女の声で二人は我に返った。
「そうです、試験は? ハジメさんは?」
「いや、だって襲撃を受けたって緊急の電話が入って。それで! そうだ滝川さんから連絡を受けたんだ」
「部長から……?」百夜が眉を寄せてまどかと顔を合わせた。
「滝川さんは、いま本社にいてここにはいません……それよりもこちらへ来てください。こんなところではなんですから」百夜は月日を部屋に来るように促した。
「ちゃんと玄関からお願いします」ジャンプしようとしている月日を百夜が制した。
蒼月邸は襲撃事件など全くなく、普通の日曜日を送っているようだ。
何が起きたのか分からぬまま、月日は首をひねるばかりだった。
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