第三十七話 彼と彼女の馴れ初めは?
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
月日たちが浴場の前に来た時、見慣れた古典的な丸襟のタキシードを着た執事が二人、入口の前に立って二人を待っていた。
促されるまま脱衣所に入る月日とハジメ。脱衣所は教室の半分くらいの広さがあり、とても小浴場とは思えぬほど無駄に広かった。
あんぐりと口を開けながら、白い大理石調の壁を見回す月日。ところどころに小さな花束をあしらった装飾が施されているのが見えた。
「何かございましたら、お声がけください」そう言うと執事たちは、戸口のところまで下がって門番のように静かに立っていた。
「なんか見られていると緊張するよ」
「こういうのは見ていても見ていないことになっているんだ」と、ハジメはいそいそと服を脱ぎ始めるのだった。
「いつも路上で素っ裸になっている奴が、いまさら何を恥ずかしがってやがんだ」
「人をヘンタイみたいに言わないでよ。それに、それとこれとは別の話だよ」
まあ、それはそうなんだけれどと思いつつ月日は脱ぎ始めるものの、やはり執事たちの視線を気にせずにはいられなかった。
カラリと静かに扉を開くと、同時に六人は洗えそうな洗い場があり、銭湯並みの湯舟がお湯をかけ流して彼らを待っていた。
「すげぇ」
「これで小浴場なのか? 女子たちの大浴場になったら一体どんなん何だ?」
天井を仰ぎ見る月日とハジメは大きなため息を漏らすことしかできなかった。
大浴場も温泉ではないがかけ流しであり、美しい裸体の女神像が持った壺から湯が、トレビの泉を模したような、巨大な浴槽に注がれていた。
「白くて素敵なお風呂ですね」と上品にタオルで胸を隠しながらかくやが浴室に入ってきた。
「そうですか、ありがとうございます……」まどかは半ば愕然とした表情で気の抜けた声で返事をした。後に続く百夜も同じ表情をしている。彼女たちは脱衣所で何かを見、それに打ちのめされていたのだ。
「わたくしの実家では檜のお風呂ですので、こういった洋風のお風呂に皆さんとご一緒に入るのが夢でしたの」いつになくはしゃいでいるかくやを尻目に、まどかと百夜は後ろにいる煌を見やった。
胸を隠しているはずのタオルなど役に立たないのではないかと思うほど大きな胸が、そのタオルを重力に反し押し上げている。
二人は自分たちの胸を見るにつけ大きなため息をつくばかりだった。加えて彼女たちに追い打ちを掛けるように、かくやもまた大きさは煌には程遠いものの、サイズと形のバランスが絶妙で、同じ女子から見ても羨むばかりの美乳の持ち主だったのである。
「本当にこういうコンプレックスを抱くとは思わなかったわ、百夜ちゃん……」
「本当に……」まどかと百夜は放心状態のまま、掛け湯代わりのシャワーを浴び始めた。
「背中をお流しいたしますわ」そう言うかくやのボディラインは制服の上からでもわかるほどであったが、こうして直に見るとなおたおやかで、肌の艶ときめ細かさも映えて本当に美しかった。
まどかは彼女の初当校の日、クラスの男子たちが一目見ただけで彼女に心惹かれたのがよくわかった気がした。女子の目から見ても惹きつけられる魅力があるのだから。
そして極めつけは煌だった。どこかのグラビアアイドルさながらのプロポーションは圧倒的だ。とどめがあの巨乳である。出ているところはとことん出ていて、くびれているところは美しい曲線を描いている。このプロポーションで男性を悩殺するのは、さぞかしたやすいことだろう。
二人は心のどこかで、彼女がハジメのことしか頭にないことに、ほっとしていた。煌と真っ向勝負したところで、あの容姿には正直敵わないと思ったからだ。
男子たちが女子たちを見てはコソコソと戦闘力がなんだと言っている意味が、今ようやくわかったような気がしたまどかであった。あまりにも幼稚でくだらなくはあるが、この表現はある意味 的を射ていると思ったからだ。
大砲と豆鉄砲という構図がまどかの頭をよぎり、思わず頭を振ってしまう。頭をすでに濡らしていたことなどすっかり忘れていた。
「キャァ」近くにいたかくやと百夜にまどかの髪の水しぶきが掛かる。
「ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて……」
「酷いですわ」かくやが怒るともなしに苦情を言った。
「そうですよ、まどか様。いったい何を考えていたんですか?」かくやとは対照的に意味ありげな笑みをニマっと浮かべ、百夜はシャワーの向こうのまどかを覗き見た。
「百夜ちゃん!」
「まどか様があたりの方に配慮の欠けたことをなさることは滅多にあることではありませんので。とても深く思いを募らせていることを考えていたのかと……」
「思いを募らせている方がいらっしゃるのですか?」
「はい、とても深く」
「旦那様のことですか?」
「い、いい加減にしてください、お二人とも!」湯船に入る前からまどかの顔は真っ赤になった。
「もっと自分の心に正直になってもよろしいと思うのですけれど……」
「あなたは正直すぎるというよりさらけ出し過ぎです。もう少し自重したほうがよいと思いますよ」
「わたくしは十分に自重しておりますわ」かくやににっこりと微笑み返されると、まどかはもはや言葉を失った。これで自重しているのなら、食堂での一件はいったい何だったんだろうと思わずにはいられなかった。
「でも、煌さんはずいぶんとご立派なお身体をされていて、女のわたくしが見ても惚れ惚れといたしますわ」
「な、なによ」煌は、いきなりかくやに声を掛けられ、どうしてよいのか分からない様子だ。あたふたとして洗っている身体を反射的に隠す。
「あたしはそんな趣味ないんだから!」
「特に他意はありませんわ。心からそう思っておりますことを申し上げておりますもの」
「かくやさんは嘘は言いませんよ。そんなに警戒しなくても大丈夫です。あなたに対して特別な感情はありませんし、あなたのハジメさんをわたくしたちは盗ったりは致しませんから」百夜はにこやかにかくやの言葉を後押しした。
「あのデブチの方がいいの?」煌は信じられないと言った顔つきだ。
「はい。太神月日さんをわたくしたちは選んだのです」百夜はそう言うと、シャワーで身体の泡を洗い落とし始める。
「信じらんない……」煌は眉をよじれるようにひん曲げて困惑していた。
「蓼食う虫も好き好きですわ。煌さん」かくやは静かにそう言って、シャワーではなく桶を使って身体をすすいだ。
「……」
そう言われてしまっては返す言葉も見つからない。にわかには信じられなかったが、人の趣味にまで文句を付けようとまでは煌は思わなかった。
全員全身を洗い終え白い大理石の巨大な浴槽に入った。
「立ち入ったことを訊いてもよろしいかしら」唐突にかくやが煌に向かって切り出した。
「な、なによ……」
「どうしてハジメ様を好きになられたのでしょうか?」
「それはこっちが訊きたい質問よ。どうしてあんなデブチを好きになったのかしら。気が知れないわ。まぁ、別に人の趣味にはとやかく言わないけど」
「わたくしと旦那様は月の縁で結ばれた者同士ですの」かくやはにっこりとまどかと百夜に微笑んだ。まどかと百夜は苦笑を返すしかなかった。この話に突っ込んだら、あとが面倒臭くなるからだ。スルーするか彼女に合わせておくのが一番良い。
「それで、ハジメ様のどのようなところに惹かれたのですか?」
「あんたも食いついてくるわね。まぁいいわ。あたしはハジメの全部が好きなの。もちろんルックスがいいのはいいんだけどそれだけじゃないわ……」そこで煌は湯気にむせぶ天井を見上げた。
「あれは中等部の一年生のちょうど今くらいの時だったかな、ハジメの噂を聞いたの。普通科に凄い美形男子がいるって」煌は俯せになり浴槽の縁に組んだ両腕を乗せ、さらに頭を乗せた。
「始めは興味本位だった。今と同じようにカーディガン着て普通科に行ったの」
かくやは穏やかな微笑を浮かべ静かに煌の話を聞いている。
「驚いたわ。この世にこんな綺麗な男子がいるなんて。でもその時はそう思っただけで、他の感情は全く感じなかったわ」
「ではいつ心惹かれるようになったのですか?」
「ふふっ。あれは二年生に上がったばかりの時だったと思うわ。今日と同じことをしたの。そしたら彼はしっかりとあたしを受け止めてくれたわ。とっっっってもうれしかった。彼は何か言っていたけど、あたしにはもうそのとき、彼が何を言っていたのかなんてわからなくなっていた。だってドキドキが頭の中に響いていたんですもの。それから、彼の側にいるだけであたしは幸せになれた。見ているだけで嬉しい気持ちになれた」再び彼女は天井を見上げ、小さく息を漏らした。
「今日、彼に悪戯するつもりでまたぶつかったんだけど、あんなことになっちゃったのは後悔してるけど、彼のカテキョになれたから結果オーライってとこかしら」
「あなたも旦那様同様、ハジメ様との縁をお持ちの方なのですね」
「何それ、新興宗教か何か?」煌はあからさまに胡散臭そうな顔つきでかくやを訝しんだ。
「彼女の言葉を真に受けないでください。彼女はある種の特殊な方なので……」百夜が困り顔でかくやを見やった。
「へー。本当にそういう人がいるんだ。初めて見た」煌は驚きと物珍しさの合いまった目付きでかくやを見た。
「なにか、わたくしおかしなことを申し上げましたか?」
「いいえ。実にあなたらしい物言いでしたわ」困り顔のまま百夜は苦笑した。
「わたくしにとっては煌さんの方が驚きですわ」と、百夜は煌から目を背けてため息交じりに小声で呟いた。
「本当に……」まどかには百夜の言葉が聞こえたらしく、彼女も百夜の耳元でそう囁いた。
恋する乙女は心も身体も最強だ。などとくだらないことを思いつつ、二人は風呂の出るタイミングを見計らっていた。
できることなら、あのダイナマイトボディとアフロディーテの化身のようなかくやたちを意識せずに出る方法を探っていたのである。
一見小さな見栄のようではあるが、百夜とまどかにとっては大きなコンプレックスなのであった。
この後、百夜とまどかは二人して湯当たりをすることになるのだった。
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