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第二話    出会うこと再び?(四)

 昼休みのチャイムが鳴り四時限目が終了する。


「ハジメ。今日は弁当?」


「いや、学食行くか?」


「そうだね、ちょっと相談したいこともあるし…」そんな話をしているうちに、遠吠(とおぼえ)(はじめ)の周りに女子たちが群がってきた。


「ちょっとどきなさいよデブ」「何ハジメと話してんのよ」「ハジメ君一緒にご飯食べよ」などと口々に月日の悪口や、自分の要求を言いながら寄ってくる。


「あわわ…」月日は押し出されるように席を追い立てられ、ハジメの周りはあっという間に女子に占拠されてしまった。バーゲンセールさながらの勢いだ。


「はぁ……」ため息を深くつくと、月日は肩を落として教室を出て食堂へ向かった。あのパワーには逆らえない。きっとこうして、おばちゃんパワーが育まれてゆくに違いない。


 半地下にある普通科の食堂はコンクリート打ちっぱなしのデザインで、とてもシンプルな作りだ。大衆食堂のような雰囲気があり、月日はどこか落ち着く。


 定食を頼むときは注文をするのでなく、出来合いの好みのおかずをトレーに乗せ、会計のところでご飯とみそ汁をもらうシステムだ。麺類や調理パンは別のコーナーで会計をする。月日は三人前のおかずをトレーに乗せ会計に向かった。


「ごはん超大盛りで、あと、みそ汁二杯下さい」


「あいよ」いつものおばちゃんだと要領が分かってくれていて助かる。新米で融通が利かないパートの人だとここでひと悶着起きかねないのだ。結局は学生側の言い分を通す形にはなるのだが、空腹なのにこんなくだらないことで時間を取られたくはなかった。


 学生証のICチップで支払いを済ませ、空いている席を探す。あとから来るであろうハジメの分も考慮して、一人席は対象外として食堂をぐるりと見渡した。さほど込み合ってはいないようで、好きなところに座ることができた。


 トレーをテーブルに置くと、月日は質素なパイプ椅子に座り、ほっと息を吐いて目を瞑った。高いところにある窓から、冬の頼りなげな陽が射しこんでくる。食堂の温室効果で春の日差しのようだ。


……今日は窓際の四人掛けの丸テーブル。悪くない。ぽかぽかで気持ちいい……。


 少子化のためか、この食堂ができた当時の生徒数よりかなり生徒数は減っている。そのため、空きテーブルが増えているとおばちゃんが嘆いていたことを思い出した。昔は廊下に待ちが出るほどごった返したという。


 普通科は最大で十三クラスまであった時期がある。クラス名はアルファベット表記なので、AからMクラスまであったことになる。今と比較するととても信じられないが、余っている空教室を見れば頷ける。

 今では三年生はG組までの七クラス、二年生はE組、月日の一年生はD組の四クラスと、年を追うごとに減っているのがよくわかる。とはいえ月日に何ができるとでもいうわけでもない。ただこうして目線の高さに地面が見える半地下で、呆けていることくらいしかできなかった。


 この席は窓際で中庭がよく見え、上方には光取りの窓があり日当たりがいい。ほかのテーブル席より一段高くなっているのがまた良かった。一段高い席は他に三席あったがすべてすでに埋まっていた。


……運がいい。


 この席からだと食堂内が一望できる。手弁当を持ってきているのが何人かいた。学食なので、弁当持ち込み禁止などと言うことはない。かえって席が埋まっている感を出すために一役買っている。


 もしも食堂を使って食べる人間が自分一人になったと仮定して、がらんとした食堂に一人で食べている自分の姿を月日は想像してみた。


……究極のぼっち食いだ。


 そう思うと背筋がうすら寒くなった。


……おばちゃんの言っていることは正しい!食堂はにぎわっているのが正義だ!でも、込んでいるは嫌だけど……。


 月日は一息つくと、食堂の入り口を見やった。


……しかし、ハジメのヤツ遅いな、先食べてよっと。


「いただきます」ちゃんと顔の前で合掌する。


 みそ汁をすすり、最初のコロッケに手を付けようとしたときに、突然、食堂にざわめきが走った。

 何事かと月日もコロッケをくわえて、騒ぎのあった出入り口付近に目をやる。

 人の出入りでにぎわっている出入り口が、人間磁石よろしく一人の生徒に反発をしていた。遠巻きに円を作って何事かと様子を窺っている。

 様子を窺っているのは真ん中に立っている生徒も同じだ。よく見れば女子のようだ。金筋付きの黒セーラー服に真紅のタイを着ている。上層教育科の生徒だ。

 だからみんな後退ったのかと、変なところで得心がいった。


 普通科用の食堂に上層教育科の生徒が来ることなどまずない。来てはいけない規定はないが、来る意味が分からない。

 上層教育科の食堂は高級レストランさながらの華やかさで、メニューといったらいつでもパーティーができるほどの高級料理のオンパレードだ。

 それもそのはずで、上層教育科の食堂は、テーブルマナーから会食の作法までを習得しておくための、いわば教練の一貫の場なのである。

 食堂もまた上位互換で普通科の生徒は許可がないと上層科の食堂には入れないが、上層科の生徒は無許可で普通科の食堂に入ることができた。真ん中の階層ともいうべき芸体科の生徒も上層科の食堂に行くには許可を必要としたが、普通科はスルーだ。

 お約束どおり、最下層の普通科のみが両方に許可を求めなければならなかった。


……そういや一度だけ上層教育科の妹たちに連れられて、中等部の食堂に行ったことがあったっけ。あのときは緊張していてビュッフェだったことは覚えているけど、メニューも味もよく覚えていないなぁ。


 とはいえ、量だけはしっかりと摂取した月日であった。


 それにしても、彼女は目黒のサンマよろしく、庶民の味を堪能でもしにきたのだろうか。上層科にとって普通科の食堂にきても通常何のメリットもないはずであった。


 入ってきた上層教育科の女子生徒は、背丈は出入り口との高さと比べると百五十から六十センチといったところだろうか。この距離でもわかるほどきれいな黒髪を、ただ二つに分けただけのおさげで、前髪は七三風に軽く流している。前髪がやや被っている黒縁のボストン型眼鏡をかけた清楚な佇まいの少女だ。


 彼女を取り巻く普通科の生徒たちは、なぜ上層科の人間が普通科の食堂なんぞに来るのか、不審と関心が入り混じった顔つきをしてはいるが、誰一人として彼女に声を掛ける者はいなかった。

 良くも悪くも上層科の人間には極力関わらないほうが良いと心得ているのだ。上層科の生徒の中には、反社会的勢力を顎で使えるほどの家柄の――もしくはそのものの――娘かもしれない可能性が潜んでいるし。親の会社のボスかもしれない。

 忖度というものはこうやって覚えてゆくものなのだろう。何か失礼なことをして彼らに目を付けられたら、と思えばこの状況も納得がいく。全く学校というところは様々なことを教えてくれる場所だ、と月日は思った。


 そんな中、ハジメが遅れてやってきた。上層科の彼女を見ても全く動じない。それどころか、「お嬢さんここは普通科の食堂ですよ」と無謀にも普通に声を掛ける始末だ。

 この行動に称賛とブーイングがないまぜになった。ハジメの行動に心中穏やかならざる無責任な連中たちは、彼が次に何をしでかしてくれるのか期待しているのが、月日にもピリピリと肌で感じとれた。


「知っています。あなたには関係のないことです」と、あっさりと一蹴されてしまう。しかし、そんなことくらいでこたえないのがハジメの凄いところで、まだ彼女に食いつく。


「自分、普通科なんで、なにか役に立つかもしれませんよ」


「しつこい方ですね。わたくしは人を探しているのです。少なくともあなたではないことは確かです」ハジメを何の対象物としても見ていない目つきで見返す。


「ではあなたの探している方の名前を教えてください。お役に立てるかもしれませんよ」このくだりだけを切り取ってみると、何やら詐欺行為を働いているシーンに見えなくもないなと、ふと月日はそう思った。


「存じ上げません」


「特徴は?」


「………」彼女は黙ったまま、自分を取り囲んでいる生徒たちを見渡していた。


「どうなさったんですかお嬢さん」無視されていることを無視してなおも食い下がる。


「はぁぁ」彼女はあきれ返ったように大きくため息をつくと、「わたくしは(あるじ)の命を受けて人を探しているのです。あなたと問答をしている暇はないのです」と、こめかみを押さえて首を振った。


「で、特徴は?」再度聞き直す。


「とても太った方です。首に大きなチョーカー?首輪をつけている方です」眉間に皺を寄せて上層科の生徒は文句を言うようにハジメに特徴を教えた。


「では、不詳わたくしめがご案内致しましょう」


「本当にご存じなんでしょうね」


「もちろんです、彼はわたしの友人ですから」本当のことを言っているのだが、どうも胡散臭すぎる。月日の目から見てもあまりにも如何わしく見えた。たまらず、月日は立ち上がった。彼女に気付かせるために立ったのに、足が短いので座っているときとあまり高さが変わらない。悲しい現実に思わず泣きそうになった。


 月日の姿を確認すると彼女は一つ頷き、ハジメのことなど放っておいてそそくさと月日の許にやってきた。


「僕に何か用ですか?」彼女は月日の前に立った。背は同じくらいだ。


「何だよ、そのまま座ってくれていたほうが様になったのに」ハジメは不満げに月日に言うと、彼女のために椅子を引いた。その行為だけは素直に応じて、彼女は椅子に腰を掛けた。


「どうかそのままお食事を続けてください」機械仕掛けのように彼女は月日に食べるよう勧めた。


 月日は頷くと食べかけのコロッケ定食とハンバーグ定食とオムライスを貪った。


「なるほど…本当に主の言っていたように食するのですね」ピクリと眉間に一瞬皺を寄せ、少し嫌悪を滲ませてはいるが相変わらず感情を感じさせない声音だ。


「いけませんか、ここは普通科の食堂なのでこんな食べ方は普通ですよ」抗議がましく月日が反論した。ちょっと意地悪だが、彼女の反応を見たくなった。


「申し訳ございません。ご立腹されたのなら謝罪いたします。ただその、主の言い様に疑問を持っていましたものですから…主の申していることが本当のことで正直自分の自信が揺らいだだけです」上層科の女生徒は顔を少し俯けて視線を逸らした。こんなときでさえ黒縁眼鏡から覗く左目の泣きぼくろがチャーミングだと月日はつい思ってしまった。


……黒縁眼鏡で正面から見えなかったんだ。気付かないものだね。いやあんまり人の顔をじろじろ見るのはよくないことだ、うん。


「ところで今更だけど、どちら様?」ナプキンで口元を吹きながら月日が女生徒に尋ねた。


「これは申し遅れました。わたくし、如月(きさらぎ)百夜(びゃくや)と申します。高等部上層教育科一年の(そう)(げつ)(まどか)の使用人をしております。大旦那様、(そう)(げつ)下弦(かげん)の計らいで、共に学ばせていただいてもおります。この度の要件は、金曜の夜からまどか様のご様子が、その、おかしくなってしまわれましたことについて、何かご存じではないかと思いまして伺った次第でございます」如月百夜と名乗った女子生徒は、あの事件のことを探っている。そう月日は思った。自分の秘密を知られれば厄介なことになる。特に女の子の場合は…。


「ようやく治ったと思っていた矢先に、今朝方登校される際に、車から太神様をお見受けいたしまして、またしても少し体調を…」と、そこで月日から目を逸らし、ほんの一瞬間をおいてから視線を戻し「崩されましたので、金曜日の件とあなたがどのような関係があるのかを大旦那様から調べるよう仰せつかった次第であります」と、彼女は続けた。


 月日とハジメは顔を見合わせ、目配せをした。そして月日は眉を寄せて考えるようなそぶりを見せた。


「それで…?」


「太神様の特徴が…その、普通科の制服と丸いお身体と大きなチョーカーと伺っておりまして、そのすべてに合致するのが太神様と判明いたしましたので、教室へ伺ったところ、こちらとお聞きいたしましたので、不躾とは存じてはおりますがお食事中にお邪魔をした次第であります」最後はほとんど息継ぎをしていないのではないかと思うような喋り方で彼女は事の次第を話した。彼女はまだ、何も知らない。金曜の事件との関係を調べているだけのようだ。


「もしそれは僕だ、と言ったら君たちは僕に何をするつもりなのかな?」少し揺さぶってみる。


「そこまでは聞いておりません。ただこれはわたくし個人が経験上推測した答えですが…」そこで彼女は一度言葉を切って辺りを見回した。聞き耳を立てているほかの生徒を牽制するためだ。


 彼女は月日の隣に椅子をずらして座りなおすと彼の耳元で、「この町から消えてもらうことになります」と(ささや)いた。


「これ以上お嬢様に苦しい思いをさせたくありませんので、おそらくは蒼月の総力を持ってあなたを排除することになるでしょう…」と続けた。


「うーん。でも彼女は僕がその金曜日のなにがしであろうがなかろうが、登校中の僕の姿を見てパニクっちゃったんだったら、僕をなんとかしないといけないよね。それってすでにアウトなのかな、僕は?」月日は中空にあるどこかを眺めつつゆっくりと隣に座っている彼女に視線を移した。自分でも驚いたが、彼女との距離は危うくキスできるほど近かった。


「あわぁっ!」「キャ!」二人は椅子に電流が流れる罰ゲームでもしているかのように飛び退った。


「いや、これは違う!」


「わ、わかっております」二人のドギマギを内野スタンドからニヤつきながら見ていたハジメが提案をした。


「一度ちゃんと蒼月と話し合う必要がると俺は思うんだが…どうかな如月さん?」


「そ、そうですね。今朝のことは大旦那様に報告させていただきます。そのうえでまどか様と相談させていただければと思います」そう言うと、ばつが悪そうに彼女は立ち上がり、両手を組んで優雅にメイドの一例をして食堂を去って行った。


「俺たちも出ていったほうがよさそうだな」とハジメが言う。何か不穏な空気のよどみがこちら側に流れてきているのを月日も感じた。外野席で聞き耳を立てていた連中――特に男子の怨念・邪念・嫉妬ともいうべき視線が集まってきていた。このままだと虫眼鏡で太陽光を収束させたように、シングル男子の怨念が物理的にもここに収束しかねない。ここは素直に立ち去るのが一番だ。


 二人はトレーを持って立ち上がろうとしたときに、


「やっほー元気に運動しているかねぇー」という声がドップラー効果を伴ってやってきた。鵜鷺三美である。そのままジャンプすると月日の首に飛びついた。


「うぎゃは」半分首を絞められた状態で、立ったばかりの椅子にまた座りこむはめになった。


「なんのお話をしていたのかな?」首から腕を外すと後ろに手を組んで顔を近づけてきた。


「いい加減その飛びつき癖。止めてくれないかなぁ」


「何を言っているのかね。ウサギは飛びつくものだよチみぃ」


「ウサギは飛び跳ねるものであって飛びつくものじゃないよ」首を手でこすりながら月日は反駁した。


「あれ、今日は珍しく制服なんだな」


「そうよ」よくよく見れば普通科の黒いセーラー服にちゃんとスカートをはいている。こうして見るとちゃんと女の子をしているのだなぁ、などと思う月日だった。


「でもね」と言って三美は自分のスカートの裾を掴むと一気に引き上げた。


「えっ」「あッ」思わず月日とハジメはシンクロして驚いた。


「ナイス、シンクロ!」サムズアップして握ったスカートの中は予想通りの短パン姿だった。


「なんか判ってても驚いたでしょ、ねっ、ねっ!」ニマニマしながら二人の顔を見比べる。


「ああ、そうだよって、なんか悔しいな」

「ほんと、わかっているだけに悔しいぞ」またまたシンクロしたふたりだったが、悔しいの部分だけがきれいにハモり、更に悔しさが増した二人だった。


「てか、お前制服持ってたのかよ。体育科はいらないんじゃねーの?」ハジメが悔し紛れに鼻に皺を寄せながら言った。


「これ(いち)()ぇのお下がり。どう似合う?」


「いいよ、もうそういうの」月日は首を振り振りため息交じりに辟易としていた。


「ホンとお前うぜーな」月日の言葉にハジメも頷いてため息をつく。


「あー、インハイ出ている選手にそれはないんじゃない。全国区よ全国区!」三美は腰に手を当てると胸を張った。


「俺たちもう出ないと、色々まずいことになりそうなんだが」ハジメはやばいとばかりに片眉をあげた。


「お前のせいで火に油どころか火炎放射器並みだぜ」ハジメの言葉に、月日があたりを窺うと食堂の空気が濃い紫色を纏ったような錯覚を覚えた。空気の読めない三美が羨ましいと月日はつくづく思った。


「じゃぁあたしも一緒する」と、短い月日の腕に自分の腕を絡めてきた。と、その瞬間、紫色の空気が、どっとコールタールのような黒く粘り気を持った空気に変わる。


「逃げろ!」ハジメの号令一下、三人は食堂から早々に退散した。


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