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第三十六話  カテキョ勝負と恋の勝負は別のもの?

 放課後いつものようにボディーガードとしてリムジンに乗り込む月日(つきひ)。の、はずだったが、リムジンにはもう一人乗客が増えていた。かくやである。


 一か月間、寮の外出届を出したかくやは、月日たちと登下校を共にすることとなったのだ。もちろん寝泊まりも含めて。


 極めつけは日鏑(ひかぶら)(きらり)も一緒に寝泊まりをするという。彼女、は外泊の支度をしてから蒼月邸へと向かうと宣言して一度自宅へ戻った。彼女の両親がそれを良しとするかは、彼女の説得次第だが。


 いずれにしても、こうして蒼月邸で大勉強会が開かれることとなった。




 黒塗り高級外車が蒼月邸の門をくぐった。乗っているのはもちろん日鏑煌である。彼女が蒼月邸に現れたということは、両親(特に父親)を説得できたのだろう。いや。というよりも、父親から送り込まれた可能性すらある。日鏑は太神を取り込むために月日の上層教育科への転科を望んでいるのだから。


 丁重な出迎えを受けた煌は、キャリーケースを持ったまま月日の部屋に通された。今は月日の部屋で勉強会が開かれているのである。




「凄い、解けてる……」百夜はハジメの添削をして感嘆を漏らした。


 驚きの表情で皆が煌を振り向く。


「な、なによそんなに驚くことないじゃない」


「どうして教えられたの?」


「あたしには、あんたたちには解かってもハジメには解からない問題が解かるだけよ。何言ってるんだろあたし……」少し恥ずかしげにほほを染めて、煌は皆から視線を逸らせた。


「では月日さんの方も見てみましょう」


 そう言ってまどかは月日の添削をし始めた。


「月日さんのも解けてるわ……」と、今度はまどかが驚きの声をあげた。


「かくやさんの教え方がうまいからだよ」月日は、にへらっといつもの気の抜けた笑みを浮かべると、わしゃわしゃとポンポン頭の後頭部を掻いた。


 月日のテスト範囲はかくやが教え、ハジメは煌がマンツーマンで教えたのだ。


 今までの苦労は何だったんだと言いたげに、まどかと百夜は顔を見合わせてため息をついた。


「かくやさん、()(かぶら)さん、お二人とも凄いですね」


(きらり)でいいわ。わたしあの家あんまし好きじゃないの」


「では、かくやさん、煌さん、どうやってお二人に教えられたのですか?」


「お教えしたというか……旦那様のわからないことを教えて差し上げただけですわ」サラッと身も(ふた)もないことをかくやは言ってのけた。それが分かれば誰も苦労はしなかったのだ。


「あたしは、あたしが勉強で苦労したところをそのまま教えただけよ。あとよく引っかかるところとかね……」


「そうだな、煌は俺がわからない、かゆいところに手が届くって感じで教えてくれた。教え方は雑だったが」


「雑で悪かったわね!」


「悪い。でもよく解かったよ、サンキューな!」


「当り前でしょ」フンっと煌は顔を背けたが、口元は微笑を浮かべていた。


「盛り上がっているところ悪いんだけど、本当の試験はこれからよ。いま行ったのは月日さんとハジメさんのテストではなく、かくやさんと煌さんへの家庭教師承認テストだったんですからね」腰に手を当ててやれやれと言った表情で百夜は二人に釘を刺した。


「かくやさんも、いつまでも月日さんの手を握っていないでください!」月日に振り返った百夜の心は色んな意味でざわついていた。


 一つは月日に教えてあげられない自分の力の無さを痛感し、一つは月日から離れないかくにやに心を乱され、そしてもう一つは試験日がもう間近に迫っているという焦りだ。適任の家庭教師が見つかったのはいいが、いきなりラストスパートを掛けなければいけない状況なのである。


 本当に合格できるのだろうか。百夜は新たに湧き出した不安に、心が占められてゆくのを感じていた。


 試験範囲は通常の転入試験と同じで中等部全般と高等部一年生の二学期までとなる。山など張ることなどできはしない。全域の復習あるのみだ。


 高得点は目指さなくていい、合格さえすればいいのだ。これから二人は合格ラインを超えるだけの学力をつけてもらう。駒はそろったのだから。


 胸のあたりがキュンとするのを感じながら百夜は月日とかくやを見やった。にこやかに談笑している二人の姿が目に入る。まどかに視線を移せば不安そうな顔つきで二人を見つめている。きっと彼女も考えていることは同じなのだろう。


 百夜はそっとまどかの手を取り頷いた。まどかはびっくりして百夜に顔を向ける。


「いまは転科試験に集中しましょう。わたくしたちの問題はその後で勝負です」


「百夜ちゃん……」


 まどかは百夜に対してゆっくりと頷いて、再び月日たちが勉強しているテーブルに目を向けた。彼らは先ほど受けたテストの見直しをしていた。


 月日はかくやに手取足取りで、ハジメは煌に少々スパルタ気味だが的確に間違えた部分を教えてもらっていた。


 これは思いのほかスムーズに事が運ぶのではないかと百夜に思わせたが、そう思った途端につまずくことが往々にしてあることに気付き、彼女は軽くため息を吐いた。そうそう世の中、都合よく事が運んだためしはないのだ。


 だが、せめて合格ラインさえ超えてくれればいい。まぐれでもいいから超えて欲しいと願わずにはいられなかった。


「そろそろ、今日の勉強会は終わりにしましょうか」


「そうだな、いい時間だろう……」壁の時計を見てハジメが百夜に同意する。


 百夜は壁の小型ディスプレイ付きのインカムの会話スイッチを入れ、使用人を呼び出す。ディスプレイにはメイドの姿が映し出された。


「どちらが先ですか?」


「皆様お疲れと思いましたので、先にお風呂をご用意させていただきました」


「承知しました。ありがとうございます」


 インカムを切ると百夜は振り返り、まどかに頷いた。


「では皆さんお風呂に入りましょう」


「えっ!」まどかの言葉にハジメと月日は同時に声を上げた。


「いえ、違います。男性の方々はこの棟の地下に小浴場がありますのでそちらをお使いください」自分の言葉足らずに赤面しながら、まどかは必死に説明した。


 百夜に比べると、やはりまどかはお嬢様なのだろう、どこか天然な香りがする。影武者で使用人の百夜と比べるのは酷というものなのかもしれないが、いざとなればまどかもしゃきっとするのだから不思議だ。


 月日はまどかを見ながらそんなことを思っていた。


「わたくしは、旦那様と一緒に……」「ダメです!」かくやが言い切る間もなくまどかと百夜が言葉を遮った。最早かくやの言いそうなことだと予め分かっていたに違いない。


「ではわたくしたちはこれでお(いとま)いたします。後ほど夕食の報告がインカムから上がってくると思いますので、食堂でお会いいたしましょう」まどかは月日とハジメを交互に見やりながら説明と挨拶をした。


 しかし、自分に向けられたまどかの視線がずれているように感じたのは月日の気のせいだったのだろうか。直視されていなかったような気がする。


 女子たちはぞろぞろと月日の部屋を出て行った。最後にかくやが月日に一礼して扉を閉めた。


「ふぅ」月日は大きく息を吐きだした。勉強以外のところで疲れたと言わんばかりだ。


 女子たちがいなくなった部屋は妙に広く、そして静かだった。女三人寄れば(かしま)しいという言葉の意味を月日は心の底から実感していた。


「じゃ、俺たちもひとっ風呂いただくとするか」数分立ったころだろうか、ハジメが鼻息交じりにそう言った。


「そだね。僕も今日は本当に疲れたよ」


「お前が疲れるとは珍しいな」


「なんか人数が倍以上に増えたような気がして、気疲れしちゃったみたいだ」


「無神経なお前が気疲れとは珍しい」


「無神経は余計だけど、気疲れするのはホント珍しいと僕も思う。女の子ばっかりだったし、しかもあんまり知らない子がいたからかな?」


「知らない……ああ、煌のことか。なるほどな。あいつも気疲れしてなきゃいいんだが」ハジメは顎を人差し指でこすりながら天井を見やった。


「なんか、とても気が強そうな子に見えたんだけど。保健室の子でしょ?」


「ああそうだ。内弁慶らしくて、知らないやつには声もかけられないっぽい。知ってるやつには強気なんだが……だから俺抜きで彼女たちの中に放り込まれたら、あいつはどんな反応を示すのか非常に興味がある」


「ノゾキはするなよぉ」


「しねぇよガキじゃあるまいし。それよりお前の方こそ……」にっと笑って月日を見返す。


「まどかさんに興味があるんだろ。行くのか行っちゃうのかぁ。向かいの棟の大浴場らしいぞぉ」ハジメは月日のわき腹を人差し指でツンツンと突いた。


「あふっ。そんなんじゃにゃいし、しにゃいよぉ。やめ……」


「冗談だよ。お前にそんな度胸があったら……」ハジメはにっとした笑い顔のまま横目で月日を見た。


「なんだよ」わき腹を撫でながら月日はハジメをねめつける。


「なんでもねぇ」と、大きく息を吐き出してハジメは背伸びをして踵を返した。


「俺、着替えとってくっから、先行っててくれや」


「わかった」そのままハジメは月日に背を向けたまま部屋を出て行ってしまった。


 一体、彼は何が言いたかったのだろうと月日は首をひねったが何も思い浮かばなかった。


 そんなことに思いを巡らせていても仕方がないと、彼は用意されたタオルと着替え一式を小脇に抱えて自分の部屋を出て行った。



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