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第三十五話  家庭教師はいかが?

 放課後、保健室に最初に姿を現したのは、当然月日だった。


「大丈夫か?」


「大丈夫だったらこんなとこにゃいねぇよ」そう答えるハジメはいたって元気そうだった。


「それはそうだ……で、彼女は?」


 ハジメの枕元に寄り添うように座っているピンク色のカーディガン女子を見て月日は不思議そうな顔つきをした。


 月日の視線を受けて「なによ」と口には出さなかったが(きらり)も一見して嫌がっている顔つきで月日を見返した。彼女の意識の中では、月日はのろまなデブのチビでしかないのだ。


「聞いてるだろ、彼女が俺たちの家庭教師だ」寄り添ってくる煌を困り顔で見返すハジメ。


「ああ、日鏑の……」


 月日の言葉と共にスッと保健室に風が入り込んできたような気がして、ハジメはうすら寒くなった。日鏑は相当月日を怒らせたらしい。


「でも、彼女は関係ない。弁護するわけじゃないが……」そう言いかけたとき、上層教育科の制服を着た、まどかと百夜そしてかくやが、普通科の保健室に入ってきた。


「お加減はよろしいのでしょうか?」まどかは少し心配そうにハジメに尋ねた。


「ハジメは大丈夫です! なんですかあんたたちは!」ハジメの腕にぎゅとしがみついて煌はまどかたちをねめつけた。


「これが噂の彼女ですか……」明らかに困った顔つきでまどかは百夜を見やった。


「そのようですね」眼鏡のブリッジを抑えつつためいきまじりに百夜が答えた。


「それにしてもお二人はどのようなご関係なんですか?」かくやは小首をかしげて、空気というか、段取りというかそういうものを一切無視したド直球の質問を投げかけた。


「かくやさん、そんなはしたない」まどかはかくやを窘めるも、内心は自分も気になっていることではあった。


「あたしはハジメの彼女です、女です、スケです、愛人かな?」


「調子に乗るな! 俺はまだお前を何とも認めたわけじゃないんだぞ。ただの家庭教師候補だ」ハジメは軽く煌の頭を小突くとため息をついた。


「詳細はメールで話した通りなんだが……」「ずるいですわ!」

 ハジメが話をし始めたとき、かくやがいきなり彼の言葉に割って入ってきた。


「皆さんで家庭教師をなさっているのにわたくしだけ仲間外れなんて酷いですわ!」


「いや、別にそんなつもりじゃないんだが……」


「そうだよ、かくやさんはちゃんと寮があるし、忙しいのに申し訳ないから……」月日は困ったようにポンポン頭をくしゃくしゃと掻く。


「では、しばらく外泊届を出してまいりますわ! それならよろしくて?」


「外泊届って、家にいらっしゃるおつもりですか?」まどかは泡を食ってかくやに尋ねた。無論まどかにもその答えなど分かり切ってはいたが。


「はい! ご迷惑をお掛けすることは重々承知しておりますが、こればかりはもう譲れませんわ!」凄い鼻息だ。かくやの【斯く也】の本領発揮だ。


「見知らぬ女生徒までが家庭教師になれるのでしたら、妻であるわたくしが旦那様にお勉強をお教えすることがいけないとは言わせませんわ!」


――この子何言っているの――という目付きで煌は驚きと共にハジメを見た。


「頼む。彼女のことは気にしないでいてくれ」ハジメは苦笑するほかはなかった。


 燃え上がったかくやを止めるすべはもはや一つしかない。まどかが彼女の家庭教師を認めることだ。それはすなわち彼女の同居を意味した。


 またもや、まどかの心の中にモヤっと何かが湧き出て来るのを感じていた。しかし、今はその心に気を奪われている場合ではない。まどかは下唇を噛んで、かくやに向かって頷いた。


「いいでしょう、かくやさん。これで上層教育科四人による家庭教師陣ができたわけです。なんとしてでも、月日さんハジメさんを上層教育科に迎え入れましょう」


「あたしはハジメさえ合格すればいいんだけど……」まどかの言葉にフンと煌は顔を背ける。


「それではだめなのです。ですよね、ハジメさん」百夜が冷たい視線でベッドにいるハジメを見下ろした。


「あははは、俺はオマケみたいなものだからな」


「どういうこと?」顔を引きつらせているハジメに煌は不思議そうな視線を投げかけた。


「問題になっているのは……合格させなければならないのは月日の方で、俺はオマケってこと。んで、俺とあいつとは、なんと言ったものか……切っても切れない仲? みたいな?」


 ハジメの言葉に煌はさっと彼から間をとった。眉をしかめて奇異な目つきでハジメを見ている。


「まさか、ハジメって……そっちの人だったの? あんなに女の子がいるのに、本命決めないし、誰にも手を出していないみたいだし……やっぱり!」


「ち、ちげぇよ! 俺はいたってノンケだ。誓ってもいい!」


「だったらあたしにキスしてよ!」

「そういう話じゃないだろう!」「何を言っているんですか!」ハジメと百夜の声が重なる。


「あんたには関係ないでしょ! これはわたしとハジメの問題なの!」百夜にいきなり横から口を挟まれて、煌はムッとして百夜に言い返した。


「関係はあります。今は話せませんが、複雑な関係があるのです! って、そうことを言っているのではありません。校内で破廉恥なことはおよしなさい!」

「じゃ、ガッコじゃなければいいのね」

「そういう意味でもありません!」


「そうだ! ハジメに夜這いを掛けるのもいいかも! 既成事実ってやつ!」パンと手を打ってにっこりと微笑む煌。その微笑がなぜかうすら寒く感じるハジメだった。


「おい、それはやめてくれ。なぁ、月日からもなんか言ってくれよ」


「デブチの僕には縁遠い話ですので。そのようなお話をするほどの経験値を持ち合わせておりませんから、誠に残念ですがご質問にはお答えいたしかねます」わざと棒読みで答える月日。


「おまえなぁ。嫁候補が四人もいるやつがそれをいうか」


「好きでそうなったわけではあません」月日は相変わらずの棒読みだ。が、その言葉を聞き、パッとまどか、百夜、かくやの三人の放つ空気が一変した。


「月日さんはやはり……」「少しは空気を読んでください!」「旦那様はわたしをお嫌いなのですか!」一呼吸のあと、三人が月日に向かって一斉に噛みついた。


「いや、その、そういう意味じゃなくて」月日は泡を食って弁解する。


「あれから色々ありすぎちゃって、僕の頭の中はぐちゃぐちゃなんだよ。だから好きとか嫌いとか……あー、でもみんなのことは嫌いじゃないよ、す、好きだよ」


「ライクってやつだろ。ラァヴゥってやつじゃなくて」ハジメが犬歯の見えるほど口角を上げてニヤ付いたが、すぐにまじめな顔つきに戻ると煌に視線を移した。


「煌、誤解のないようにはっきりと言っておく。俺もまだお前のことはライクでしかない。それが今の、正直な俺の本心だ」


 煌は口を少し尖らせたがすぐに普通の顔に戻ると静かに頷いた。顔を上げたときの彼女の表情は少し悲しげであった。


「で、結局この四人が俺たちの家庭教師役になってくれる、わけでいいんだな?」ぐるりとベッドの周りにいる女性陣をハジメは見渡す。


 ハジメの言葉に一同は躊躇いなく頷いた。


「これからはお手柔らかに頼む。でないとまた倒れかねない」


 ハジメは、本気で勉強を教えてくれるのはありがたいが、またこんな状態になるまで詰め込まれるのかと思うと、深いため息を漏らさずにはいられなかった。


 月日といえば、相変わらず呆けた顔で何事が起きているのか把握していない様子だ。まどかと百夜の教え方は、彼女たちの焦りも相まって熾烈を極めていた。そこへきての相互不理解が輪をかけて学力向上を阻害し、結果こうなった。


 果たして、かくやと煌が入ったことでどう変わるのか。ハジメは一抹も二抹も不安が募っていた。

お読みいただきありがとうございます。


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これからも頑張って書いて参りますので、今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。


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