第三十一話 降る雪は四人にどうして欲しいの?
結局のところ、学園は休校となり、まどかたちは校内に取り残されることとなった。
これ以上かくやに迷惑を掛けるのも忍びないと思い、百夜が送迎用のヘリコプターを手配する。
急遽、普通科にいた月日たちを上層教育科の校庭に呼び戻すことになった。
雪は止んでいたが、空はどんよりと曇っており、時折鋭利な剃刀で切られたかのように痛く冷たい風が吹きすさんでゆく。そんな中、空を切り裂くような低い音と共にバラバラという唸り声が近づいてきた。ヘリコプターの飛行音だ。
校庭の真ん中に固まってまどかと月日、それに百夜とハジメが立っていた。少し離れたところからかくやと三姉妹、ルピィナが四人を見守っている。
間もなく、ヘリコプターの爆音は彼らの真上にくると空中停止をして着陸場所を確認しているようだ。安全が確認できたのか、ゆっくりとヘリコプターは降下してくる。
「UH1かよ……」ぼそりとハジメは呟いた。
「何それ?」
「米軍の汎用ヘリコプターだ。製作年代は古いが、改良が進められ未だ現役に使用されているベストセラーの機種だ」
「ふーん、そうなんだ……こういうのも日鏑や月見野さんのところで売られているのかな」
少し寂しそうな月日の言葉にハジメは言葉が詰まった。
日鏑も月見野も軍需産業のはしくれだ。恐らくヘリの部品の一部には使用されていることだろう。ネジなのか、オイルなのかは知らないが……。本体とは言わないまでも、部品のどこかを売買しているに違いない。
「たぶんな……」ハジメは大きくため息交じりに白い湯気を吐いた。少なくとも平和主義の月日はあまり良い印象を抱いていないのだろう。
「安心しろ。ノーマルなら、このヘリコプターには武器は搭載されていない。乗せることは可能だがな……」
「そうだよね……」
弱々しく微笑み返す月日を見ていたらハジメはふと変な感慨に捕らわれた。
人間は弱い、と。
銃を向けられれば恐怖を感じ、撃たれれば苦痛を感じ、そして死を恐れる。これは、人間を超えた強者たる月日が感じることのできない感情なのかもしれない。
「人間てのは、みんなビビりなんだよ。銃を持っていないとションベンちびりそうなやつらが山ほどいるんだ。どいつもこいつもビビっている生き物なんだ。お前らみたいな不死身とはわけが違う」
ヘリが着地しローターがアイドル状態になった。
「ハジメは強いんだな」
「なんでだよ?」
「ちゃんと自分のことが分かってる。それに、いつも僕を守ってくれている」
「ちっ、そいつぁかいかぶりってもんだぜ。俺がお前を助けているのは、お仕置きが怖いからだよ。っとお迎えが来たようだぜ……」
「そういういうことにしておくよ」と、月日はにへらッと気の抜けた笑みを見せた。
ヘリの後部ハッチが開きヘルメットを着用したクルーがまどかに駆け寄ってきた。まどかをヘリに誘導すると、クルーは月日らの方にもやってきた。
「君たちも早く乗り給え」
「はい」
そのあと無線でクルーは何かを話していたがローターのアイドリング音がうるさくてよく聞こえなかった。月日とハジメはまどかの後を追って後部ハッチから乗り込んだ。視界の端に、不安そうなかくやの顔が見えた。かくやを囲うように三姉妹とルピィナが寄り添い合っていた。月日は一緒に連れて行けないのが、少し申し訳ないような気がしたが、これも仕方ないことだと言い聞かせた。彼女たちは寮生であり無断外泊はできないのである。可哀想だが、ここに置いていくほかはない。
ヘリコプターは学校を飛び立ってから五分もたたない内に蒼月邸の上空に差し掛かった。時速百キロ近い速度で街を斜めに突っ切っているのだから当然と言えば当然なのかもしれない。ヘリは蒼月邸敷地内に入るとゆっくりと降下しだした。
月日は、今まで無駄に広いと思っていた中庭がヘリポートには程よい大きさであることに初めて気が付いた。なるほど、見た目だけでなく機能美まで兼ね備えていたとはさすがは蒼月邸だ。
ヘリの周りにメイドたちが一列に立ち並ぶ。雪の上に真紅の毛氈が引かれ入り口までそれが続いている。ヘリのすぐ横に滝川筆頭執事が畏まって立っているのが見えた。どうやら大渋滞からは脱出できたようだ。
ヘリの扉が開くとヘリの前に立ち並んだ使用人一同が頭を傾ぐ。滝川筆頭執事が手を取りまどかをヘリからエスコートする。護衛役の月日たちは彼女たちのすぐ後に続いて辺りを見回しながらヘリから降り立つ。今日はヘリの護衛要因もいるというのにだ。
当然何事もなく、まどかはヘリが入りそうなほど多きな玄関を抜け、彼女の部屋へと続く右側の廊下へと向かった。そこで月日たちはお役御免となるはずだった。
「滝川さん僕たちはこれからどうすればいいんでしょう? 帰りの車はあるんですか?」
「残念ながらお車は出せない状態にあります。わたくしめも、恥ずかしながらヘリに拾われた口ですので」両手を下腹部のあたりで組んで月日にも畏まった。
「じゃ、僕たちは……あ、ハジメの家があるか」
「うちはヘリポートがあるからな」
「いえ、お二人にはしばらくのあいだ当家でお泊りいただきます」
「え? どーゆーこと?」月日は眉を寄せてポンポン頭を掻きむしった。全く意味が分からない。
「お嬢様の御命令で、お二人には転科に備えてのお勉強会をしていただきます」
その言葉で二人は合点がいった。なるほどとばかりに、ゆっくりと顔を突き合わせる。
「してやられたな……」
「予想はなんとなくしていたけど……」月日の口がよじれる。不服申し立てのある時の顔だ。
「ご理解いただけたでしょうか?」
「理解するも何も」
「僕たちを嵌めたね」嵌めたのは十中八九、百夜だ。こんな気の利いたことをまどかがするはずがない。
「これ以上はわたくしの方からは何も……」
「でしょうね」やれやれとハジメが言った。
「では、お二人のお部屋はこちらになります」滝川筆頭執事は淡々と自分の仕事をこなしている風であった。きっとここまでは百夜の計算のうちなのだろう。
そんな二人のやり取りを知ってか知らずか、滝川筆頭執事は粛々と二人を客間へと案内しはじめた。少々お嬢様にも困ったものだという雰囲気がにじみ出てはいたが……。
例によって二人の部屋はまどかたちとは反対側の棟にあった。見覚えのある廊下を歩く二人。途中階段を上り同じような作りの二階に出た。
「こちらでございます」滝川筆頭執事が扉の前に立つと、月日とハジメに扉のキーを渡した。
部屋は当然のように隣り合っていた。別に相部屋でも構わなかったが、そこは金持ちの邸宅である。最低一人一つの部屋が常識なのだろう。などとハジメは思っていたが、真意は他にもあるようだった。
「日替わりでお二人いずれかのお部屋で勉強会を行いたいと思います」滝川筆頭執事は一歩下がって軽く頭を下げ二人にそう言った。
「なんでだよ、別々の部屋を与えられたのに、それぞれ別の部屋でやればいいじゃないか!どちらかに固まって勉強する必要はないだろう。そりゃ教え合うことはあるかと思うが、間違いなく違う方向に気が散る」ハジメは両手を広げて、滝川筆頭執事に言っても仕方がないとは知りつつも苦情を言わずにはいられなかった。
「勉強をするのはお二方です。ですからお二方のお部屋のどちらか一方でやるのが最も適した勉強方法と聞いております」
「なんだその理屈は。意味が分からん。男を一つの部屋に集めて何しようってんだ」
「まどかお嬢様は、単に男子のお部屋でお勉強会を開きたかっただけです」ハジメの反駁を受けて後ろから声が聞こえた。
にっこり微笑んだ百夜とその後ろに隠れるようにまどかが振り返ったそこに立っていた。
「それが本音か……」やれやれとハジメは首を振った。
「百夜ちゃん!」百夜の後ろから慌ててまどかが飛び出してくる。
「図星だからといってわたくしの名を呼ばないでください。ま・ど・か様」百夜はまどかに向き直り、人差し指を横にフリフリ抗議する。
「百夜ちゃん!」顔を真っ赤に腫らせたまどかが、百夜がなおも抗議をしようとしている姿を月日に見られていることに気付き、急に口を閉ざした。
「はいはい」ニコッと百夜はまどかに笑って、月日たちに振り返った。
「それではどちらのお部屋になりましたか?」と、百夜は二人の部屋がどちらかになったを尋ねる。
「僕は26って書いてある」
「俺のは27だ」二人は手に収まる程度の四角柱をした、半透明でライトブルーのキーフォルダーに記された番号を見た。
「では、わたくしがハジメさんとの対象のお部屋になるのですね」百夜が自分の半透明のピンク色のタグを見て言う。
「対象って?」月日はキーフォルダーを眺めながら、ぼそりと尋ねた。
「この建物はコの字をした左右対称になっております。ゆえに同じ番号の部屋は左右に分かれて同室に位置することになります。なに、左右は百メートルは離れていますから不埒な真似はできませんわ」
「僕たちがそんな真似はしなくても、百夜さんが何かやる気満々な気がするんだけど」眉に皺を寄せて月日は口をへの字にした。
「百メートルも離れているのですから何もできませんわ、お互いに」
「何かが引っかかるなぁ」
「気のせいですわ月日さん」
百夜はにこにこしながら月日から視線をまどかに向き直る。
「よかったですわね、まどか様、月日さんと同じ番号で」
「いやちょっと待てよ、ここは蒼月の家だ。なら、なぜ彼女は自室を使わない? お前にしてもそうだ、なぜわざわざ俺たちと対になってまで勉強したがる? いったい何を企んでいるんだ?」
「企むだなんて人聞きの悪い」といった後、百夜は少し困った顔をして一呼吸置いた。
「……なるほどそうですね、仰る通りここは蒼月家です。部屋の配置などいかようにもセッティングできるわけですからそう思われても仕方ないことです」と、百夜は再び言葉を切り、まどかを見やった。やはりまどか絡みか。
「まどか様は、皆様と同じ条件でお勉強をしたかったそうです」百夜はやれやれと言ったふうだ。
「なんで百夜さんが、いちいちいまどかさんの言葉を代弁するのかな」こめかみに指を押し当ててハジメが苦情を呈した。言いたいことがあれば自分の口から言えばよいのだ。それが想い人に対してのことならなおさらだ。
それに間接的に言われることにも少々飽きてきた。
「ハジメさんは意地悪です! でも、言っていることは正しいです。ハジメさんの言う通り皆さんと同じようにお勉強をしたかったのです。せっかく皆様と一緒にお勉強ができるというのに、自室ではいつもと変わりないですから」
「自室でバラバラにやっているんだったら何も変わらないじゃないか」
「ですから、わたくしたちを含め誰かの部屋に集まってお勉強会をしたいと申し上げているのです」
月日とハジメは顔を突き合わせた。
「それは一つの部屋で、四人で勉強会をするということなのか?」
「一応家庭教師の先生は雇っておりますが、この雪です。しばらくは来ることができないようです。ですから、残りの時間もあまりありませんし、わたくしたちが代わるがわる転科試験対策をお教えするということに決めたのです。それとも、ご自身だけの学力で試験を合格できる自信がおありですか?」そうまどかに言われて二人ともぐうの音も出なかった。月日とハジメの現状の学力では、とてもではないが試験など突破できるはずがない。
しかし、教師役が彼女たちとは。
なんとなくそんな気はしていたがその予感が的中しようとは、ハジメも月日も思ってもみなかった。てっきり家庭教師が付くものとばかり思っていたからだ。
外を見れば、また雪が深々と降り始めていた。まるで二人をこの家から出さないと言わんばかりに。




