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第二十八話  お泊り会は転科の件?

「そうですか……承知いたしました」かくやがまどかの電話で話をしている。


「……はい、どうかお構いなく。はい、わたくしなどのところでよろしければ、いつでもお泊りいただければ嬉しく存じます……はい、はい、それでは失礼いたします……」と、かくやは電話を切り、まどかに両手を添えて返却した。


「ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします」電話を受け取るとまどかはかくやに深々と頭を下げた。


「そんな、わたしこそ皆さんとお泊まりできるなんて、夢のようですわ」にっこりとかくやは微笑むと立ち上がり、奥の台所の方へと姿を消した。


「首都圏は雪にメチャクチャ弱いからな……」ハジメは肩越しに窓の外に降る雪を見やった。


 今なお首都圏に降り続ける雪は思いのほか多く、大渋滞を引き起こし、交通網を麻痺させた。その大渋滞にまどかたちの送迎リムジンが巻き込まれたのである。車両が大きい分、抜け道も使うことができず、戻ることはおろか切り返しをすることすらできない。にっちもさっちもいかない状態に陥っていた。


 そこで滝川筆頭執事は現状報告のためにまどかに連絡を取ったところ、かくやが泊まってゆけばよいという話の流れになったのである。

 例によってボディーガードたちはこの寮の敷地のどこかにいるのだろうが、そこは如月の人間なので自力でどうにか対処することだろう。


「ぼ、僕たちまで泊まっちゃって大丈夫なの?」月日は落ち着かなげに、台所から戻って来たかくやに尋ねた。


「もちろんですわ旦那様。妻の家にどうして夫が泊まれぬ道理がありましょう。通い婚は古の時代からの慣わしですのよ」


「かくやさん!」「そういう意味じゃなくて!」まどかと月日の声が、またも合わさる。


「お前らほんと気が合うな」ハジメはニッと歯を見せ笑った。


「そんなのでは……」まどかは、ハジメの言葉に両手を頬に当てて俯いてしまった。


「かくやさんもあまり彼女を刺激しないで欲しいな」いつになくハジメは真面目腐った物言いをした。飄々とするとでもなく、軽口を叩くとでもなく、いたって普通にかくやに接していた。


「わかりました。今宵は皆さまがお泊りしていただけるだけでもわたくしは満足です。これ以上望むのは欲が深いというものですね」


 ここでハジメが釘を刺していなければ、彼女はどこまで突き進む気だったのだろうと月日は戦慄を覚えた。一応ここは学校の敷地で、しかも女子寮なのだ。不埒な真似が発覚すれば停学どころでは済まないだろう。きっと軽くても退学だ。


 月日は肩を落としてハジメの方を向くと、視界に妹たちが入った。行きがかり上、妹たちは付いてきてしまったが、本来妹たちは部外者だ。ややこしいことになる前にお引き取り願おう。


「お前たちは寮に戻ったほうがいい」月日が少し強めに妹たちに向かって言った。


「命令するなバカ兄」

「帰るならアホ兄が帰ればいい」

「兄さまを残して行くなんて心配です」


 いつもの如く月日の言葉に三人が返答してくる。月日は慣れているが、かくやは不思議そうな顔つきをしている。


「無断外泊をすると怒られるんだろ」


「それなら大丈夫よバカ兄」

「もう寮長には連絡入れておいたからアホ兄」

「兄さまみたいに、のほほんとしてはいません」


「ということは、ルピィナも?」訊くまでもないと言わんばかりにルピィナは頷いた。


 既に外堀は埋められていた。妹たちと一緒にいて、まともに話し合いができるのだろうかと、一抹の不安を感じる月日だった。


「皆様のことはわたくしがすでに連絡しておきましたわ」


 いつ、かくやは連絡したのだろうか。何という手際の良さだろう。よほど大人数で止まるのが嬉しかったに違いない。


「もう初等部と中等部の寮長に話を付けちゃったの?」


「いいえ、違いますわ。総女子寮長にご連絡差し上げただけです」


「総女子寮長?」


「総女子寮長はとても偉い人なのよバカ兄」

「そしてとってもおっかない人なんだからねアホ兄」

「総女子寮長先生は初等、中等、高等部の女子寮全体の管理者なのよ兄さま」


「なるほどね……」そこへ連絡しておけば一元管理されるというわけかと、月日は納得した。寮のシステムなど、今の今まで何一つ知らなかった。もちろんひとかけらの興味もなかったのだが、知らされてしまったものは一応覚えておこう、などと月日は思った。


「では、転科についてのお話をいたしましょう」気を取り直してまどかが転科についての話題を振る。


「そうだな……」ハジメは頷いて三姉妹を一瞥すると、やれやれといった表情で鼻をふっと鳴らしてため息をついた。


「転科のお話と言っても、わたくしたちのだれ一人として転科を経験した者はおりませんので、テスト対策を講じることはできないのが実情です」まどかが月日とハジメを交互に見ながら話を切り出した。


「あの、参考になるかわかりませんが、わたくし転入の際、テストを受けております」かくやがまどかに向かって小さく手を挙げた。


「なるほど、転入試験か……」顎に手を当ててハジメが考え深げに呟く。


「はい。テスト範囲は概ね高校の入学試験のような印象でした。加えて少しだけ新しい部分が追加されていたような気がします。例えば数学なら因数分解や二次関数とかがありました。わたくし数学が不得手なもので、時間がかかったのでよく覚えております。残念ながら成否のほどは知ることはできませんが」


「わたくしも数学は苦手ですわ……」まどかはかくやの言葉を受けて我知らず呟いていた。そして二人の心が数学に共鳴したのか「はぁ」と、そろってため息をついた。


「合格できていたのですから正解していたのだと思いますよ」百夜がかくやを励ますとなくそう言った。


「そうですね……」百夜の言葉に小さな微笑を返す。


「まどか様もそんなお声を出さないでください」


「わたくし、何だか自信がなくなってきましたわ」自分のため息で何かが抜けてしまったのかまどかは生気を失っていた。


「まだ何もしていないうちから諦めないでください」


「そうですね……」まどかは百夜に困り顔で答える。


「ねぇテンカって何のこと?」ルピィナが百夜の袖をツンツンと引っ張って訊いてきた。


「色々ありまして月日さんを上層教育科に転科させようとしています」


「つきひ、上層教育科に来るの?」ルピィナの眼はキラキラと煌めいた。この場においては、あまりよろしくない兆候だ。


「そうさせるためのお話合いです。ですから、話し合いは静かに聞いているのですよ。それに言っておきますが、あなたのクラスには行きませんよ」


「どうしてぇ?」あからさまに不機嫌な顔になった。


「当り前です。あなたは初等部、月日さんは高等部です。全然学年が違います」


「じゃぁボクも高等部にテンカする! 愛さえあれば年の差なんて関係ないってキョーコちゃんが言ってたもん」


「そういうことではなくって、ってキョーコちゃんって誰です。そんなことを言う人は!」


「きっと国語の山田先生です。わたくしたちが初等部六年生のときに来た先生です。その時もそのようなことを仰ってました」と、十五夜が人差し指を顎に押し当てて思い出しながら百夜に説明した。


「ありがとう十五夜さん。いずれにしてもルピィナは月日さんと同じクラスにはなれないのです!」


「そんなのいやぁだぁ!」


 月日が案じた通り、話が脱線し始めた。ルピィナと三姉妹がいれば話が頓挫することは目に見えていたが、こうも早いとは。


 月日は彼女たちのやり取りを見ていて、自分はこの先どこへ向かって行くのか、年相応の不安とは別の不安を感じずにはいられなかった。


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