第二十七話 雪の色は何色?(下)
月日たちはかくやの寮にたどり着いた。まどかのことを心配して、三姉妹とルピィナも一緒に付いてきた。
まどかたちが外套を脱ぎ、三姉妹が身体に付いた雪を落としているあいだに、かくやは急いでエアコンの暖房を入れる。
かくやの寮は平屋の和風コテージで、玄関を入ると短い廊下があり正面に台所、右側にはトイレと浴室、そして左側にはこたつのある八畳間があり、襖で仕切られたその奥に四畳半の部屋が一つあった。
どこも掃除が行き届いており、整理整頓がなされている。特別な理由がない限り家政婦などの外部の人間は入れないので、かくやが一人で完璧に家事全般をこなしているのだろう。まどかの近侍として彼女の身の回りの世話をしてきた百夜が見ても、さすがの一言しか出てこない。
「部屋が暖まるまで、おこたに入っていてください」手際よく半分凍えているまどかを六人掛けのこたつに座らせ、電源を入れる。百夜はまどかの隣に座り背中をさすっていた。
「皆さんも、お好きなところにお掛けください」
こたつは掘りごたつになっており、ハロゲンヒーター方式だったのですぐに足元は温まってきた。
「どうぞまどかさん」かくやは真っ先にまどかに温かいお茶を差し出した。
「ありがとう」まどかは礼を言うと両手で湯呑を包み込むようにしてお茶をすすった。
「暖かい……」ほっとした様子でまどかが呟く。
その言葉に安心したらしく、ルピィナは百夜の隣に、三姉妹はルピィナの左側の席に固まって座った。月日とハジメは更に左側に腰を下ろし、まどかの正面に月日が座る格好となった。下座の席では、かくやが跪座のような、つま先を立てた正座姿で皆にお茶を配っている。
「湯呑がバラバラになってすみません。転校早々、お客様がこれほど多く来てくださるなんて思いもよらなかったもので……調度品も据え付けのものばかりで、おこた、狭くありませんか?」かくやは頬に手を添えて、少し恥ずかしそうに困った顔をした。建物はあくまでも学園寮なので、大掛かりに手を入れることはできない。しかも、かくやが転入した時期も中途半端だったため、やむなく余っていたこのコテージを借りることになったのだ。
「じゃぁボクがつきひのところに行く」とルピィナは百夜の隣から離れると、トコトコッと走って月日の膝の上に座った。
「ちょっ、ルピィナなにしてるの?」
「つきひはボクのヘズベン……お婿さんだからいいの」ルピィナは月日の膝の上でくるりと向き直り、三美のように腹に抱き着いてきた。ちょうど彼女の頭頂が月日の顎のあたりにくる。
「まだそんなこと言っているの?!」
「ルピィナよしなさい」百夜が窘めるもルピィナは月日から離れようとしない。三姉妹も、またやっているよと呆れるだけで、月日を生暖かく見守るだけだ。
「あの、こちらの方は?」かくやは少し不安そうにルピィナを見やった。
「あ、気にしないで!」「わたくしの妹です!」慌てた月日とまどかの声が重なった。二人はかくやがまた暴走して、あらぬ誤解をするのではないかと心配したのである。下手をすればまた面倒なことになりかねない。
「まぁ、そうでしたの」
「正確には、とある事情で蒼月家が後見人となっている身寄りのない子なのです」かくやが思ったよりも落ち着いているようだったので、百夜は少しだけ掘り下げて説明した。変に隠し立てしてこじれるより、ある程度情報開示していたほうが良いと判断したのだ。しかし、真実をそのまま語るわけにはいかないのは変わりない。
「それはお気の毒に……でも旦那様のことをお婿さんと仰っていましたが?」
「そこは気にしないで。ただの小学生の言っていることだから」月日は、腹に張り付いているルピィナを引き剥がそうとしながら苦笑した。
「ボクはただの小学生じゃないよ! 水槽に入ると、つきひみたいに変身できるんだからね!」
「水槽? 変身?」かくやは小首をかしげた。
ルピィナの言っている水槽とは、彼女が獣人化するための水槽のことだ。あの日以来、如月が接収してしまい、今はどこにあるのかは不明だ。
「こっちも深く考えないで、変身ごっこをしていたことがあるだけだから」苦しい言い訳だが、かくやはそれで納得しているようだ。
「ごっこじゃないよぉ。つきひはとっても強いんだよ。その時ボクはつきひにノーサツされたの」と、ルピィナは頬っぺたに手を当てて顔を赤らめた。
「ルピィナ、ノーサツって意味わかって言ってるの?!」
――確かに頭突きして気絶はさせたけど、殺してないし……生きてるし。あ、悩殺は別に死ぬってわけじゃないか……。
「って、ルピィナいつからボクっ子になったの?」月日は思わずルピィナを見おろした。
「ボクっ子って?」ルピィナが月日の顔を見上げると、顔と顔が触れそうに近かった。月日は反射的に顔を背ける。背けた先に、軽蔑した視線を送る妹たちがいた。声に出してない三人の罵声が聞こえるようだ。
「お、女の子が自分のことをボクっていう子のことだよ」月日はどぎまぎしている自分に、変に意識するなと心の中で言い聞かせていた。
「ルピィナの帰国子女学級には、たまたまルピィナしか女の子がいなくて……それで周りに影響されたようで……」困った顔でまどかが説明する。
「面会するたびに『わたくし』と言うように矯正はしていたのですが、彼女の中ではすでにボクが定着してしまったようなのです」
「あっ、そうなんだ……そういうことってあるんだ。あだっ!」「痛っ!」と、月日がまどかの方の見ようとしたら顎にルピィナの頭がぶつかった。
「ルピィナどいてくれないかなぁ。危ないよ」顎をさすりながら首を傾げてルピィナを見ると「やぁだぁ」と言って、彼女はより強く月日に抱き着いてきた。
「ルピィぃナ」斜向かいにいる百夜の目が据わった。ルピィナはひっとした感じで体をびくつかせると、不承不承といった顔つきで、月日の身体から離れこたつの中にもぐりこんだ。
百夜はどうやってルピィナを調教したのだろう、などと月日が思っていると「あれ違う」と、こたつの中でくぐもったルピィナの声が聞こえた。
「な! ちがっ!」いきなり百夜が叫び、必死にこたつの中の太股あたりを押さえている。
ほどなく、ひょっこりとルピィナは元居た百夜の隣から顔を出した。
「オレンジ色」「白です!」ルピィナは百夜の顔を見てそう言うと、赤面した百夜はその言葉を打ち消すように叫んだ。
全員の視線が百夜に向かう。
「な、なんでもありません! 忘れてください! それよりお迎えが来るまで月日さんたちの転科対策のお話をいたしましょう!」珍しく百夜が手をばたつかせて取り乱した。
百夜の慌てふためきようを見て、さすがに鈍感な月日でも、こたつの中でルピィナが何を見て『オレンジ色』と言ったのかが分かってしまった。ハロゲンヒーターの放つ色は『オレンジ色』なのだ。
そう、これはルピィナの意趣返しだった。
月日は『白』が何を指しているかに思い当たった。思わず赤面する。健全な高校生男子なら想像するなという方が無理な話だ。とはいえ百夜に失礼なことには変わりない。
「月日さん! 想像しないでください!」
「ゴメン!」月日はこたつのテーブルにこすりつけるように頭を下げた。
頭を下げつつ、ちらりとハジメを見やると、彼はポーカーフェースのままごく自然に百夜から視線を逸らしている。妹たちもまどかですら、いつの間にか自然に視線を逸らしていた。一人だけ百夜を直視し続けていたのが自分だけだと知って、月日は己のあまりの察しの悪さに辟易としたのだった。




