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第二話    出会うこと再び?(三)


「ほっはよ~!」と言っていきなり誰かが背中に飛びついてきた。


「な!」


「お返事はっ?」月日よりも少し身長のある彼女は、月日の首に腕を絡ませて背中にもたれかかってきた。当然のことながら、彼女の体には凹凸があるので、月日の背中に当たるべき部分は当たってくる。


「ちょ!なに?」慌てふためく月日。面白がるように彼女は、月日の背中でくねくねと体を揺らした。


 彼女の名前は鵜鷺(うさぎ)()()。高等部芸術芸能体育科体育コース一年の十六歳。九月生まれのおとめ座。スポーツ推薦で中等部のときに入ってきた、月日と同じ外部入学組だ。

 実家は合気道の道場をしており彼女も初段の持ち主だ。幼いときから走り込みやトレーニングを受けているせいか、スーパーアスリート十種競技(デカスロン)の選手だけでなく、短・中距離もこなすスプリンターでもあった。


 彼女はスポーツのマルチプレイヤーに留まらず、その容姿もまたスーパーモデル級だった。ほかの美人女子生徒とは違った趣の美しさを持ち合わせていたのである。

 ボーイッシュかつスポーティーでありながらも、女性的なボディーラインは失われることなく、豹のように美しく流れる野性味溢れた芸術的な容姿を持っていた。そのため芸体科の芸術部門からは男女問わずに『美の女神に愛された乙女』と称され、モデルの依頼に(いとま)がない。練習の合間を縫ってスケジューリングされているほどだ。

 またその明るい性格と笑顔がとてもキュートなところから、芸能部門も彼女を放っておくはずがなかった。

 言うまでもなく同じ体育部門でも性別を超えてファンが多い。神は二物も三物も与えることを証明しているかのように思えるのだが、座学の方は全くと言っていいほどダメだった。


 座学のすべての教科において、赤点ラインの上を体育選手とは思えぬほどのアンバランスさで、行ったり来たりを繰り返していた。授業中は彼女にとって、睡眠(おやすみ)時間(タイム)なのである。


 こうして自分に抱き着いてくるというときは、学期始まりの小テストでレッドラインを踏み抜いたのだろうと月日は思った。


「学期始めの小テストやばかったの?」


「なんでわかるのぉ!」長いまつ毛に囲まれた、大きな瞳が一際大きくなる。


「中等部のときから絡まれているんだ、それくらいわかるよ。いつものことじゃないかぁあ」やれやれと首を振りながら月日は深いため息交じりに目を逸らす。


「それより離れてくれないかな。みんなの視線が痛いんだけど」気が付けば登校時間のラッシュアワーになっており、月日に抱き着いている三美たちを、男女問わず、ある者は羨まし気に、ある者は怒りの混じった視線を投げつけて来る。

 目からビームでも出ていればとっくに蜂の巣になっているだろう。学園のアイドル的な階層にいる三美と、ヒエラルキー最下層のどこの馬の骨とも知らぬちびデブが、イチャコラしているのだから、ファンにとっては心安からずといったところだろう。


「あ、ごめんね。月日あったかいからつい」と言って月日の前に歩み出た三美の姿を見て、思わず鼻血が出そうになった。アニメや漫画なら間違いなく鼻血ブーなシーンだ。


 三美は競泳水着のようなトラック選手の着る薄い布地のぴったりとしたスポーツウェアしか着用していなかったのだ。ボディーラインはおろか、なんか見てはいけないものまで見えそうな格好だ。


……これはやばい。いろいろやばい。


「お前、やっぱりバカだろおぉぉぉぉぉ~」と校舎に残響音を残しつつ、月日はその場から遁走し普通科棟の玄関に逃げ込んだ。

 それを見送る三美は、「う~ん、今日もちゃんと走ってるねぇ。偉い偉い」と、一人満足げに腰に両手を当てて、ニンマリしていた。


 月日は慌てふためきながら自分の『1-B』と標された教室に逃げ込んだ。さすがに芸体科の人間がおいそれと普通科に入ってくることはないだろう。腹の脂肪を揺らしながら、荒い息をついていた。


……結局いったい何がやりたかったんだあいつは!


 荒い息をつきつき、自分の席に座ってようやく一息つく。月日の席は廊下側の端の後ろから二番目だ。


 ようやく息が整ったところで、廊下からキャッキャッ言っている黄色い声の一団が近づいてくるのが聞こえた。


……ホンとわかりやすいな、あいつは…。


 そう思う間もなく、月日の後ろの扉が開いた。同時に教室の女子の声も相まって黄色い声がマキシマムになる。


「やぁ!みんなおはよう」茶髪で赤いピアスを付けた、すらりとした容姿の爽やか系イケメン男子がほかのクラスの女子を引き連れて教室に入ってくるなり、流れるように月日の後ろの席に座った。別にそこが誰かの席などではなく、その席は公正なくじ引きをした結果、彼の席になった場所だった。


……あ~黄色い悪魔どもめ~。


 その声なき抗議は、もう年中行事のことなので怒りよりも諦めからくるものだった。もう首を横にかしげて前の席の椅子を斜めに見ることしか月日にはできなかった。なお、この行為自体には何の必然性も意味もない。ただの諦めの脱力ポーズだ。あとはひたすら予鈴が鳴るのを待つ月日だった。


 茶髪のイケメン男子の名を遠吠(とおぼえ)ハジメといった。彼の実家はマルトオゼネラルフーズ(〇に遠と標す屋号)という大手食品会社を営んでいる。駄菓子から高級食材まで、この国の胃袋の二割五分はマルトオゼネラルフーズに支えられていると言っても過言ではない。彼はそこの御曹司なのだ。


 そんな彼がなぜ上層教育科に行かなかったのか?


 それは彼がただのバカだったからだ。とは言いすぎだが、確かに彼程度の学力では上層教育科に在籍し続けるのは困難かもしれない。

 とはいえ彼と同レベルの学生も上層教育科に少なくはない。というか一割は彼と同等かそれ以下の学力だ。

 ではなぜ彼が普通科にいるのかといえば、理由の一つにマルトオゼネラルフーズは(そう)(げつ)コンツェルンとの商売敵の関係にあり、親の因果が子に報い、面接で()ねられたというのが一般的に知られている事情だ。

 蒼月コンツェルンは多額の寄付金を学園にしているから、学園サイドは蒼月の言うことには逆らえなかったと見られている。試験査定の結果など公表するわけもないので、真実は当時の試験官のみぞ知るといったところだ。


 そんな屈辱を味わってさえ、遠吠ハジメが他校を選ばなかった理由の一つに、この学校の女子はかわいい子が多いと噂されていたからだ。

 あくまでハジメ目線で、普通科の女子は他校と比べればそこそこいい感じだし、何しろ上層教育科はお嬢様がそろっている。

 極めつけは、芸術芸能体育科には現役アイドルやモデルが通っているのだ。女子好きなハジメが選択するには十分な理由だ。

 そして何よりこの学校に残ったのは親友で腐れ縁(マスター)の月日がいるからでもあった。ハジメは月日(つきひ)と離れられない因果を背負っていたのである。


 カラーン、カラーン。


 始業の予鈴がなった。ほかのクラスの―よく見ればほかのいるはずのない芸術芸能体育科の女子までもがキャッキャッ言いながら「またねぇ」「じゃ後でぇ」的なことを口々に言いながら、さも当たり前のように出て行った。同クラスの女子たちだけは、まだハジメから離れず話を続けている。


 と、前の扉が開き、担任の雲居(くもい)教諭が入ってくのと同時に朝のショートホームルームの本鈴がなった。がっしりとした体躯の三十路をすこし過ぎたばかりの快活な男性で、男女問わず生徒にも人気のある教師だ。


 相変わらず正確だなとか思いつつ、月日は姿勢を正した。


「はい、みんな揃っているか」と言いながら雲居教諭は部屋を見渡す。


「いきなりの学期始まりの小テストで落ち込んでいる奴もいるかもしれないが、一年生の三学期の本番は今日からだ。これから心も体も寒くなる季節だから十分に身体には気を付けて勉学に励んでくれ。じゃ出席を取る…」タブレット端末を操作すると、彼は名簿順に生徒の名を呼び始めた。


 こうして今日も一日が始まってゆく……。


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