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第二十七話  雪の色は何色?(上)

「転科だって!?」上層教育科のゲート近くのエントランスでハジメが叫んだ。赤レンガの床と天蓋と校舎の廊下にハジメの声が反響する。


 外は一面銀世界になっていた。エントランスの天蓋のある部分には雪は積もっておらず、赤いレンガはむき出しのままであったが、その外側近くから雪が徐々に侵入してきている。


 リムジンは突然積もった雪のために大渋滞に巻き込まれており、まだ到着していない。滝川筆頭執事の話では、到着までにあと一時間はかかりそうだとのこと。どうしたものかと月日は深々(しんしん)と降り積もる雪を見やった。


「ここでずっと待っていたらみんな風邪ひいちゃうよ。転科の話も聞きたいし、また食堂にでも行く?」月日はこの程度の寒さはどうということはなかったが、外套を着ているとはいえ、まどかや百夜たちが一時間もこんなところにいたら風邪をひいてしまう。


「それはいけませんわ。今日、日鏑に釘を刺されたばかりですの。ですからしばらくは普通科棟に行くことができません」まどかは口惜しさと悲しさが綯交ぜになったような顔で月日に言った。


「でもこのままじゃみんな風邪ひいちゃうよ」


「まどかさんたちが普通科棟に入れないということは、俺たちもこのゲートを通るわけにもいかないってことか……」ハジメは拳を唇に押し当ててゲートを睨みつけた。


「一度解散して車が来てからというのはどうでしょう」百夜が残念そうな面持ちで皆に意見した。


「それが今は一番かな……」眉に皺を寄せながらハジメは額を中指で軽く叩いた。


 皆が考えあぐねていると、月日の目の前にかくやが顔を覗かせた。


「いい考えがありますわ」


「い、いい考えって?」反射的に月日はのけ反った。かくやの顔があまりにも近かったのだ。


「時間が来るまでわたくしのお部屋にいらっしゃればよいのですわ」「そっちの方が問題だろう」ハジメはかくやの言葉に即座に反応した。漫才なら見事なツッコミである。


「なぜですの?」


「なぜって、女子寮だろ?」

 かくやの天然度合は鵜鷺(うさぎ)()()といい勝負だ。大きな目をさらに大きくして何が問題なのかをまったく理解していない。


「確かに女子寮の敷地内にはありますが、わたくしの寮は戸建てですの。ですから他の女子の方々にご迷惑を掛けることはありませんわ」


「それはまた微妙だな……」ハジメは苦笑して百夜を見やった。女子としての意見を聞いておきたかった。


「困りましたね。本来、女子寮に男子が無断で侵入した場合、最低でも停学にはなるでしょうね。昨日の今日で、また生徒指導室に行くようなことになれば、先生方の印象は極めて悪いことになるでしょう」少し難しい顔付きで百夜は答えた。


「だよなぁ」


「でも、それは無断での話で、今は家主であるかくやさんが招いてくださっているのですから問題はないかと思います」百夜はさらりと言った。何かあったら、そこはかくやが責任を取ってくれるのでしょうと言わんばかりにかくやを見る。


「それに女子寮は上層教育科の施設の一部ですが、戸建ての寮ということでしたら建前上、個人のお宅を訪問しているのと変わりないのではないでしょうか?」


「それもそうだな……じゃぁ、そういうことで!」いい加減、ハジメは寒くなってきていた。雪の降りしきる風通しの良いエントランスにいるのだから、ハジメだけでなく女子たちも寒くてもじもじし始めていたのだ。何も感じていないのは月日だけであった。




 月日たちはかくやを先頭に、上層教育科の寮の敷地へと続く回廊を歩いていた。


 幅3メートルほどの回廊は、校舎裏の外周を迂回するように作られていた。高さ1メートル程の白い大理石調の仕切り壁を、ローマ時代を思わせる同じく白い石柱が立ち並んで支えている。そして柱はアーチ状の天井をも支えていた。


 今日は雪に溶け込んで少しばかり寒々しく見えたが、中庭を突っ切る回廊は、春になれば新緑と色とりどりの花で彩られ、きっと(あで)やかなのだろう。今はただ白い雪が一面に静かに敷き詰められているのが見えるだけだ。


 中庭と学生寮の敷地とを区切るように小川が流れていた。回廊はそのまま橋として小川を跨いでいる。月日たちはその橋にちょうど差し掛かった。この橋を渡れば学生寮の敷地だ。寮の敷地に入ると思うと月日は少し緊張したが、静々と歩くかくやの後に黙ってついて行った。


 橋を渡り終えると回廊は左右に分岐しており、右に進めば男子寮、左に進めば女子寮に行き着く。当然彼らは左の回廊へと進んだ。ここからの回廊は天井はあるが壁はなくなっている。


「あ! バカ兄!」

「あ、ほんとだ! アホ兄だ!」

 女子寮に近づいた途端、聞き覚えのある声がした。


 声の方に月日は振り返ると、そこには三つ子の妹たちと、あと一人小柄な少女の姿が見えた。彼女たちはダウンジャケットと私服のスカートの下にジャージという出で立ちで、寮の入り口の手前で雪合戦をしていたようだ。


「ごきげんよう皆さん」まどかが三つ子の妹たちに挨拶をする。


「蒼月先輩! 如月先輩! こんにちは!」なぜこんなところにいるのといった顔つきで長女の(さく)()が答える。あわてて、十五夜(じゅうごや)十六夜(いざよい)も「こんにちは」とスカートの裾をつまんで会釈をした。


「相変わらずお前ら無駄に元気だな」


「うるさいハジメ」

「黙れハジメ」

「消えなさいハジメ」


「三人ワンセットも変わらずか」ハジメは彼女らのいつもの三倍返しに苦笑する。


「どうしてこちらにいらしたんですか?」と、朔夜は小首をかしげ不思議そうな顔つきでまどかに尋ねた。


「雨宿りならぬ雪宿りをさせていただこうと思いまして、こちらの月見乃かくやさんの寮へ行くところです」まどかは手で先頭にいるかくやを指し示した。


「月見乃かくやと申します。ごきげんよう、皆さん」かくやは三人娘に親しみを込めて微笑みかけた。


「あ、姫様だ……」朔夜は有名芸能人でも見ているかのような顔で呟きを漏らす。


「あ、失礼いたしました! こんにちは先輩」朔夜は我に返るとかくやに挨拶した。十五夜と十六夜も彼女に続いて挨拶をする。


「姫様?」どこがそうなのだろうと、月日は朔夜とかくやを交互に見やった。


「だって、百人一首のお姫様みたいじゃない」朔夜は胸のあたりで両手を組んで月日に言い返した。その声音にはかくやへの羨望が溢れ出んばかりだった。


「ああ、そういえば、確かに……」お姫様と聞いて月日は西洋のお姫様を連想していたのだが、平安時代の姫君なら、なるほど納得だ。


「そのように言われたのは生まれて初めてですわ。とても光栄です」かくやは頬に手を当ててはにかんだ。


「知ってるか。実際の平安美人ってのは、お多福みたいな太った女性のことだったらしいぞ」


「うるさいハジメ」

「夢を壊すなハジメ」

「ハジメは一言余計なのです」


「へいへい」三姉妹の三倍返しをハジメは軽く受け流した。実際のかくやは、太っているとは程遠い華奢な体つきをしているのだから、お多福とは似ても似つかないことは誰が見ても分かる。


「ねぇ、あの子は誰?」月日は自分に向けられた視線を感じて、妹たちに混じっている小さな子のことを朔夜に訊いた。


「ルピィナだよ」


「ルピィナ!?」月日は驚いて十六夜の後ろにいる小さい子を二度見した。


 確かに年格好はルピィナと同じようだが、印象的だった彼女の綺麗なロングヘアーはバッサリとなくなり、いまは首が見えるくらいのショートボブになっている。


「ほら、やっぱり気付かなかったでしょ」と後ろにいるルピィナと思しき少女に十六夜が残念そうに声を掛けた。


「つきひならわかってくれると思ったのにぃ」ほほを膨らませて少女は月日の前まで駆け寄ってくる。


「あ、ルピィナだ……」


「お前、いま臭いで判別しただろう」風向きを読んだのか、ハジメが少し怪訝そうに眉に皺を寄せる。ヘアースタイル変えたくらいで気付いてやれよな、と言わんばかりだ。当然ハジメは最初に見たときから気付いていた。


「変態バカ兄」

「なに匂い嗅いでるのよアホ兄」

「女の子の匂いを嗅ぐなんて最低です兄さま」


 三人姉妹はシンクロして、胸元を隠すように両腕を交差させ、月日に背を向けた。自分たちの体臭を嗅がれまいとしているようだ。月日にとっては妹の臭いなど今更嗅ぐ必要もないのだが。


「つきひのばかぁ!」ミトンの手袋で月日の腹をポカポカと叩く。


「ごめんよー。ルピィナ」月日は困った顔つきでハジメを見るも、ハジメは知るかといった顔つきでそっぽを向いてしまう。


 見かねた百夜は仕方ないといった表情でしゃがみ、そっとルピィナの手を取った。


「ルピィナ。殿方ってそういうことろは鈍感なものなのです。前髪をちょと切ったくらいでは、切ったことに気付かない。バッサリ切ったら別人扱いなんていうのはよくある話です。お気持ちは察しますが、そんなに月日さんを責めてはいけませんよ」


「だからバカ兄は気づかないって言ったでしょ」

「アホ兄は鈍感ヤローだからね」

「兄さまは眼よりも鼻で人を嗅ぎ分けるのです」

「うん。わかった」三姉妹はルピィナを囲んで言いたい放題だ。ルピィナも彼女たちの言葉に頷く。


「いやいや、朔夜の言っていることは認めるけど、十六夜の言ってることは真に受けないでね!」月日は慌てて三姉妹とルピィナに割って入る。


「どうでもいいけど、早いところかくやさんの寮に行ったほうがいいぜ。まどかさんが限界だ!」


「まどか様!」今度は百夜が慌てた。まどかの両肩に手を掛け彼女を寒さから庇うように寄り添う。まどかはぎこちなく微笑み返してきたが、身体は小刻みに震えていた。


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