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第二十五話  生徒指導室に光を灯せた?(二)

「あなた方もいるのでちょうど良いです」薮下はこれからが本番だと意気込んで、ぎらつく瞳でまどかたちを見渡した。


「それはどういうことでしょうか?」百夜が薮下とまどかのあいだに立ちはだかった。薮下の目つきに、得も言われぬ嫌な気配を感じたからだ。


 薮下は百夜の頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見た。どうやら百夜の行動がお気に召さなかったらしい。非があれば注意の一つでも言ってやるつもりだったのだろうが、結局見つけることはできず、薮下は一つ鼻を鳴らすと本題に入った。


「全校生徒会から、上層教育科の複数の女子生徒が太神と逢引をしているとの報告が上がってきているのです」


「あ、逢引って……」開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのかと、百夜とまどかは思った。呆れて物が言えない。


 だが、かくやだけは違ったようだ。


「妻が夫の許に行ってはいけないというのでしょうか!」


「かくやさん!」「何を言ってるの?!」かくやの反論に百夜と傍観していた月日が同時に反応した。まどかは唖然とし、ハジメは顔を逸らして、ぷっと吹き出している。


「ほ、本当のことなのか?」雲居が眉を寄せ、月日の両肩をがっしりと掴んで驚きを隠せずにいる。


 雲居は教師側の人間ではあったが、月日たちの担任教師という立場でこの場にいるに過ぎない。彼は常にニュートラルな立ち位置で物事を判断しようと努めてきたし、別段月日たちを糾弾するつもりも矯正しようという意志もなかった。だが、この噂が真実のものであれば話は別だ。教師として、大人として過ちを犯そうとしている年少者を放っておくことはできない。


「あーのぉ……」と、月日が言いかけたとき、百夜が月日と雲居のあいだに割って入った。


「先生、これは誤解です。確かに彼女、月見乃かくやさんと太神月日さんは親同士が決めた、いわば許嫁ではありますが、それはあくまで親が決めたことであり、本人の自由意志とは無関係の話です」


「いいえ! わたくしと旦那様は月の縁によって結ばれた仲なのです! それは誰にも妨げられません!」かくやは、雲居と百夜のあいだに更に割って入ってきた。


 百夜はこの言葉を待っていたとばかりに、雲居に向かって言った。


「彼女は少しばかり思い込みが激しい性格なので、多少大袈裟な言い回しをしておりますが、彼女と太神さんとはただの許嫁で、人から後ろ指を指されるようなことは何一つ行っておりません! そしてなにより、わたくしたちも太神さんの許嫁候補なのです!」


「なんだそれは! そんなことが許されるはずがないだろう!」薮下は百夜の言葉に噛みついてきた。そんな薮下に百夜は反駁する。


「いいえ。それは違うと思います。世の中には、お見合いのお相手が複数人いる場合も珍しいことではありません。わたくしたちもそれと同じなのです。わたくしたちはじっくりと長い時間を掛けてお見合いをしているのです」


「それは屁理屈だ! そんな馬鹿げた話があってたまるか! お見合いとは一組ずつで行うものだ。複数人で行うなど聞いたこともない!」薮下は頭髪の乱れも気にせず激高していたが、雲居は冷静に彼女の言葉を聞いていた。


「一組ずつ行うことは承知しておりますが、それでは候補者が平等かつ公平に良縁を結べるチャンスが与えられるとは思えません。それこそ早い者勝ちになったり、最後に残った人を選ばざるをえなくなったり、結局選ばなかったり。これは選択者側にも同じことが言えるのです。言葉は乱暴ですが、後の方がよかった、残り物を選ばざるを得なくなった、結局誰も選べなかったなど。たとえ選択側が女性であったとしても、候補者が複数いる場合は一斉にお見合いをするべきなのです」この場を乗り切ることとはいえ、百夜はよくもこれほど心にもないことが言えると自分でも驚いていた。本来ならお見合いに限らず、デートだって一対一でしたいのだから。


「君たちも許嫁であるというのは、それは本当なのか?」雲居は眉をひそめ、半信半疑といった表情を浮かべてはいたが、理不尽に怒鳴りつけるようなことはしなかった。ただ粛々と百夜の言葉に耳を傾け、教師としての仕事を全うしていた。


「はい。太神さんのご家庭の事情ということです。太神さんに相応しい女性がいれば、お声掛けする仕来りだとか……」百夜の言葉に激しく同意する月日。うんうんと赤べこ人形のように首を振っている。


 百夜は心の中で溜息をついた。この先どう切り抜けたらよいものか、と。先生方を騙すのは気が引けるが、太神本家というところは一夫一婦制ですらなく、しかも治外法権なところであるなどとは、口が裂けても言えない。たとえ言ったとしても、信じてもらえるはずがないだろう。


「それでは家族ぐるみのナンパと変わりないではないか!」


「薮下先生。家庭にはそれぞれの事情というものがあります。ですから法にでも触れない限り、両家が承諾し合っているのであれば、一介の教師としてはこれ以上家庭の内情に踏み込めないと思いますが」雲居のその言葉に、月日を始め太神(ふとがみ)()申齋(しんさい)の言葉を知っているまどかたちは、ずきりと胸が痛くなった。自分たちを擁護してくれている雲居に、月日たちは少なからず後ろめたさを感じずにはいられなかった。


 とはいえハジメだけは、何の申し開きもできないとばかりに天井を見上げていた。家の都合もへったくれもなく、ただ私設ハーレムが出来上がってしまったのだから仕方がない。薮下の言うことはもっともだと思うほかはないハジメであった。


「いいえ、これは不純異性交遊につながる恐れがあります、雲居先生! 不特定ではないにしろ多数の女生徒を(はべ)らせるような行為をわたしは認めるわけにはいきませんな!」


「侍らせるって……」さすがに雲居は薮下の言いように呆れた。


「何でも不純異性交遊につながるのでしたら、それでは複数の異性の友人を作るなと仰っているようにも聞こえますよ」


「極論を言えばそうなるでしょう。自制の効かない生徒たちが淫らな行いをするのであれば、それを防ぐために男女を区別し接触させないくらいのことはするべきなのです!」


「それは暴論です! 共学をやめろと仰っているのですか!? もっと生徒たちを信じるべきです、薮下先生!」おろおろする教頭を挟んで二人の教師バトルが始まるかと思われたその時だった。


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