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第二十五話  生徒指導室に光を灯せた?(一)

 放課後、月日とハジメは生徒指導室にいた。生徒指導室といってもただの空き教室で、使われなくなった机や椅子、学園祭などで使用した大道具などの備品が保管されているだけの物置部屋だ。


 なぜ月日らがこんな部屋にいるかといえば、五時限目をサボタージュしたという疑いで、生徒指導教員からここに呼び出されたのである。


 実のところ生徒指導部にとって、五時限目のサボタージュの件は、さほど問題にしてはいなかった。年間、何かしらの事情で授業に出席できない生徒は少なからずいる。むしろ本題は他科の複数の女子生徒と『逢瀬を重ねている』ということが、全校生徒会を通じて教師陣に伝わり問題になっていたのだ。そこで生徒指導部はここでまとめて指導を行おうと図った、いわば別件逮捕なのである。


「で、まずは五時限目に遅れてきた理由を聴こうか」


 生徒指導教員の薮下(やぶした)教諭が話を切り出す。薮下はグレーの地味なスーツを着ており、薄くなった頭頂部を、伸ばした横の毛を持ってきて覆い隠している、いわゆる一九分けをした教師だ。覆い隠している方からの横風が吹いたらいたたまれないことになるだろう。


 月日とハジメは薮下を含めた生徒指導教員二人と、担任の雲居教諭、そして鼈甲風クラッシックウエリントン眼鏡が特徴的な白髪の教頭に囲まれるように、教室用の椅子に座らされていた。


「食堂を出たところで、女子生徒が不良っぽい普通科の生徒に絡まれていたので、助けていました」月日は斜め上を見て、思い出している風を装いながら、わざと不明瞭に答えた。具体的に答えられよう筈もない。


「君が、女子生徒を……ねぇ」薮下教諭は明らかに訝っている目付きで月日を見返す。


「女子生徒は何年何組の誰なのかね」組んだ腕の上で指をトントンと叩きながら、薮下教諭は追及を続ける。


「上層教育科、一年A組の(そう)(げつ)(まどか)さんと如月(きさらぎ)百夜(びゃくや)さん、そして(つき)見乃(みの)かくやさんですが」ハジメはこれ見よがしにフルネームで三人の名前を告げた。


 教師たちが五時限目のサボタージュのためだけにわざわざ生徒指導室まで呼ぶはずがない。その程度のことならば、口頭の注意で済むからだ。自慢ではないが、月日もハジメも優等生ではない。が、さりとて劣等生や素行不良といえるほどでもない。遅刻は稀にするが、サボタージュに関しては爆発事件の日はカウントされていないので初犯となる。ならば、生徒指導室に呼ばれるほどのことではないはずだ。そう睨んだハジメは、わざと三人の名前を出し、教師たちの様子を窺ったのである。


 案の定、教師たちは互いに顔を見合わせ何やらひそひそと話し始めた。ハジメの予測は的中したのだ。ここに呼び出したのには何か裏がある。


「上層教育科の生徒を助けてはいけなかったのでしょうか?」ハジメは教師たちに追い打ちをかける。


「黙っていなさい。いま協議中だ」


「はい……」ハジメは渋面を作って教師たちを見据えた。教師たち、というより生活指導の薮下の動きを注視していた。


「ハジメ、なんかおかしくないか?」月日がハジメの耳元で囁く。月日は、今更ながらこれが一種の罠であることに気付いたようだ。


「今頃かよ……」ハジメは、ちらりと月日を見てまた薮下に視線を戻す。


「ハジメ分かってたの。すげぇ」声を押し殺して驚く月日。


「どう考えたっておかしいだろ」


「なにをコソコソしゃべっている! 静かにしろと言ったはずだ」薮下が怒鳴った。何かイラついている。それとも焦っているのだろうか。


 黙っていろとは言われたが静かにしろとは言われていない、などとハジメは思ったが口には出さなかった。そんなことをしたら、余計に面倒なことになるだけだ。ここは一つ様子を見るに限る。


 ハジメがそんな思案を巡らせていると、生徒指導室の扉がノックされた。


「失礼いたします」扉が開き、襟に三本の金筋の入った黒いセーラー服を着た生徒が普通科の生徒指導室に入ってきた。まどかである。そのあとに百夜とかくやが続く。


「なんだね君たちは!」薮下は、唐突に現れた上層教育科の生徒に困惑し、思わず声を荒げた。すでに彼女たちが誰であるかを知っているようだ。少しばかり顔色が変わる。


「先生。彼女たちが今言ったの女子たちです」と、ハジメは誇張するともなく淡々とした口調で言った。その言葉を聞き、薮下は確証を得たのか顔はみるみる青ざめてゆく。


「そ、そうか……」薮下は明らかに動揺していた。


 彼の中で何か誤算が生じてしまったようだ。頭の毛がずれないように髪を押さえながらハンカチで額を拭いている。


「これは一体どういったことでしょうか?」まどかは毅然とした態度で教師陣と対峙した。納得できない答えなら一歩も引かないといった構えだ。


「上層教育科の生徒である君たちには関係の無いことだ、もう帰り給え」焦りを滲ませ薮下はできうる限り温和な表情を湛えてまどかたちを追い返そうとする。それに黙って従うようなら、最初から普通科の生徒指導室などに来たりはしない。


「もし五時限目に遅れた事で問題になっているのでしたら、わたくしたちにも関係はあります。わたくしたちは、(ふと)(がみ)月日(つきひ)さんと遠吠(とおぼえ)(はじめ)さんに素行不良の普通科生徒から助けていただいたのです」正確にはハジメは何もしていない。しかし二人を救出するためには、そう言ったほうが事は迅速に運びそうだった。それに、ハジメや月日の談によれば、ハジメは普通科の女子生徒を庇っていたという。ならば間違ったことは何も言っていない。


「では、彼らの言っていることは本当のことなんだね?」薮下の横から長身の雲居が柔らかい声音でまどかに訊いてきた。


「はい。証拠もあります」


「しょ、証拠だと?」まどかの言葉にさらに動揺する薮下。


「証拠があっては何か不都合でもあるのですか薮下先生?」がっちりっとした体躯の雲居の眉がゆがむ。薮下と雲居の体格差は二回りほど雲居の方が大きく、背丈は頭一つ分高い。


「いいえ、そんなことは……」そんな雲居に見降ろされた薮下は、我知らず半歩ほど後退っていた。


「で、証拠というのは? えっと、君は?」雲居はまどかに向き直って尋ねた。


「申し遅れました。わたくしは上層教育科一年A組の蒼月円と申します」

「同じく、如月百夜と申します」

「同じく一年A組の月見乃かくやと申します」三人は順に名乗りつつ、上層教育科の生徒らしく淑やかな所作で会釈をした。


 百夜はまどかに目配せをする。まどかが頷くと、百夜は一歩前に出て雲居にスマートフォンを差し出した。


「では、こちらをご覧ください」と、百夜がスマートフォンを操作してムービーを表示する。


 画面に映し出されたのは、上層教育科側のゲート付近の防犯カメラから撮られたと思しき映像だった。


 普通科と上層教育科を結ぶ連絡通路を歩いてくるまどかたち三人が、画面のやや左上から右下へと斜に上層教育科へ向かって歩いてくる姿が映し出される。画面右下には録画時刻と思しき表示が昼休み終了五分前の時を刻んでいた。


 一人一人の顔にすぐさま顔認証システムが働き、黄色の四角い枠とその横に学生証番号が表示される。管理コンソール上でその番号をタップすれば、その生徒の登録情報が出るのだが、ここではただの動画でしかない。


 三人が画面の端からやや中央に差し掛かったとき、通路の左側フェンスを乗り越え三人の男子生徒が現れた。顔認証システムは少年たちの顔を捕捉していたが赤い枠で『Unknown』と表示するだけで、学生証番号を表示しない。普通科の制服を着てはいるが、外部の人間ということだ。


 三人の男子生徒は、まどかたちを取り囲み、壁際に追い詰める。まどかたちの上半身は画面からフレームアウトしてしまうが、少年たちは画面ぎりぎりに辛うじて映っている状態だ。


 悲鳴を上げるまどかたち。


 次の瞬間に、黒い影が少年たちとまどかたちのあいだに割って入ってくる映像が映し出される。まるで編集を加えたかのように、その黒い影はまどかたちの前にいきなり現れた。スマートフォンの画面なので、割り込んできた顔を判読するのは難しかったが、顔認証システムはその影を学生と認識し、学生証番号を表示していた。


 百夜はそこで動画を一時停止する。表示されている学生証番号を教師たちに確認させるためだ。このあと月日の顔がフレームアウトしまうので番号が消えてしまうのだ。


 月日の担任教師である雲居が手元のタブレットを操作して学生証番号を照合する。


「確かに太神の学生証番号だ」


「オリジナルデータは防犯カメラのメインデータベースに記録されております」そう言って百夜は動画を切ると、スマートフォンをそっとスカートのポケットにしまった。


「この後の出来事は、わたくしたちはあまり思い出したくない出来事ですので、申し訳ございませんが、先生方で防犯カメラのデータベースにアクセスしてご確認をお願いいたします。太神さんが五時限目に出られなかったのには正当な理由があるということをご理解いただけるかと存じます」


 百夜はまどかとかくやに、これでよいのかと目配せをした。まどかとかくやは百夜に同意し無言で頷く。あの痛ましい惨状をもう一度見たいなどとは寸分も思えなかった。


「そうか」と言って雲居はタブレットで防犯カメラデータベースにアクセスする。百夜の言っていたように、フレームアウトした月日の頭と思しき場所を殴打し続ける少年たちが映っていた。血しぶきこそ見えていなかったが、目を背けたくなる光景だ。


「これは、酷いな……」雲居は顎に手を当てて呟いた。これでは女子生徒たちが見たがらないのも頷ける。


 雲居の脇から教頭ともう一人の生徒指導教員が覗き込むようにタブレットを見ている。二人とも雲居のように眉をひそめて、少年たちの暴力行為を注視している。皆、不快な様相だ。しかし、薮下だけは少し慌てた様子で、視線をあちらこちらに泳がせていた。


 何かがおかしい。と、訝ったのはハジメだが、薮下が少年とつながっているという証拠は何もない。まして彼らを使って彼女たちを襲わせたという根拠は何ひとつないし、動機も分からない。少し歯がゆく思いながらも、ハジメは薮下の様子を窺うことしかできなかった。


「わ、わかったわかった! もういい!」薮下がやや半ギレで、雲居の持っているタブレットを引っ手繰ると動画を停止した。


「どうしたんですか薮下先生?」強引にタブレットを引っ手繰られた雲居は驚いて薮下を見やった。大の大人が、しかも教師がする行為ではない。


「こ、これ以上暴力的な映像を、せ、生徒たちの前で見る必要はないでしょう」薮下の声音は、タブレットを引っ手繰った理由付けを無理やり絞り出しているようにしか聞こえなかった。


 雲居とハジメの疑惑の籠った視線を感じたのか、薮下は彼らの視線を避けるように教頭に向き直った。


「教頭先生。か、彼らには五時限目に遅れた正当な理由が、一応はあったようですな」


 薮下の言葉に教頭は頷いた。これ以上動画を見たところで月日たちが故意にサボタージュをしたという証拠にはならないだろう。それに事件当時者でもある上層教育科の生徒の前でこれ以上刺激的な映像を見続けるのも教育的によろしくない。


「そうですな、薮下先生。これ以上彼らを拘束する必要は無いようです」事なかれ主義を匂わせる柔和な声音で教頭は薮下の言葉を受け入れたが、当の薮下はあからさまに面白くないといった表情を浮かべていた。


「先生方、異存はありませんか?」


「はい、わたしはありません」


「わたしもです」教頭の言葉に同意する薮下に続き、もう一人の教師も同意する。


――やったー!


 と、(よろこ)びたい衝動をまどかは平静の仮面の下に抑え込んで、「では、太神さんたちはもう帰ってもよろしいのでしょうか?」と教頭に問うた。


「いいえまだです」薮下は、教頭に向けていた顔をまどかたちに向け、代わりに答えた。


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