第二十四話 カラフルヘアーって誰?(下)
咄嗟に月日が悲鳴のあった方を振り向くと、まどかたちが数人の男子生徒に取り囲まれていた。月日はハジメにも劣らぬ素早さで、まどかと男子生徒のあいだに割って入る。
男子生徒たちは普通科の制服を着ていたが、襟に校章は付けてはいるものの学年章と学級章がなかった。学ランのボタンはすべて外してだらしなく着崩し、ピアスやイヤーカフス、ネックレスなどのジャラジャラ系アクセサリーでいかにもなファッションセンスだ。
男性生徒は三人。茶色のスパイラルパーマに、ギザギザのメリケンサックをしたパンク風の金髪頭、そして髪の一部を赤く染めたロン毛だ。どことなくどこかのビジュアル系バンドに見えなくもない。
「なんだテメェは!」突如、両手を広げて大の字に立ち塞がった月日に、ごろつきまがいの生徒が噛みつく。
「月日さん!」「旦那様!」安堵とも心配ともとれる、まどかたちの声が響く。
「なぁにイキってやがんだよ、このくそデブが!」拳にメリケンサックをした金髪が、月日の鳩尾に渾身の一撃を食らわす。常人ならば肋骨を骨折しているほどの勢いだ。ところが、月日の身体は彼の拳をまともに受けると、ぽよんとゴムのように弾き返した。
「てめぇナメやがって!」逆上した金髪メリケンサックは、今度は月日の顔面を滅多打ちし始めた。
「キャアァァ」まどかたちの悲鳴が上がる。
「おらおら、どうしたぁ!」彼女たちの悲鳴に興奮してなのか、更に殴る速度に拍車がかかる。月日の血しぶきが渡り廊下に飛び散った。
月日といえども、変化していなければ銃弾を弾き返すことはできない。もちろんメリケンサックも同じだ。月日の顔面は骨折こそ免れていたが、見るに堪えないありさまになっていた。しかし、月日は倒れることも避けることもせず、ひたすら彼女たちをかばうため腕を広げ続けた。まるで弁慶の立ち往生のように。
「じゃこの女は俺がもらうぜ!」隙を見て茶色のパーマ男がまどかに手を掛けようと、月日の脇をすり抜け腕を伸ばしてきた。
「キャアァァァ!」まどかの悲鳴が渡り廊下に響き渡る。その悲痛な声が月日の心の何かを劈いた。
次の一瞬、手を伸ばした茶色パーマは渡り廊下の向かいの壁に叩き付けられていた。
「な、何だ?」金髪メリケンサックが後ろを振り返る。呻き声をあげながら起き上がる茶色パーマ。自分に何が起こったのか全く分からないといった顔つきだ。
「てめぇ何しやがった」赤髪ロン毛が月日の胸倉を掴んだ。拳を振り上げて月日の膨れ上がった顔を睨みつける。が、彼の動きはそこで止まった。
月日の腫れ上がった瞼の隙間から、細く薄っすらとした二日月のような金色の眼が赤髪ロン毛を見返していた。彼はその眼を見て凍り付いたのだ。
「何やってんだ! ぶん殴んのってなこうやんだ!」と赤髪ロン毛を突き飛ばし、代わりに金髪メリケンサックが月日の胸倉を掴んで、思い切り月日の顔面にメリケンサックを打ち込んだ。
「うぎゃぁぁあぁぁ」その悲鳴は殴られた月日のものではなかった。殴り掛かった金髪メリケンサックが苦痛に歪んだ情けない悲鳴を上げていた。彼のメリケンサックの先端は、交通事故に遭った車のバンパーよろしくひしゃげ、彼の指に食い込んでいたのだ。
「な、なんなんだこいつは!」「こんな話聞いてねぇぞ!」その場に腰を抜かした三人は、口々に喚きたて、尻を通路に擦りながら腕だけで月日から逃れようともがいた。
「消え失せろ」口があまり開かないのでくぐもってはいたが、月日のその声音は三人を震え上がらせるには十分だった。
三人は奇声とも悲鳴ともつかぬ叫び声をあげながら、悪夢から逃れようとする者のように這いつくばって、普通科玄関のある中庭の方へと逃げて行った。今更ながら月日は、彼らが下履きを履いていたことに気付く。今更どうでもよいことなのだが。
「痛ってぇなぁ……」三人の姿が見えなくなると、月日はぼそっと呟き、その場に座りこんだ。
「月日さん!」「旦那様!」まどかと百夜とかくやはその場に膝をついてそっと月日の身体に触れた。パニック状態が冷めやらぬまま、皆どうしてよいのか分からなくなっていたのだ。
ただまどかだけは、月日に触れるとすぐに冷静さを取り戻した。彼女はスカートのポケットからハンカチを取り出し、月日の腫れあがった頬にそっとあてがった。どうやら血は既に止まっているようだ。ことバイオレンスにかけては、慣れているわけではないが、場数だけは踏んでいる。本人はそんな場面に慣れたくも遭いたくもないのだが、危険が向こうからやって来るのだ。こんなショッキングな出来事のすぐ後でさえ、初期的処置を施すために体がごく自然に動いていた。
「ありがとうございます、月日さん……」涙を流しているまどかのその声は震えていた。恐怖と安堵とそして痛々しいほどに傷ついた月日のために。
百夜もかくやも、まどかと同じように震えながら、ぽろぽろと涙を流していた。
「は、早くお医者様に診ていただかなければ……」はっと気が付いて、かくやが慌てて立ち上がる。が、どちらに行けばよいのか分からず、ただおろおろするばかりだ。
「ぼくは大丈夫だよ」いつもの力ない、にへらとした笑顔を作ったつもりではいたが、腫れ上がった顔ではうまくできない。月日の顔は絵に描いたような、殴られ顔なのだ。しかし、そのぼこぼこの顔から覗く彼の瞳の色はまだ黄金の月の色を湛えていた。
「きれい……」かくやから感嘆が漏れる。
「月を抱きし君……。やはりあなた様はわたくしの夫となる方です」彼女は無傷な月日の手を取って慈しむように自分の頬に押し当てた。
「今はよしてよ、そういうの……」またしても不格好な笑みを作る。本人は眉一つ動かすだけでも激痛が走っていたのだが、月日は彼女たちを心配させまいと無理やり笑みを作っていた。
「君たちはもう帰ったほうがいい。上層教育科ならここより安全だ」
「でも……」月日を案じるかくや。
「心配してくれてありがとう。でも、この程度の傷ならすぐに治るから」
「承知しました、月日さん」涙を拭きながらまどかは月日の言葉に従った。
「かくやさん、百夜ちゃん、上層教育科へ戻りましょう。夫の言いつけを守るのも妻の役目ですよ」
「でも……」百夜はまどかの言葉に頷き立ち上がったが、かくやはまだ月日の手を離せずにいた。
「月日さんは、本当は凄いんですよ。銃弾も跳ね返すんですから」まどかはぎこちない微笑をかくやに作って見せた。自分たちがここにいることで、月日を心配させていることになると悟ったのだ。
「すまねぇ。てこずった」今更ながら、ハジメが面目なさそうに戻ってきた。屈みこんで月日の片腕を自分の肩に掛ける。
「なんですか今頃」かくやは抗議がましいくハジメを見やる。
「あの女の子は大丈夫だったか?」ハジメの肩を借りて月日は立ち上がりながら、ピンクのカーディガン女子を気遣った。それはハジメにも戻れない理由があったことを、かくやにそれとなく知らせるためだ。
「ああ、なんとかな……」ハジメは歯切れ悪く答えた。月日が自分を庇ってくれたことに、少しばかり後ろめたさを感じたからだ。そもそもハジメの方から月日の許を離れてピンクのカーディガン女子に近づいて行ったのだから言い訳のしようもない。
「僕はハジメと一緒に戻るよ。君たちも早く戻ったほうがいい。五限はとっくに始まってるからね」
「畏まりました。月日さん。さあ、参りましょう、かくやさん」百夜は月日の意を汲み、かくやに反論の間を与えず、戻るように促す。百夜のその言葉にかくやは頷かざるを得ず、不承不承ではあったが百夜に従った。三人は月日に一礼すると、上層教育科棟へ向かって歩き出した。
月日とハジメは彼女たちが上層教育科棟に姿を消すまで見届けていた。
「……で、ピンクの彼女は、ハジメのハーレム女子の一人なのか?」
月日たちも普通科棟に向かって歩き始めた。
「わからん。が、たぶんそうなんだろうな。でも、そのハーレム女子ってのはよしてくれ。彼女たちに失礼だ。せめてガールフレンドと呼んでくれ」ハジメは至って普通に月日と会話していた。月日の怪我など全く意に介していない。この程度の怪我は月日にとって怪我のうちに入っていないことを知っているのだ。
「それで、彼女は?」月日はハジメの肩から腕を下ろした。もう一人で歩けるということだ。
「奴らに見つかる前にそっと教室棟へ返した。しがみつかれて大変だったけどな」やれやれとハジメは首を振った。
「彼女にも怖い目に合わせてしまったのかな」月日は俯き、関係のない人を巻き込んでしまったことを気にしている。
「まぁ、多少なりとはな……こればっかりは、俺らの宿命みたいなもんだから、どうにもならん。俺らに近づく者にも同じような災難が降りかかっちまう」ハジメはこめかみに手を当てて眉に皺を寄せた。口ではそう言ってはいるが、ハジメも少なからずピンクの彼女のことを気に掛けてはいるのだ。
「それよりもむしろ俺はお前に引き寄せられちまった彼女たちの方に同情するよ。俺のガールフレンドたちはただのお友達の付き合いに過ぎないが、お前のは別だ。運命、宿命、縁、なんでもいいが、かくやさんの言っていたことが的を射ている。お前たちの絆は精霊のお墨付きが付いた特別製だ。ちょっとやそっとじゃ外れやしねぇ」腕組みをしてハジメは首を振り振りため息を吐く。
「どうも、そのようだね……」月日は更に項垂れて、どうしようといった態だ。
「それよりも、ちと気になったんだが、どうして彼女たちは襲われたんだ?」
「どゆこと?」俯いていた顔をあげて、驚いたように月日はハジメを見た。いつの間にか顔の表情が分かるほどに月日の傷は癒えている。
「いや、奴ら普通科だぞ。普通科の奴が女子とはいえ上層教育科の生徒を襲ったりするか? 声を掛けるだけでもビビってんのに、いちゃもん付けるなんて考えられねぇ。たとえクズでもそれくらいはわきまえている」
「そう言われてみれば……そうだね……」月日は立ち止まって顎に手を当て、中空に目をさまよわせた。
言われてみれば、全くその通りだ。百夜の時もまどかの時もそしてかくやの時でさえ普通科の連中は、触らぬ神に祟りなしとばかりに彼女たちから離れた。興味はあれど近づくことも、文句すら言うことができなかったのだ。
例え奴らがその道の舎弟か息子かにしろ、その上にいる幹部クラスの子女は上層教育科にいると思っていい。無差別に上層教育科の生徒を襲えば、所属する幹部もしくはそれに類する者の子女にあたる可能性は決して低くはない。そんなリスクを果たして負うだろうか。
今回の襲撃において、月日は何らかの明確な意思が働いていることを感じずにはいられなかった。
「なぁハジメ。これもまたレッドタイドか誰かの仕掛けた罠なのかな?」
「わからんが、確かに変な意図を感じるな……」
二人は普通科特別棟の廊下の真ん中で立ち、あれこれと思案を巡らせていた。
もう五時限目は半ばを過ぎようとしていた。




