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第二話    出会うこと再び?(二)

 ネズミ返しが付いた長く分厚い、まるで城壁のような赤レンガの壁の行く先に校門があった。赤レンガの壁には数十メートルおきに防犯カメラが据え付けてあるが、四隅と各校門のところにあるものを除いて、すべてのカメラは内側を向いていた。まるで内部の人間を警戒しているかのようだ。


 門の両脇に二人、肩から金の(モー)()を付けた臙脂(えんじ)の制服を着た守衛が立っていた。これでライフル銃でも携えていたら、どこかの宮殿の衛士ようだ。その衛士風な雰囲気を更に書き立てる、瀟洒(しょうしゃ)な作りの門構えは見る者を圧倒する。華美過ぎずさりとて殺風景でもない、無駄のない美しさがその門にはあった。


 門を抜けると三百メートルほどのポプラの並木道があり、白亜の殿堂のような上層教育科の校舎に設置された車寄せに向かっている。車寄せはロータリー状になっており大型バスが三台は止まれるスペースがある。ロータリーの真ん中には噴水があるが、季節柄、今は水の吹き出しは行っておらず、ただちょろちょろと水が流れ出ているだけだ。


 この噴水は一流デザイナーになった卒業生が作ったそうだ。ギザギザのいかにも固そうな白い幾何学的なオブジェで、流れ出る水が人工的な窪みに流れてゆく様をカオスに見立てているのだという。作者の意図はどうあれ、流れ出た水は花壇に行き渡るようになっていた。花壇は、片側二車線の車道の真ん中の中央分離帯にあり、そこに噴水からの水路が通っていて、季節ごとに色とりどりの花々が道路に彩を添えていた。残念ながら今の季節はなにも咲いてはなかった。


 ふと、月日は人の気配を感じて立ち止まり振り返る。誰もいない。人の気配を感じたような気がしたが気のせいだったようだ。


 月日が壁と同じ赤レンガでできた歩道を、再びとぼとぼと歩き始めた。せっかく綺麗な歩道なのだから、みんな歩いて来ればいいのにと月日は思うのだが、次から次へと登校してくる送迎の車が彼の気持ちなど知ったことかとばかりに追い抜いてゆく。

 黒塗りの厳つい高級車もあれば、イタリア製のオープントップのスポーツモデルまである。中にはロールスの痛車まで混ざっている。いったいあの高級車にそんなことをしてしまうのは、どういう神経をしているのか、金持ちの気持ちはわからん、とばかりに月日は唇を尖らせてふん、と鼻を鳴らした。


 朝の風物詩として、ある一定の時間-始業時刻が迫るころ、車寄せはちょっとした渋滞に陥る。

 そのため途中で降りしまう生徒もいれば、ちゃんと降車場まで行ってから降りる生徒もいた。前者はほぼ男子で、後者は女子なのだが、まったく富裕層と言っても育ちが知れるというものだ。せめてそれくらいのエチケットは守ろう。遅刻寸前に到着するようなスケジュールをしているからこう事態を引き起こすのだ。もっと時間に余裕をもって登校すればいい。

 などと上から目線で月日は思ってみたが、自分を顧みるに同じことをやっていることに気付いた。人の心配をしている場合ではない。


 車で登校している生徒はほぼ上層教育科の生徒だ。中には場違いのようにファミリーカーが見受けられる。普通科の生徒だ。親の出社のついでに乗せてきてもらっているのだろう。本来、普通科の車寄せは裏門から入るようになっているのだが、幹線道路からのアクセスが悪いので、正門を使用している者も多い。


 上層教育科の中に普通科の生徒が混じっていてもすぐに見分けがつく。

 上層教育科の制服は、同じ黒の学ランでも詰襟の縁に五ミリほどの幅で金糸の刺繍がライン状に施してあり、五つボタンではなく七つボタンになっていた。しかも同じ金ボタンでも普通科は真鍮製だが、上層教育科は二十四金の蒔絵だ。しかも高盛蒔絵という手法で校章が立体的に浮き出るように作られている。袖には二本の金糸のラインと五つの袖ボタンが付いており、後ろからでも袖と襟を見れば違いは一目瞭然だ。


 女子は黒のセーラー服に同じく金糸で縫われたラインが三本襟を一巡しており、シルク製の真紅のスカーフタイをしている。スカーフ止めには校章が同じく金糸で刺繍されていた。普通科女子は金糸の刺繍部分すべてが白い刺繍に変更されており、襟のラインも三本から二本になっている。スカーフタイも淡い桜色だ。


 どちらが良いのかは本人の趣向の問題だが、ここでも上層教育科と普通科の差別化が図られていた。上層教育科の生徒が桜色のスカーフタイをしていても問題ないが、普通科の生徒が真紅のスカーフタイをするのは校則に抵触する。特に処分されるようなことはないが、口頭で注意を受け、その場で外させられ、後日着払いの郵送で返却される。まったくもって不平等で不条理はあるが、それを承知していて入学してくるのだから文句の言いようもない。


 因みに芸術芸能体育科には制服はなく、学校指定のジャージか私服であるが、必ず見える場所に七宝焼でできた1インチ大の校章のバッヂを身に付けなければならなかった。

 余談ではあるが、統月学園の(エン)(ブレム)は、斜めに傾いだ上弦の月に、それぞれの科を現したペンが三つ、矢のように直角に添えられているデザインだ。


 私服も認められた芸体科ではあったが、上層教育科の制服を無断で着ると生徒指導室送りの刑に処せられた。上層科以外の生徒が着用を認められる例外的な場合としては、学園祭などの祭事などの決まった使用で、かつ正当な理由で申請があったときだけだ。


 実のところ、これらの処置は上層教育科のPTAに対する大人の配慮で、ほかの科と一線を画しているというステータスシンボルを知らしめるだけのために行われていた。差別化は売り物になるということである。

 しかし、大人たちがそんなことをしていれば、当然生徒たちも制服に意味を見出してくるのはごく自然なことだ。彼ら自身も自分たちの制服に優越感を見出すのは至極当たり前の流れである。意図せず結果的に、選民意識のみが肥大した者と、帝王学がなんたるかを学べる人間に篩い分けられるのである。


 月日は鼻で溜息をつくと、通り過ぎる送迎車を眺めながら、なかなか玄関に到達しない広大な敷地に辟易としてきた。

 ポプラの並木道を外れ左のグラウンドへ向かう。普通科の校舎は上層教育科の敷地の向こう側にあり、正門からでは見ることはできない。まるで隠しているかのようだ。


 (ノイシ)白鳥(ュヴァンシュ)(タイン)城のような白亜の上層教育科棟を視界の端にとらえつつ、上層科のグラウンドを横切って盛土の階段を上って金網のフェンスにある扉から普通科の敷地に入る。クリーム色をしたやや温かみのある色合いの普通科棟にたどり着いた。

 雨が降ったら正規のルートを通らざるを得ないのでcの長さで済む距離をaとbを足した距離を歩かされることになる。

 なんで大学のように別の敷地に作ってくれなかったのかと、毎日のように恨み節を呟く月日であった。


 この学園の敷地はいわゆる某ドーム球場換算で約二十個分以上の広さがある。それほどの大きさを持っているにもかかわらず学園には基本的に正門と裏門しかない。別途学園専用の懸垂式モノレールの盲腸線としての駅があり、それが三つ目の出入り口になっている。


 セキュリティ上の問題からなのだろうが、この広大な敷地に入るには三か所しか入り口がないのだ。月日からすれば、もっと多く門を用意してくれてもいいじゃないかという愚痴しか出てこない。


 学校の施設には初等部、中等部、高等部があり、それぞれが独立したグラウンドと体育館そしてプールを備えていた。高等部のみ上層科と芸体科が共用で、陸連が定める第一種の四百メートルトラックを擁するグラウンドがあり、体育館はバスケットボールコート四面、バレーボールコート二面を同時にセットできる広さを持ち、高等部全員が入れる観覧席が用意されている。もはや体育館というよりスタジアムの趣に近い。


 ほか、年間使えるスケートリンク、アーティスティックスイミングも兼ねることのできる水連規定の五十メートルプール、高飛び込み用プールに加え、野球場、サッカー場、テニスコート八面、柔道場、相撲道場、ボクシングリング、弓道場、アーチェリーおよび射撃場などが独立して設備されている。


 ほかに共用スペースとして学生寮、多目的ホール、講堂、大型バス三台でも停まれる大きさの車寄せ、一千台収容可能な立体駐車場、屋根付き駐輪場、小川に公園までも完備されていた。しかし、これらの設備は上層科と芸体科の物であり、普通科は普通のグラウンドと体育館と二十五メートルプールしか与えられていない。


 カチャリと金網の扉を閉めたとき、モノレールが駅に停車したのが校舎と校舎の隙間から見えた。遅刻ラインの最終列車だ。あの列車に乗り遅れたら遅刻は免れないだろうなとか思いつつ、月日は普通科の玄関に向った。


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