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第十九話   りむじん いむぱっせぼぅII?

 五時限目と六時限目の休み時間も、まどかはかくやからの追及を何とか逃れることができ、ようやく放課後となった。


「あの……」再びかくやが、まどかに声を掛けてきた。


「ごめんなさい、かくやさん。わたくし急ぎの用がありまして、すぐに帰らなければなりませんので、お話は、また明日ということで、今日は失礼させていただきます。では、皆さんごきげんよう」まどかは一方的に早口でまくし立てると、教室から遁走するように百夜と出て行った。


 まどかはかくやに対して少し後ろめたさを感じて、心がチクりと痛んだが、明日きちんと謝ればいいと自分に言い聞かせた。今はそれどころではないのだ。



 車寄せにリムジンを早めに呼び出しておいた。すでに車の扉の前に、月日とハジメが立って待っている。


「お二人とも早く乗ってください」そう月日とハジメに呼びかけるまどかは、若干早足になっている。上層教育科の淑女たるもの、体育館が爆発でもしなければ、嗜みを忘れて走ることなどしてはいけないのだ。とは言うものの、昼休みに彼女たちは普通科との渡り廊下で制服を振り乱して猛ダッシュしているのだが……。


「それはできないよ、蒼月さん」と、月日の方からまどかに駆け寄った。


「護衛対象より先に車に乗ることなんかできないよ」


 ふと二人の目が合う。ぼっという音が聞こえそうなほど瞬時に二人は顔を赤らめて、ぎこちなく顔を背けた。


「わ、わかっております……」


 やれやれといった表情で、ハジメは車の乗り口に手を添えて頭がぶつからないようにガードしつつ、まどかと百夜を乗り込むよう促した。彼女たちとハジメが乗り込んだあと、月日はいつものようにあたりの様子を窺ってから乗車した。最後にボディーガードが乗り込む。


 扉が閉まると、車内は妙な緊張感を持った静寂に満たされた。いざ顔を合わせてみれば、誰も自分から口火を切ることができなくなっていたのである。


「では発車いたします」滝川筆頭執事のアナウンスが、車内に充満した静寂を破った。


「お、お願いします!」まどかは操作パネルを押し間違えるほど慌てたが、アナウンスのおかげで皆の緊張が解けたようだった。もしかすると、滝川が車内の様子を窺っていたのかもしれない。


「び、百夜ちゃん」最初に口を開いたのはまどかだった。腰をずらして、隣の百夜に向き直る。


「お昼休みに示申齋(じしんさい)様からお話を伺いました……」赤面してはいるが、声のトーンは平常だ。


「いったいどのようなお話をなさったのでしょうか? まどか様」百夜は慌てるともなしに、まどかを見返す。


「太神さんのお嫁さん探しを手伝っていたそうですね」


「ばれてしまいましたか……」と、百夜は軽く頷くと肩を落とした。


「はい、その通りです。それが太神さんにボディーガードになってもらうための条件でしたので」目を閉じて百夜は静かに答えた。


「誰にするつもりだったの?」


「わたくし……」「だめよ!」ゆっくりと口を開いた百夜の言葉をまどかが慌てて遮る。ハッとして我に返ると、まどかは決まりが悪そうに、目をパチパチとしばたたかせながら百夜から視線を逸らした。


「百夜ちゃんがいなくなったら困るもの」まどかはそのまま視線を合わせることなく、言葉を取って付けた。確かにその言葉は本意の一部ではあったのだろう。しかし、本人も気づいていないが、まどかの内心は違うことを言いたがっていたのだ。


「ありがとうございます、まどか様」にっこりと百夜は視線を逸らしたままのまどかに微笑みかけた。


「でも、わたくしが候補と思ったのはわたくしではありません。正直、わたくしでもよかったのですが……」と、言葉を切ってまどかを見る。まどかは自分の気持ちを持て余しているかのように落ち着かない様子だ。


「あの雪の夜の事件のことだけでも十分な理由なのですが、まどか様の身代わりとして捕らえられていたわたくしを助け出してくださったあの事件のこともあり、わたくしは、まどか様のナイトに相応しいのは太神さんしかいないと確信しました。ですので、もしわたくしが太神さんのお嫁さん候補を推薦するとしたら、まどか様をおいて他にはおりません」百夜はまどかの瞳をまっすぐに見据えてそう宣言した。


「百夜ちゃん……ありがとう。でも、そんな単純な話ではないの……」軽く握った右手を唇に当てて、まどかは立つ瀬がないといった表情で、百夜を見返した。


「えぇっと、なんか変なことに巻き込んじゃってゴメン。僕は、そのそんなつもりで護衛を引き受けたわけじゃなくて……」月日は決まりが悪そうに、二人の会話に割り込んだ。自分の嫁探しの話を目の前でされているのだから仕方がない。赤面した頭をひたすらペコペコしている。


「おい、いったい屋上で何があったんだ?」呆れた顔つきで、ハジメが月日に訊いた。


「う……」ハジメのその質問で月日とまどかは、二人して固まってしまう。


「いったい何なんだ? 何があった?」片眉を上げて再度ハジメは訊き直した。


「……じ、実は、僕のお嫁さん探しは如月さんだけに頼んでいたわけじゃないらしいんだ」心持ち姿勢を正すと、月日はそう言った。


「んなこた知ってっよ。俺もジジイに頼まれていたからな」


「えぇっ! そうなの……」と、月日は絶句する。


「この調子だと、誰かれ構わず婚約者を乱発してんじゃねぇのか。はぁ」苦虫を噛み潰したような顔でハジメはため息をついた。


「俺が、どれだけ必死こいて探していたと思ってやがんだ」


「そんなに……ハジメが、必死になって?」女の子のこと以外は、チャランポランだとばかり思っていたハジメが、自分のために必死になってくれている。そう思っただけで月日はハジメの言葉に少し心を揺さぶられた。


「いや、それほどでもない。ちょっと、言ってみたかっただけだ」


「なんだよ。一瞬感動しそうになったじゃないか!」僕のピュアハートを返せと言わんばかりに月日は声を張り上げた。


「でも探していたことは探していたぞ。適当にだけど。んで、まだ見つけてねぇ」


「だよね」やれやれと月日は首を振った。


「問題はそこじゃないだろ」


「う……」


「その、月見乃だったけ……も、同じように太神を抱き込みたいから、娘を人身御供にでもしたんじゃないか」


「たぶんそうだと思う」と、月日は真剣な顔つきになり、皆を見やった。


「爺様が言ってた『嫁は何人いてもよい』って。『里はこの国の法律の外にあるから問題ない』んだって」月日は少し申し訳なさそうな顔をしてまどかを見る。その視線に気付いて頷くまどか。彼女もその場で月日と共に示申齋の言葉を聞いているのだ。


「でも、お嫁さんは誰でもいいというわけではないらしいんだ。確か爺様は『嫁になるのは精霊との(えにし)が結ばれた者しかなれない』とも言っていた。それで、これからも『お前の周りには、精霊の縁に導かれた女性たちが集まってくるだろう』って……」


「なんか、預言めいているな」


「わたくしには、容姿、家柄は問わず、ただ太神さんだけを受け入れ、獣憑きであっても添い遂げてくれる者、と仰っておりました」百夜は月日とハジメを交互に見やりながら示申齋からの条件を話した。


「たぶん、獣憑きでも添い遂げてくれる者ってのが、精霊との縁が結ばれた者になるんだろう。普通あんなバケモノの嫁になりたいと思うやつはいない」ハジメは顎に手を当てて、何の気なしに考えを口にしてから、ハッとすると「ああ、蒼月さんを悪く言ったつもりではないからね」と、慌ててまどかを気遣った。


「いえ、わたくしは、太神さんの妻に、なる気はありません、から。お気遣いなく……」そう言うまどかの活舌はぎこちなく、目は泳いでいた。明らかに動揺している。


「申し訳ございませんでした、まどか様。わたくしはもっと自然に太神さんと接して、ゆっくりと心を開いていただこうと思っていたのですが、こんな事態になってしまいまして……」生焼けの料理は生よりたちが悪い、と百夜の頭の中にそんなフレーズがよぎった。まだフィクサー気取りなのかと、百夜は目を閉じ軽く頭を振ってその考えを振り払う。


「やはりわたくしは策士になど向いてはいませんね」と、困り顔をしてから、百夜はまどかに頭を下げた。


「今日、百夜ちゃんが変なことばかり言っていたのは、そのせいだったの?」


「はい。わたくしも少し前のめりになっていたようです。ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした」


「百夜ちゃん。さっきから謝ってばかり」まどかはぎこちなく微笑みを浮かべた。


「そうですね。もし太神さんがわたくしたちを見分けられなかったら、まどか様に成りすまして、もっと積極的なアプローチを仕掛けようかとも思っておりましたが……」


「百夜ちゃん!」


「冗談です」泡を食ったようなまどかを百夜は軽い口調で受け流した。


「でも、まどか様。どうか、ご自分の本当のお気持ちだけは、ちゃんと見定めてくださいませ」百夜は居住まいを正し、まどかを真正面から真剣な表情で見据えた。


「百夜ちゃん……?」百夜は何を言わんとしているのだろう。まどかは唐突に真剣な態度をとった百夜に戸惑った。


「月見乃さんが、あの自己紹介をされたとき、まどか様はどう思われたのですか? どうお感じになりましたか?」


「わたくしは……あのとき、なぜでしょう、少なからずショックを覚えました……」まどかはあのときの状況を思い出しながら言葉を紡ぎ出していた。


「なぜショックを覚えられたのでしょう? 他の皆さんは驚いてはおりましたが、ショックを受けるほどの話ではないはずです。上層教育科では許嫁の話など珍しくもありませんから」


「そう、ですね……わたくし、どうしてでしょう……」まどかの戸惑いがより深くなる。


「太神さんのことお嫌いですか?」百夜は、質問の角度を変えてみた。


「えっ!」と、まどかと月日の声が重なる。


「お前は黙ってろ」と、ハジメは月日の口を押えて「気にせず続けて」と二人を促した。


「お嫌いですか?」と再度訊きなおす。真剣な眼差しで百夜はまどかを見つめている。


「初めてお会いしたときは、本当にショックで……嫌悪というより、恐怖を感じただけで、それ以外の感情はなかったわ」


「今でも怖いですか?」


「ほんの少し……」


「だよね……」まどかの躊躇いがちの言葉に、月日はにへらっと緩い苦笑を浮かべるとそのまま項垂(うなだ)れた。


「で、でも、レッドタイド事件の折、わたくしは如月百夜として太神さんを見てまいりました。太神さんは、本当に一生懸命で、命がけで百夜ちゃんを、いえ、わたくしを助けようとしてくれました。とても……とても嬉しかったです」まどかは引き寄せられるように、我知らず視線を月日に移していた。月日と視線が重なり、どきりと鼓動が早くなる。これが世にいう恋というものなのだろうかと、まどかはようやく自分の裡にあるもう一つの感情に気付いた。


「じ、実は、統月学園は太神一門の出会いの場として作られた一面もあって、僕の父さんと母さんが出会ったのも、統月だったらしいんだ」まどかが何かを察したらしい。月日はまどかの表情から彼女の心の変化を感じ取り、唐突に切り出した。まどかの抱いたその感情が、自分に向けられていることに何か気恥ずかしさを感じたからかもしれない。


「でも、とてもロマンティックな話だと思いますよ」百夜は嬉しそうに、まどかと月日を交互に見やった。月日のその言葉が自分への援護射撃と捉えたのだろう。


「父さんは婿養子なんだけどね」月日は月日で、照れ隠しのつもりなのか、いらない情報まで出す始末だ。


「おまえの親父さんが婿養子ってぇのは初耳だが、お前もハーレムルートまっしぐらじゃねぇか」にっと笑った、目下ハーレムルートまっしぐらのハジメに言われると何か腹立たしくなって、月日はハジメをねめつけると「僕はそんなことは望んでない」と、唇を尖らせた。こと男女関係においてはハジメにアドバンテージがあるので、これが月日の精いっぱいの反撃だった。


「では、どのような将来を望んでいらっしゃるでしょうか?」百夜はここぞとばかりに月日に核心を突いてきた。月日の望む未来こそ、まどかの歩む道となる筈なのだから。


 月日は百夜の言葉に戸惑った。よくよく思い返してみれば、将来のことなど何も考えていないことに思い至ったからだ。いつかは里に戻されるのだろうと漠然とは思っていたが、具体的に将来のことなど考えたことなどなかったのである。むしろ、どうせ里に返されるのだからという思い込みから、考えようとすらしていなかったのかもしれない。


 しかし、里に戻るにしても、いつかは伴侶を得て家庭を築かなければならないのだろう。可能性として太神を背負うことになることもありうる。でも、今の自分には家庭を築くことも、太神を継ぐことも想像の範疇をはるかに超えていた。


「ゴメン。将来のことは深く考えていなかった。たぶん如月さんが考えているような答えを今の僕は出せない。蒼月さんが僕に対して持ってくれた気持ちに、今の僕はちゃんと答えられないんだ」と、月日は言葉を切り、まどかを見つめた。


「爺様の言葉は絶対だ。これは権力とか家庭の事情とかそういうニュアンスなものではなくて、自然現象のようなものなんだ。太神の者、太神に関わった者すべてが爺様の、太神示申齋の言葉から逃れられなくなるんだ。だから……」


「まどか様を(めと)れないと?」


「百夜ちゃん!」月日の言葉を引き継いだ百夜の言葉があまりにもストレートすぎて、まどかは思わず立ち上がりそうになった。ガツンとシートベルトのロックが掛かりまどかを座席に引き戻す。


「お話の途中、恐縮でございますが、お屋敷に到着いたしました」いきなりインターフォンから滝川筆頭執事の声が車内に響く。実のところ、車はとうに蒼月邸に到着していたのだ。ボディーガードのインカムからおおよその話は滝川筆頭執事に伝わっており、気を利かせて少し待っていたのだが、これ以上はまどかを追い込むだけだと判断し、話を中断させたのである。


「また、性急になり過ぎました。申し訳ございませんでした」百夜も自分がまた前のめりになっていることに気付いた。


「あ、謝るくらいならもう変なことは言わないで。百夜ちゃん!」


「はい」まどかが怒るというほどでもなく抗議すると、百夜は素直に応じた。


 月日もまどかも、心の中にまだもやもやとしたものが沈殿していたが、今はそれをはっきりさせるには決定的な何かが足らないと思っていた。本当はそんなものはないと知りつつも、心の中にある互いへの好意を認めてしまうことが怖かったのだ。


 今はただ、ゆっくりと互いに近づいてゆきたいと思う月日とまどかだった。


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