第十六話 それからどうした?(第一章終)
作戦は無事成功した。一人、太神月日の心を除いて無事成功した。
ドクター・レッドタイドは取り逃がしたが、獣人の少女は保護され、今では蒼月家でルピィナと名付けられ暮らしている。というよりも、蒼月家の監視下に入っていると言った方が良い。
実のところ如月家が引き取る予定だったのだが、無理を言って蒼月家に居候することになったのだ。無理な理由というのは、蒼月円が妹が欲しいと言ったからである。如月家に引き取られるということは捕虜待遇になるだけなので、それでは忍びないとまどかが駄々をこねたからであった。
……それに関しては僕もまどかと同意見だ。
ルピィナは月日とは違い、勝手に変化することはないようだ。彼女の話によれば、大きな水槽に入れられると変身するのだという。戻るときも同じような水槽に入れさせられるのだとか。いずれにせよ、今の彼女はただの少女でしかない。
……どうしてこの首輪で戻ったのかは、わからないままだけど……。
怒涛のように過ぎ去った事件であったが、軽い心的後遺症を受けた生徒もいたようで上層教育科は学級閉鎖になっているクラスもある。なんにせよ白昼堂々学校を襲うとは大胆不敵を通り越してふざけていると、遠吠一は憤慨していた。
これで国際犯罪シンジケートと事を構えることになってしまった月日たちであったが、いまは普通の日常を楽しんでいた。とはいえ、学校は事件の日から現場検証やらなにやらで、一週間休校になっており、今日が登校初日となっていた。
月日はハジメの家の前に来ており、蒼月邸からの迎えが来るのを二人で待っていた。
「LAEだ」と遠吠一が言った。
「ルピナス・アームズ・エンタープライズ(Lupinus Arms Enterprise)国際兵器会社。いわば死の商人ってやつだ」
「ルピナスだからそれで、彼女の名前がP二十七号からルピィナになったのか……」
「いやそれは違う、彼女の正式名称はHOMO MONSTRI LUPINAだそうだ」
「ホモ?え、なに?」
「ホモー モーンストゥリー ルピーナだ」
「ほももんすたー?」
「そ、そんなこと言っていると、またまどかに嫌われるぞ。でもウケる」笑いを必死にこらえるハジメだった。
「これ以上嫌う人が増えても、僕の心の閾値を越えているので、僕の心はこれ以上傷つきません」
「HOMOはラテン語で人間って意味だ。ホモサピエンスってあるだろあれだよ。賢い人っていう」
「ラテン語なんてわからないよ。英語だってわからないのに、はぁ」
「俺も知らん。お、そろそろ来る時間だな」
「あー、今思い返すと、あのレッドタイドは日本語がとてもうまかったね」
「日本支部長らしいからな。太神を調べるのに必死だったんだろう。日本語は必須だ。あと、天才だしな……どうした急に」
「今日の英語のテストが憂鬱なんだよっていうか、休み明けからテストって何なんだよ!」みるみる顔が青ざめる。
「なるほど。ある意味リスペクトしているわけだ」
「うぅ」と無駄話に花を咲かせていると迎えのワゴン車がやってきた。送迎までリムジンだと仰々しいので、どうせ一度車から降りるのなら、普通の車にしてくれと月日が頼んだのだ。
「おはようございます。滝川さん、竹脇さん」
「おはようございます」ハジメの挨拶に月日が続く。二人は到着したワゴン車に乗り込んだ。
「おはようございます、みなさん」二人の挨拶に滝川筆頭執事が答えた。
「蒼月さんの具合はもう大丈夫なんですか?」
「まどかお嬢様は、お元気でいらっしゃいます。これも皆さんのご尽力のおかげです」
「そ、そんなことは……それより、蒼月さんのクラスの人たちは無事だったんでしょうか?」
「まどかお嬢様のクラスはちょうど移動教室で皆さんは教室におりませんでした。まどかお嬢様は百夜を待たれたために、賊に拉致されてしまわれたわけで……」
「なんかすみません。結果的に百夜さんを引き留めたことになってしまって」
「いいえ、太神さんには感謝の言葉しか見つかりません。百夜が戻っていたとしても、まどかお嬢様は狙われている身です。襲われるときには襲われていたでしょう。太神さんには、二度までもお嬢様のために危険を顧みず体を張っていただいたのですから、本当に感謝しております」
「僕は僕のしなくちゃいけないことをしただけです。感謝されるなんて、なんていうか、もったいないです」
「ほんとにもったいないよな」
「お前には言われたくない!」
そんなやり取りをしているうちに、車は蒼月邸に到着した。月日とハジメは車を降りて、まどかたちが来るのを待った。
ほどなく、玄関の扉が開き、百夜たちが出てきた。なぜかまどかの姿は見えず、代わりに太神姉妹とルピィナまでがいた。彼女は金筋が一本入った黒のセーラー服を着ている。上層教育科初等部の制服だ。
ルピィナは月日を見つけると駆け寄ってきてジャンピングハグをしてきた。
「おー!つきぃひぃ!マイヘズベン」
「えげっ」ルピィナは月日の首に絡み付く。
「な!」「あ!」「「「え!」」」ハジメと百夜と太神三姉妹は驚きの声を一斉にあげた。
「わたしきめた、わたしのヘズベン。つきひ、もっとつよいわたしより!」
「「「離れなさい!ルピィナ!」」」抱き着いたルピィナを引きはがそうとする三姉妹。
「兄さまはわたしのヨメです」いきなりブラコン丸出しの台詞が十六夜から漏れた。
「え!」「うそっ!」朔夜と十五夜が驚いて思わず手を放してしまった。反動で月日とルピィナは余計に密着する。
「つきひぃ!」「わ!やめ……!」
「なんかお約束だな……」ふっとハジメは苦笑した。
「ハジメ!十六夜がおかしくなっちゃった!」慌てる朔夜。
「あ!ちょ、離れて」
「ァラヴュマィスゥィタァ」無理やり唇にキスしようとするのをのけ反りながら引きはがそうともがく月日。
「この子何言ってるのぉぉ?」月日がルピィナの顔を押さえて一生懸命のけ反っている。
「愛してるわ私の愛しの人、と申しておりますわ。月日さん」その声のする方を見やると百夜が立っていた。
「スタップルピィナ、カッヒァラィナゥ」ルピィナは百夜の言葉に頬を膨らませて不満を示すも、月日の隙をついて頬にキスすると、百夜に駆け寄った。
「いったいなんだったんだ?」月日はキスされた頬を手で押さえ、目を白黒させている。
「おはようございます、太神さん、遠吠さん」百夜がルピィナの手を取って月日に近づいてきた。
「……」眉間に皺を寄せ、挨拶をしてきた彼女をねめつける月日。
「どうかなさいまして?」百夜は突然のことに戸惑った。
「君は誰?」
「わたくしは如月百夜ですが……」月日の問いかけに困惑する百夜。
「なるほど、入れ替わったんだ」ハジメは顎と片眉と口角をあげてにやりとする。
「いやわたくしは……」「ダメだよ。月日は見た目では誤魔化せない。それはよく知っているはずだ」百夜の言葉をハジメは遮るように言った。
「……はぁ、やっぱりわかってしまいますのね」そう言うと百夜は肩を落とした。
「正確には『相対的に』わかっている、だけどね」月日は首を振り振り、肩をしゃくった。
「僕が紹介を受けた時点で入れ替わっていたとするならば、今は元に戻ったという言い方もできる。僕は、違いは分かっても、どちらが本物かまでは知らされてないからね。ただ言えるのは、君があの雪の夜に助けた彼女とは違うってことだけ」
「凄いですわ!わたくしはあの日あなたに助けられた蒼月円ではありません。身代わりの如月百夜の方です」
「じゃぁ誘拐されて、人質にされていたのは百夜さんの方だったの?」
「はい。わたくしです」
「なるほど、なんとなくあった違和感はそれだったんだ……」
「どういうことでしょう?」
「まぁ……どうせ……」と言って月日は眼を逸らした。
「嫌われているからいいんだけど……君の匂いが違っていたんだ。人間にはわからない程度の違いだけど」
「さすがですね。シャンプーもボディーソープもみんな同じ物を使用していたのですが体臭だけは嗅ぎ分けられてしまいましたか」
そこへリムジンが到着した。滝川筆頭執事が扉を開けて待っている。
「さぁ参りましょう」
「あれ、じゃあ、本物のまどかさんは?」あたりをきょろきょろと月日は見まわした。
「まどか様は、本日はご本家に戻って、今回の一件のご報告に上がっております」
「他の人に頼めばいいんじゃないの?」
「ご本家からの命令ですので……」そう言った百夜の顔は、少し寂しさが入り混じった困惑の表情をしていた。
「じゃぁ僕たち来なくてもよかったんじゃないの」
「いえいえ、これも警備の一環だと思ってください」というと、彼女はおさげを解き、眼鏡をはずし、付けボクロを取った。蒼月円の一丁上がりだ。
「まどか様の皆勤賞を失くすわけにはまいりませんから」
皆が車に乗り込むと滑るように走り出した。
「相変わらず凄いね君たちは。見た目じゃ判断できないよ」月日はそう言うと感嘆のため息を漏らした。
「そんなことはないと思いますよ。わたくしたちは単なる他人の空似ですから、ちゃんとした違いはあります。今度よくご覧になってくださいね」と百夜はニコッと笑った。
百夜の両脇には当たり前のように十六夜と十五夜、そしてルピィナと朔夜という順番で陣取っていた。いつもまどかの隣に座っている女性ボディーガードは扉の反対側に追いやられている。
「それよりさすがは本物の三つ子ですね、朔夜さんたちの違いを髪型以外で見分けるのはわたくしにはできません」百夜は朔夜を見ながらそう言った。
「外見だけだと難しいね、でも実は違うところがあって……」「だめぇぇぇぇぇっ!」と朔夜が割り込んできた。
「それは先輩に出した宿題なの、だから言っちゃダメなのぉっ!先輩もカンニングはだめ!」
「そ、そうか、わかった……」月日は朔夜の勢いに気圧されて思わず両手を肩のあたりまであげていた。
「でも、なんであの日入れ替わったの?」と月日は再び百夜に向き直る。
「……それは」と言って、百夜は少し困ったような顔を見せた。
「実はあの日、太神の人から電話があったんです」
「電話?」
「はい、すぐに入れ替わるようにと」
「誰からだろう……」
「太神とだけ名乗っておりましたが、おそらくは太神示申齋様かと思います。太神さんたちにスマホをお渡したときに、念のため、連絡先として、わたくしたちの電話番号をお知らせ致しましたので……」
「なるほどね。わざわざ爺様がネ……」少し不満気に月日は呟いた。せっかく内々で話せるとばかり思っていた直通回線に、保護者が入ってきたのだから面白いはずがない。とはいえ、この端末は業務用の端末で、まどかも百夜も業務で使うつもりでしかないのだ。
「入れ替わりのことは、皆さんには内緒だと言われましたもので……敵を騙すにはまず味方からということらしいです。黙っていて申し訳ありませんでした」と、百夜は頭を下げた。
「そんなことないよ。うん、おかげで二人の見分けがつくようになったしね。でも本当に凄いね二人とも。蒼月さんなんてまるで如月さんそのものだったよ」
「普段から、入れ替わった時の練習はしておりましたので、うまく入れ替われたようでよかったです」
「いつも僕を避けて、後ろに隠れている蒼月さんが、僕にちゃんと話しかけてくれるなんて……違和感を忘れていたからすっかり信じちゃったよ」
「まどか様は、いつもはあんなに内気ではありませんよ。役作りの一つであのような態度を取っておりましたが、普通に明るい女の子です。でも、あの日、気絶したのは本当のようでしたし、少しは太神さんのことで、その、トラウマ的なモノは持っているようですが……」
「やっぱり持たれているんだ……」心の閾値がどうのと口先で言ってはいても、やはりそんなことを言われると、月日は落ち込まずにはいられなかった。
「でもあの絵面は、どう見ても変質者の所業だな」横からハジメが会話に割り込んできた。
「なんのことだよ」
「俯瞰して見ていたら、お前、素っ裸の幼女を襲う怪物って感じだったぜ」ニマっと笑う。
「そうですね、ちょっとその……でも太神さんに戻っていなくてよかったです!」百夜は眼を逸らして頬を赤らめた。
「それ、どういうこと?」
「裸の太神さんが裸のルピィナに馬乗りしていたら、それはもう犯罪になってしまいますから!」と赤面して両手で顔を覆った。
「変態バカ兄」「ロリアホ兄」「淫行です兄さま」
「あ……」月日は片方の口角を広げて中途半端な引き攣り顔を作った。ハジメは腹を抱えて大爆笑していたが、当のルピィナはキョトンとして何が面白いのかと月日を見返していた。
そうこうしているうちに車は学校の敷地に入っていった。破損したと思われる体育館の天井にビニールシートが掛けられているのが見えた。白い瀟洒な作りの体育館に青いビニールシートはよく目立つ。
当該教室である一年A組は臨時教室が用意され、教室自体は現在、立ち入り禁止になっているそうだ。
月日たちは上層教育科の車寄せにリムジンから降り立った。
「いゃぁ!」とルピィナの悲鳴が上がった。何事かと月日が振り返ると、滝川筆頭執事が必死にルピィナを車に引き留めている。
「ルピィナも百夜たちと一緒に行く!」
「だめです。ルピィナは初等部に編入するのです。ここではありません」
「そうです、ルピィナ。滝川さんの言うことを聞きなさい」引っ張る滝川筆頭執事と押し込む百夜。
「いゃあ!」
「ルピィナ!」駄々をこねているルピィナに百夜はピシャリと言う。少しびっくりした顔をした後、ルピィナは渋々車の中に戻っていった。百夜が本気であると通じたのだ。
「彼女はこれから初等部に参ります。最初は帰国子女学級からになりますが……」
「へぇ、そうなんだ」月日が振り返ると、リムジンは車寄せから滑り出していった。
……先が思いやられるなぁ。
初等部へと向かう車を見送りながら、月日は帰国子女と言うワードで英語のテストがあることを思い出し、げんなりした。
……先が思いやられるのは僕も同じか……。
「じゃぁ、僕らはここで」
「そうですね、ではごきげんよう」と言って月日は百夜と妹たちと別れた。
「さて、俺たちも行くとすっか」少しのあいだ彼女たちを見送っていた月日に、ハジメが声をかけた。
「そだね……」「つーきーひー」月日がハジメに頷いたとき、彼を呼ぶ声が駆け寄ってきた。
「うぉりゃぁ!」「あがぁ」なんだと思う間もなく、月日は本日二度目のフライングハグを食らった。月日は三美と共に赤レンガの歩道に倒れこむ。
「久しぶりぃ」にまっと笑うと鵜鷺三美は月日にしがみついた。
「あーこの抱き心地、久しぶりぃ」三美はまたしてもランニング姿である。
「なんなんだよ!僕は抱き枕じゃない!汗付けるな!」
「いいじゃぁん。久しぶりのスキンシップ。休校で会えなくて寂しかったんだよぅ」と言って顔を月日の腹に押し付けて来る。
「いーから離れて。人が見ている、人が見てるってば!」月日は必死に引きはがそうとする。車寄せの歩道で倒れこんでいる二人を、上層教育科の生徒たちが、奇異な視線を投げかけながら、次々と登校してくる。
「もう、しょうがないなぁ、テ・レ・や・さん」そう言うが早いか三美はさっと月日から飛び退いた。
「はい」と、言って三美は月日に手を差し出した。その手を月日が掴むとグイっと三美は月日を引き起こす。
「じゃ!」と、言うが早いか、いきなり踵を返して三美は走り去っていった。
「え?」
「早くしないと遅刻しちゃうよ~」と遠くで三美の声が聞こえた。
「な!」あたりをささっと見渡してみる。ハジメの姿はもうない。上層教育科の生徒ばかりだ。
「置いてったなぁ」慌てふためいて月日は普通科棟へと駆けていった。
始業開始の予鈴が全校に鳴り響いている。
こうして再び彼らは普通の日常に戻ってゆき、ひと時の安らぎが訪れた……。
第一章 終
第一章はここまでになります。
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