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第十五話   呉越同舟ってなに?

 時計の針が午後八時を指した。作戦開始の時刻である。


 (ふと)(かみ)月日(つきひ)は一人ディスカバリートランスポーター2の上甲板にいた。案内役の傭兵はいつのまにかどこかに消えてしまった。


 月日は手術着姿で一月の凍える海に浮かぶ、吹きさらしの上甲板にしばらく一人取り残されていた。


 ディスカバリートランスポーター2は左舷側を接岸させていた。その反対の右舷側上甲板の通用扉が開き、強靭そうな護衛二人を引き連れた、白衣姿の逆三角形をしたスキンヘッドの男が姿を現した。背は高いが体躯は痩身なのでマッチ棒のようだと、月日は思った。


「ようこそ太神月日君。わたしはアーネスト=シュミットマット。ドクター・レッドタイドとも呼ばれている」やや猫背の身体の後ろに手をまわし、逆三角形の頭の中央についている、赤みがかった尖った特徴的な鼻を上に向けた。


「……彼女は無事なんだろうな!」


「もちろんだとも」と言って、右足で甲板を二度踏み叩いた。


……やはり彼女は船倉にいる。


「だが、君たちの出方によっては、その保証はない」そう言うと手に握ったスイッチらしきものを月日に見せた。


「彼女に特別製のネックレスをプレゼントした。このボタンを押すととてもきれいな花火が彼女の首周りで花開くのだよ。見てみたいかね。」握っていたスイッチを掌で転がしながら彼は、フフフと小さく笑った。


「なぜ僕なんだ?僕はただの高校生だ」


「ただの、ねぇ……くくく、とぼけても無駄だよ太神月日君。君の正体は分かっているんだ」


「僕の正体っていったいなんのことだ!」


「君は太神一族だ。彼の一族は呪われた狼男の一族なのだ。そして君もその血を引く」


「僕が狼男だって?」


「しらばっくれるならそれでもいい。だが、確かに君は人間ではない。狼男なのだ」


「何を根拠にそんなことがいえるんだ!」変な方向に話が進んでいる。これはいい時間稼ぎになる、と月日は思った。


「きみのDNAを調べさせてもらった」


「ぼくのDNA?」


……いつ取られた?


「きみが人間でいるときの毛髪と、狼男でいるときの唾液から採取したDNAが完全に一致したのだよ」


「それで狼男になれる因子でも見つけたのか!」


「残念ながら、まだそこまで研究は進んでいない。あれだけのサンプルでは不足なのだ。そこで君の血液を分けてもらいたい」


「献血は毎月しているよ。今月分は済ましてしまったので、来月にしてもらえるかな」


「バカな!け、献血だと。狼男の血をばらまいているというのか!」


「ばらまくも何も、僕は、ただの人間だからね」


「ば、ばかな……」絶句しているドクター・レッドタイドに追い打ちをかける。


「何なら献血手帳を持ってこようか」


「ふ、ふざけるな!そんな話があってたまるものか!」


「たまるも、たまらないもないよ、だって本当のことだもん」


……どれくらい、話を引き延ばせばいいんだろうか。


「でも、よかったら僕に狼男の話をしてくれよ。普通の人のDNAとどこが違うのか教えてくれないかな。あ、でもあんまり難しい話はなしね、僕はまだ高校一年生だから教わってないこと言われてもわからないから」


「いいだろう……」レッドタイドの自尊心をくすぐる。この手の人種は教えを請われると、自分の成果を教えずにはいられないのだ。ようは教えたがりなのだ。


 しらざぁおしえてしんぜやしょうとばかりにレッドタイドが口上を述べ始めた。


「DNAとはデオキシリボ核酸という塩基のことで、あらゆる生物に存在している」相づちを打つ月日。


「DNAは生物を構成する設計図でその塩基配列によってさまざまな生物になるのだ」更に頷く月日。ここまではよく聞く話だ。


「わしは狼男が男であることに注目した。なぜ『男』なのかとな」


「ほー」意外とレッドタイドの講義は面白いかもしれないと思った月日だった。が、その考えをすぐに改めることになった。


「男女の違いは四十六本ある染色体のうち、わしは性染色体と呼ばれるXとY染色体に注目した。そして長年の研究と実験によって、ついに狼男に変異する遺伝子要素を発見したのだ!」


「ほー」と、言いながらも、月日は戦慄を覚えずにはいられなかった。実験とはいかなるものなのだろうかと。


「男の欠損したX染色体つまりY染色体にこそ秘密があったのだ。その足りない部分に必要なDNA情報を与えることによって男のみが変身することができることが実験によって解明された。プロトタイプP一号からP十八号までは受精卵の状態で死滅してしまったが、P十八号は細胞分裂の段階で進み、P十九号で胎児、P二十号で嬰児までに育った。そしてP二十一号は成人にまで成長し、変身に成功したのだ!」自分の言葉に酔っているかのように饒舌にレッドタイドはまくしたてた。


「成長ってずいぶん早いんだね」


「培養槽というものがあってな、そこでクローニングした被検体を急速に成長させることができるのだよ」何から何まで気色悪いことこの上なかった。真の意味で命を弄ぶとはこういうことを言うのかと、月日は胸が悪くなった。でも話は続けなければならない。


「で、その人は?狼男がいるのなら会ってみたいな」


「変身後すぐに死んだ。P二十一号はよくやってくれた」その言葉を聞いて月日は眉に皺を寄せた。これではいくらクローン人間とはいえ、使い捨ての道具以下ではないか。


「死んだ原因を突き止めるべくわしは実験を重ねた、そして発想の転換をしたのだ」彼の身振りは彼の興奮に比例して大きくなる。


「どんな転換をしたんだ?」悦に入っているレッドタイドを月日は煽った。


「女だ」


「女?」


「そうだ、そもそも欠損していたY染色体に狼男遺伝子を植え付けたからバランスが崩れ死に至ったのだと。女を使えば欠損したY染色体などなく、完成したX染色体があるではないかとな!」レッドタイドは一人舞台に立っていた。


「それでどうなったの」レッドタイドの話を聞いていて、更に胸が悪くなってきたのをぐっと抑え込んで、月日は相手の話に乗る。


「X染色体の一部を狼男因子の塩基配列に置き換えた。女の方が染色体は安定している。だが、数週間で突然死をしてしまった。検証のため二体の被検体を用意していろいろと試してわかったことは年齢が高すぎるということに思い至った。成人ではだめなのだ」


「年齢が高いとどうなるの?」もはや、月日の言葉はレッドタイドの耳には入っていなかった。


「わしは思ったのだ。クローニングをしたあとの受精卵に変更を加えなければならないのではないかとぉ!」空を仰いで何かに取り憑かれたように両腕を上げる。


「それでだ!」上げた腕をぐっと拳を作って胸元まで下ろすと彼は叫んだ。


「被検体P二十五号の卵子を二つ使って同じ卵子同士で人工授精し新たな受精卵を作ったのだ。十歳程度に成長させP二十六号は変身こそすれ元に戻ることができなかった。復元できなければ意味はないのだ。だから再びP二十五号の人工受精卵を培養し、生まれたのがP二十七号だ。P二十七号は人間の腹を借りて自然分娩させた。あれから九年と半年、人間と共に成長させたのだ!」


「じゃぁこのプロジェクトは十年以上前から動いていたの?」


「そうだ。長い時間をかけたが、実験は実を結んだのだ!P二十七号は変身し、また人間に復元された。だがこの方法では量産化はできん、そこで君の出番というわけなのだよ太神月日君」


「なるほど、インスタント獣人が欲しいわけだね」


「インスタントだなんて失礼なことは思ってはいないよ。合成ダイヤではない本物のダイヤモンドが欲しくなっただけだ」


「本物……ねぇ」と月日は深くため息をついた。


……もういい時間だ。


 月日は人差し指と親指でで銃の形を作り、肩目を瞑ってレッドタイドにむけて、「バンっ!」と、言った。


 間髪を入れずレッドタイドが目を覆い、いきなり狂ったような叫び声をあげた。その隙を逃さず月日はレッドタイド目がけて駆け寄った。体重や体格など感じさせぬほどの素早さだ。一瞬にしてレッドタイドの懐に飛び込むと、彼の手に握られていたリモコンを取り上げた。レッドタイドの護衛の兵士が銃を向けるもレッドタイドが盾になり撃つに撃てない。あたりの兵士が駆け寄ってくる。


 借眼(しゃくがん)されていた月日の視界を十六夜(いざよい)が監視して、十五夜がレッドタイドに(たい)(がん)をかけたのである。何を見ているのかはレッドタイドと十五夜のみぞ知るところだが……。


 と、船体からいくつもの轟音が鳴り響いいた。船橋にも閃光が瞬く。慌てる兵士たち。如月本隊が動き出したのである。


「朔夜!」いつのまにか月日の傍らに朔夜が立っていた。月日は朔夜にリモコンを渡すと、手術服を脱いで全裸になり、首輪を外した。


 間を置かず、ぶわっと変化を果たす。


 朔夜は来た時と同じようにいつのまにか姿を消していた。


 兵士たちが正気に戻った時には、すでに月日は変化を完了していた。


「うだだ(むだだ)、げがごぎだぐだげげばじずがぎぎでおげ(ケガをしたくなければ静かにしておけ)」その言葉が通じたのかは別として、兵士たちは銃撃することもなく、何が起きたのか分からず呆けているレッドタイドを担いで遁走した。


 貨物搬送用の甲板ハッチを朔夜が開ける。半分ほど開けたところで、待っていられぬとばかりに月日は中に飛び込んだ。


 船倉の中では銃撃戦が起こっていた。銃撃戦というよりも、一方的な銃撃だった。まどかが監禁されていると目される管理用事務室の斜め前に、二メートルほどの獣人が立っており、それに向かって発砲しているのだ。


 ダンっと大きな音を立てて月日が船倉に降り立った。すぐに銃撃が止む。発砲していたのはどうやら如月の部隊のようだ。


 それから二呼吸くらいの間が空いた。その間はその場にいる者たちにとって、とても重く長い時間に感じられるものだった。


 先に動いたのは獣人の方だった。船倉を蹴り、一直線に月日に襲いかかる。が、月日はまともに獣人の攻撃を受けた。トラック同士が衝突したような衝撃波が船体を揺さぶる。


 しかし、体格差もありダメージはむしろ攻撃した獣人の方にあったようだ。電信柱に衝突したかのようによろめきながら後退る。


 今度は月日が獣人を押さえつけ、今のうちに円を救出しろと首を振って如月の部隊に知らせる。如月の部隊は頷くと一斉に事務室を包囲し、突入すると、手際よく柱に拘束されていたまどかを救出した。事務室内にはまどか以外、誰もいなかったようだ。


 それを見届けた月日は、一つ頷くと。獣人の頭を持ち船倉の床にたたきつけた。船倉にめり込む獣人の頭。獣人はのっそりと起き上がると頭を振って、立ち上がった。ダメージは効いているようだが、それでもなお獣人は襲い掛かってきたので、月日は相手の頭を掴んで頭突きを食らわせた。ゴンという鈍い音を立ててから、獣人は崩れるようにしてその場に倒れこんだ。


 死んではいないようだったので一安心した月日は、獣人を俯せのまま首を捕まえて馬乗りになった。


 船は全制圧されたようで、気づけば銃声は鳴りやんでいた。


……どうやら終わったみたいだ。


 首の根を抑えた獣人を金色の目で見つめる月日。


……効くかわからないけど。


 月日はほっと一息つくと、自分の首輪を外し、俯せに倒れている獣人に付け替えた。するとみるみる獣人は縮みだし体中の毛が抜け始めた。


……効くんだ。やっぱり太神の何かがこの獣人には使われているのかもしれない。


 と、思っていると船倉の事務室と思しき建物から毛布を掛けられたまどかが百夜に連れられてできたところだった。


 ふと眼がまどかと合う。船倉の搬入ハッチは全開に広がっており、そこから蒼い十三夜の月明かりが煌々と獣人化した月日を照らし出していた。


……え?


 と、月日が思う間もなく、まどかは踵を返し背を向けると、赤面した顔を手で覆って、しゃがみ込んだ。


「何をなさっているんですか!」


「……?」


 ふと下を見れば、一糸まとわぬ、いや、巨大な首輪だけをした幼い少女の姿があった。リムジンの中で見た、あの黒髪のノースリーブの女の子だ。


「バカ兄なにやってのよ!」


「アホ兄自分の姿を見るがいいわ、(たい)(がん)!」


 次女十五夜の見た自分の姿はちょっとばかり衝撃的だった。


 裸の幼い少女の上に馬乗りになっているバケモノがそこにいるのだ。実際には少女は小さすぎて馬乗りになどなっていないが、見る角度によっては馬乗りになっているようにしか見えない。


「もう知りません!」


「るぅおぉぉぉぉおおぉん(誤解だよ~)」と蒼い月に吠えたところで、彼女は答えてはくれなかった。


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