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第十三話   机上敵は気丈なの?

 滝川部長が運転する車が静かに地下駐車場に停車した。黒いワゴン車のスライドドアが開くと太神三姉妹が降り立った。三人おそろいの長めのチュニックとパンツにブーツという装いで、例によって(さく)()は前髪を左分けにし、長い髪を三つ編みにして流しており、十五夜は三つ編みを二つ作って頭に巻き、変わらず前髪は中分けだ。そして、十六夜(いざよい)はストレートのままで両脇の髪を後ろでまとめ前髪は右分けにしていた。


 助手席からは遠吠(とおぼえ)(はじめ)がなぜか如月セキュリティーサービスの作業服姿で降り立った。そして、三姉妹の後から丸い体に手足の付いた(ふと)(かみ)月日(つきひ)がこちらも、なぜか新しい、体に合った入院服姿で現れた。痩身用のサイズでは今の体格には合わなかったのだろう。もちろん首にはあの巨大な首輪がぶら下がっている。


 滝川は車を止めてくると言って空いている駐車スペースに向った。月日たちは地下駐車場のロビーで滝川を待つ。滝川はいつものいわゆる執事スーツの出で立ちで「お待たせしました」とだけ言って皆を引き連れてエレベーターホールへと向かった。


 エレベーターはすでに来ており、口を開いて彼らを待っていた。皆そのエレベーターに乗り込む。三階のボタンを押すと扉は静かに閉まった。



 社長室の扉がノックされた。


「入れ」と社長 如月(きさらぎ)月山(がっさん)が入室を促す。


「行ったり来たりすまんな」


「「「ほんと人使いが荒いですね」」」太神三姉妹が合唱する。


「初めまして遠吠(おんぼえ)(はじめ)と申します」


「君が太神の眷属の」


「はい、そしてこちらが……」と、言って彼は一歩引きさがった。


(ふと)(がみ)月日(つきひ)です」と、月日は挨拶をした。


「おお、君が太神月日君か……」そう言って月山は握手の手を差し伸べた。その手を取って握手する月日。


「こんな姿ですみません。もしもの場合、服が破れるのは避けたいので……」月日は少し恥ずかしそうに言った。


「この人は変態です」

「この下に、なにも着てません」

「そういう趣味の人なのです」

「お前ら好き勝手なことを!」三姉妹のいつもの悪ふざけに、月日は呆れつつも怒ってみせた。


「今は仕事中なんだからあんまりはしゃぐな!」


「「「はぁあい」」」月日の言葉に三人はペロッと下を出してはにかんだ。


「すみません。お見苦しいところを……」月日は口角をひん曲げながら苦笑まじりに謝罪した。


「いやぁ、なかなか仲睦まじいではないか、いや結構なことだよ」はははと月山の笑い声が後に続く。


「それでは、作戦実行にあたって最終確認を行おうではないか」高笑いの後はいたって真剣な顔つきに戻った。


「特務部長。あれを」


「はっ」と言って如月(きさらぎ)(とも)(かず)が壁のパネルを操作すると壁が開き、黒板大のディスプレイが現れた。次いで窓のシャッターが自動的に閉まる。この部屋の明かりは前面の大型ディスプレイの放つ光だけとなった。


 朋一は端末を操作し、『ディスカバリートランスポーター2』のライブ映像とその隣に船体図を表示させた。


 ディスカバリートランスポーター2の喫水線は水面よりもかなり上に上がっている。空船に近い状態だ。当分は出港しないのか、バラスト水も注水していないようだ。船体図のほうは断面図と三面図が表示されていた。


「この船は現在ルピナス兵器商会がレンタルしている貨物船だ。船員のほとんどは傭兵と予想される。また、太神姉妹の情報により、(そう)(げつ)(まどか)嬢はこの船の船倉の一角に捕らわれていると推測される。残念ながら船倉の正確な情報はないが、図面どおりならこの図のようにごくシンプルな直方体だ」そこで言葉を切り、端末を操作する。


 次にライブ映像に代わって映し出されたのは、男の三面写真だった。おそらく警察に御厄介になった時の映像だろう。背景に身長が分かる線が引かれていた。


「この男はドクター・レッドタイド。本名アーネスト=シュミットマット、今回の事件の首謀者と思われる。あの廃工場に落ちていた薬莢から彼の指紋が検出された。二年前にアメリカの刑務所から脱獄している。それ以来行方が掴めていなかった」


「すみません。この人は誰ですか?というかどんな人なんですか?」


「影の世界では有名人だ。いわゆるマッドサイエンティストで、人間のクローンを作ったとされている」月日の質問に月山が答えた。


「人間のクローン!」


「そのため、学界から追放された。脱獄後、手引きした国際犯罪シンジケートに力を貸しているという情報がある。ノーベル賞ものの科学者であることは間違いないのだが、残念なことに道を外れてしまった。彼の通った後は血の海になるという比喩からレッドタイド、赤潮などと言う二つ名が付いたほどだ」ほーと頷いている月日を見て月山は朋一に頷いた。


「特務部長続けてくれ」


「はっ。今回の事件もクローンに関連する事件かと推測されます」


「なぜそう推測した」


「レッドタイドは人間の太神月日君を要求してきました。それは変化(へんげ)した後では、彼ではどうにもならない事態になっていたことを暗示しています。月日君が必要なら、廃工場で確保できたはずです。しかしそれをしなかった。もしくは、できなかったのです」


「それは言えますね。変化している間は精霊の加護がありますのであらゆる攻撃から身を守ってくれます」と、月日が朋一の言葉を後押しする。


「ではなぜ、君はやられたのかね」不思議そうに月山は白くなった片方の眉毛をあげた。


「自発的に視覚と嗅覚の加護を解いたからです。あの時は真っ暗闇で、嗅覚が頼りでした。視覚と嗅覚の加護を解いて両方とも最大限に鋭敏化させていたんです。加護は守ってもらう力なので、それ自体で感覚を鋭くすることができませんから。視覚も嗅覚も、加護があると、あるところでリミッターが掛ってしまい、感覚が鈍化してしまうんです。それで感覚のリミッターを解除したところで、やられてしまいました」少し、言い訳がましく月日が言った。


「なるほど、それでダメージを受けたわけだね。では君が嗅覚に加護を与えていたらあんなことにはならなかったと」


「はい……」面目なさげに月日は答えた。


「君のせいではないよ。君は最善を尽くしただけだ。敵はそれを見越して襲撃して来ただけなのだから」と、月山は月日を慰めた。


「話を進めてもよろしいでしょうか社長」


「すまん、続けてくれ」


「はっ。彼らの目的は太神月日君自身であると推定されます。おそらくは獣人のクローンコピーでしょう。短絡的な推定ですが、月日君のDNAから獣人化の秘密を見つけ出し、量産するつもりではないかと思われます」


「なるほどな。そして兵器として売りつけるか」


「それはできないと思います」納得している月山に月日が反論した。


「僕の遺伝子は普通の人と代わりません。変化できるのは精霊が宿っているからで、何て言うのか、物理的なものではないからです。献血だってしていますし、それでどこかの誰かが獣人化したなんて聞いたことがありません」


「ではなぜ太神一族のみに精霊が宿るのかね?」


「わかりません、ぼくの経験からでは、子供の時に精霊と契約したから、としか……なぜ契約できたのかは、もう、そうだから……としか言いようがありません。爺様なら知っているかもですけど」


「つまるところわからず、ということだね」


「はい」


「だとすればなおさら、敵は月日君を解剖や人体実験をしてでも秘密を探るつもりでしょう」と朋一が話の後を引き継ぐ。極めて物騒な話ではあるが。


「いまの話が敵に知られていないと仮定すると、敵は血液や体液からでもDNAを採取して太神君のクローンを量産するつもりだろう」


「月日の大量生産なんてぞっとするな」ハジメが身震いする。


「バカ兄がこれ以上増えたら迷惑」

「アホ兄は一人で十分」

「兄さまは世界でたった一人だけです」三人姉妹もハジメの後に続くように口々に言いたいことを言った。


「コホン、君たちが如何に太神君を心配しているのかはよく分かった。それでは話を続けてもいいかな」


「す、すみません」ハジメが頭を下げると、三姉妹もそれに続いて頭を下げた。


「で、だ。太神君には申し訳ないが君には囮になってもらう。我々が蒼月円嬢を救出するまで彼らの言うことに従っていて欲しい。もちろん時間稼ぎをしつつね。よろしいか?」


「はい、わからないフリなんかをしつつ、適当にのらりくらりとしていればいいんですね」


「よろしい」と言って朋一は端末を操作して作戦の概要を映し出した。


 内容は前に月山と話した内容に即したものであった。まず、特務一課が隠密行動で通風孔を使い、船倉と船橋に潜伏する。月日を引き渡し、ある程度数の敵の目を月日に向けさせる。潜伏確認後、特務第二課が船を強襲し各階層の無力化を開始する。特務第三課が退路を確保。第一課が蒼月円を救出し、脱出するというシンプルな作戦だ。しかし、作戦成功のカギになるのは第一課の隠密行動であった。第一課の隠密行動が露見した時点で作戦終了となるからだ。


 仮に甲板上に蒼月円がいた場合、第二第三課はそのまま陽動を実行し、第一課が甲板上の蒼月円を救出するかたちとなる予定だと朋一が説明した。


「結構力ずくなんですね」月日はちょっと拍子抜けした。


「他にいい案でも?」身長差四十センチから見降ろされる。


「ぼくが?なにもありませんよ!何も考えつかない」両手を前に突き出して左右に手を振る月日。


「このままでいきましょう!」と月日は鼻を鳴らして承諾した。


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