第十一話 虎穴に入って墓穴を掘った?(二)
如月百夜は如月本家に向かっていた。
如月本家は飛鳥時代、太神家より派生した一族だ。忍術の開祖とも伝えられ、諜報、暗殺、計略、護衛などの技術を平安時代末期には、体系的な形にしたと影の世界では知られていた。平清盛がこれを利用し平家を勃興させ、栄華を誇ったとも影の世界ではまことしやかに囁かれている。
現在は如月セキュリティーサービスという表看板を持ち、おもに要人のボディーガード、企業などの保安・保守などを行っている。しかし、裏社会においては諜報、計略活動を続けており、暗殺業からは手を引いた代わりに、新たにサイバー部門を創設し、サイバーセキュリティを行うと同時にハッキング、リバースエンジニアリング、クラッキングも行っていた。忍者よろしく同じ会社の人間が敵味方に分かれてサイバー攻防を繰り広げているのだ。
なんにせよ、如月の諜報能力をもってすれば、今回の敵が如何なるものかわかるはずだと百夜は思ったのである。
百夜を乗せたワゴン車は『KSS/如月セキュリティーサービス』という派手すぎず地味すぎない看板を掲げた十階建てのビル前で止まった。
「ありがとうございます滝川執事長」
「さぁ行きたまえ。健闘を祈っているよ」
百夜は事の顛末の報告と、諜報能力の助力を乞いに本家の家業である如月セキュリティーサービスに来たのである。
受け付けでパスを受け取るとゲートを通って三階の社長室に向かった。二階は吹き抜けのため、階段の踊り場のみ存在する。その階段を駆け上がり、百夜は社長室に到着した。
呼吸を整えて扉をノックする。
「入れ」扉越しでくぐもってはいるが、低音のよく通る声が入室するよう促す。
百夜はシルバーの飾り付きのレバー型のドアノブをまわし、扉を押し開く。二十畳ほどの部屋は、オーク材の床とウォールナット材の壁でできており艶やかに光っていた。部屋の中央には六人掛けの応接セットがあり、その奥に社長の執務机があった。
社長、如月月山はノートパソコンから目を離すと、待っていたとばかりに立ち上がった。身長百八十センチを超える巨漢の老人だ。髪こそ白くなってはいるが覇気が体中からみなぎっている。ピンストライプのダブルのスーツを見事に着こなしており、これが今年七十一になる老人とはとても思えなかった。
「お久しぶりです。大叔父様」月山は百夜にとって正確には従祖叔父(祖父の従弟)にあたる。
「挨拶はいい。いま、どういう状況だ。月日君の容体は?」護衛対象のまどかを守れなかったことは部下からの報告で知っているようだ。それと太神月日が倒れたことも。
「太神さんは大丈夫です。痩せてしまわれましたが……。お嬢様の件は申し開きの言葉もありません。ですが、いまは情報が欲しいのです」
「こちらが出せる情報はさほどない。どうやら国際犯罪シンジケートが動いているらしい。ローズ&ラベンダーあたりが濃厚だ」
「国際犯罪シンジケートですか?」
「本体がどこにあるのかはわからんが、こいつらなら白昼堂々行動を起こしても不思議はない、が、目的は蒼月円の誘拐ではないような気がする」
「それはどういうことでしょう?」
「まず、白昼堂々行動を起こしたこと、追尾可能な場所に逃げ込んだこと、太神君が出てくることを予想していたこと、長年こんな商売をしているといろいろと見えてくるんだが、これは太神君目当ての誘拐だとわしは思っておる」立ったまま腕を組むとひじのあたりに百夜の目線がくる。反射的に百夜は一歩後退った。
「ではなぜ、太神さんをそのまま攫って行かなかったんでしょう?」]
「彼らにも、なにか計算違いがあったのかもしれない」
……例えば、気絶すれば人間に戻ると思っていたとか……。
とは口に出しては言わなかったが、百夜は合点がいった。
「……いずれにせよ、彼らは太神君の拉致のミッションに何らかの支障をきたし失敗した。保険のために蒼月円はそのまま拉致していった。と言ったところか」
「ただの営利誘拐ではないんですね……それであんなものを……」
「ああ、彼が握らされていたあのメモのことか」
「はい、あれには半永久的に資金援助をしろと記されていました。お嬢様の命を保証する代わりにお金をよこせと」
「蒼月円の命はとらぬが、返すつもりはないということじゃろう。全くふざけた要求をしてきたものだ」と、その時執務机のスマートフォンが鳴った。スマートフォンをとる月山。
「なんだ………なに!わかった」と、だけ言って通話を切った。
「何かあったのですか?」百夜は心配そうに月山を見上げた。
「奴らからの新しい伝言だ。変化前の太神月日をよこせと言ってきた」
「どいういうことですか?」
「わからん、だが、やはり人間の太神君を要求してきおった。太神家は脅迫には一切屈しないぞ。それどころか太神を敵に回してただで済むと思っているのか。太神家なら太神君諸とも蒼月円と敵を葬ることくらいやりかねん」
「そんな……」
「だいじょうぶだ。太神君がそこのところはなんとかしてくれるだろう。そして、太神家を怒らせたらどうなるか、これで相手も知ることになる。もっとも、知ったとしてその先があるかどうかは知らんがな」と不敵に口角をあげる。
「はい……」まどかのことを案じながら、百夜は頷いた。
「ではわたくしたちはどう動けば……」そう百夜が言いかけたときコンコンとドアをノックする音が響いた。
「入れ」百夜に構わず、月山はドアに向かって言った。
ドアが開くと太神三姉妹が立っていた。
「入れ、とは偉そうですね」「実際社長さんだし」「……どうでもいい」三姉妹は勝手なことを言いながら、社長室に入ってきた。
「こんにちは、太神宗家からの依頼で来ました」と代表して長女の朔夜が月山に向かって挨拶をした。
「うむ。太神からは、こんな、これだけか……」
「これって何ですか」「こんななんて失礼です」「これだから年寄りは……」と、口々に抗議する三姉妹。
「すまん、しかし、年端も行かぬ小学生とは……」
「「「中学三年生!」」」三人の声がハモった。
「これは重ねてすまん……」身長百八十の巨漢が身長百四十センチの少女たちに圧倒されている。
「とりあえず座ろう」と言って、ソファに座るよう促した。体の小さな三姉妹はソファ二人分しか占有していない。
「太神本家がよこしたのは本当に君たちだけなんだな」その問いに三人そろって頷いた。
「如月には囮役をしてほしいと爺様が言っていた」と、朔夜が伝える。
「爺様って示申齋翁か?」
「「「うん」」」三人は同時に頷く。月山は思わぬ大物の名前が出てきて驚いていた。太神示申齋は襲名制なので太神家宗主自体を意味する。そして影の世界で、この名を知らぬ者は誰一人としていないのだ。
「なにか策をもってきたのか?」
「なにもないよ」と次女の十五夜が答える。
「だって爺様、ドッと行ってガッとやってバッと帰って来るってしか言ってないもん。意味わかんない」と三女の十六夜が続ける。
顔を見合わせる月山と百夜。
「とにかくまどかお姉様を助けるわけだから、まずどこにいるのかを知らなきゃいけないの」と、十五夜が切り出す。
「そういえば、お嬢様のスマートフォンの位置情報は?」
「あの、廃工場で壊されていた。真っ二つにねじきれていたそうだ」
「まるでバカ兄ね」
「うん、アホ兄ならそれくらい朝飯前」
「でも兄さまはそんなことはしないわ」感想はまるで三人の会話だ。
「同じような力を持った奴が向こうにいるということか。彼はそれにやられたわけではないんだな」
「バカ兄は嗅覚全開でアンモニアを嗅いだから気絶したって聞いてる」
「ほんとアホよね」
「兄さまがおごっていたのは確か。だけど、あの状況では仕方ない。本当の暗闇ならだれも見れない」
「いずれにしろ、蒼月円を探し出さなくてはならない」月山の言葉に一同は頷いた。
「バカ兄のフォローはうちらがする。如月先輩たちは、そのほかの奴らの相手をしてほしい。普通の人間がバカ兄のフォローなんかできないし、たぶん邪魔してくる奴もたくさんいるだろうから」
「太神君の障害をなるべくうけないようにすればいいんだな」
「はい、お願いします」朔夜の言葉が合図だったかのように三人が頭を下げた。
「いや、こちらの不手際で護衛対象を奪われたのだ。本来ならうちが全責任を負うところなのだ。君たちが来てくれただけでも、太神には感謝している。こちらこそよろしく頼む」
「では、これで、わたしたちは準備がありますので、ここで失礼します。情報が集まり次第、作戦を練りましょう」と長女の朔夜が扉口から言うと社長室の扉を閉めた。




