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第八話    長文メールはお好き?(一)

 翌朝いつもより早く身支度を整え、月日は(まどか)の迎えが来るのを待っていた。約束の時刻にぴったりに迎えがやってきた。例によってパールホワイトのダックスフントのようなリムジンだ。


「よう!」扉が開くとそこには、すでにハジメが乗っていた。単純に送迎のルート上、先にハジメを乗せたほうが、効率が良いからだ。

 ルートは、蒼月邸を出て国道沿いの高層マンション遠吠宅でハジメを拾った後、学校を斜めに挟んで反対側の、学校寄りのボロアパートで月日を拾う。それから改めて蒼月邸に戻ってまどかたちを乗せるのだ。一見無駄にな動きをしているように見えるが、ボディーガードが最後に乗るのでは意味がない。保護対象を乗せる前にボディーガードを乗せる必要があった。当然時間は前倒しになるので、月日はいつもより早く支度を整えていたのである。


 二人は特に話すこともないので、挨拶を交わした後は、黙って座っていた。数分立ったころだろうか、リムジンが信号で止まる。この交差点を曲がれば蒼月邸の敷地の横を通ることになる。玄関まではまだあるが……。


 ふと、月日は人の視線を感じて窓を見やる。信号が青なのに横断歩道の前で渡ることもなくこちらを見ている少女が立っていた。

 年のころは十歳程度だろうか、人形のような白い肌に黒く長いストレートヘアー、くわえて木製サンダルを履き、黒眼がちの大きな眼がこちらを見ていた。視線が合うと、さっと視線を逸らした。

 真冬だというのにノースリーブの黒のチュニックに七分丈のカーキ色のパンツをはいており、これまた黒のチョーカーをしていた。もっと見ようと体をよじらせたが、信号が変わり車は左折して蒼月邸へと向かってしまった。ノースリーブも違和感たっぷりであったが、それよりも彼女の視線に妙な違和感を月日は覚えた。


「どうした?」と訊くハジメに、「何でもない」とだけ答えた。

 初仕事のため気が昂っているのだろうと思った。小さな少女が真冬にノースリーブを着ていたからといって、脅威であると決めつけるのは早計だ。人には主義主張があるし、単純にノースリーブが好きなだけなのかもしれない。ファッションに命を懸けている人は真冬でも季節に沿わないルックスを重視するという。もしかしたらただそれだけなのかもしれない。それに彼女一人で何ができるというのだ。まだ幼い少女ではないか。


 仕事始めで疑心暗鬼に掛かっているのだろう、と月日は少女のことを頭から振り払った。今はもっと集中すべきことがあるのだから。


 車は滑るように蒼月邸の中に入っていった。門から車寄せまで二分ほどかかり、車寄せでリムジンは静かに止まった。邸内の最高時速は基本的に十八キロと決められているそうだ。


 月日たちは車を降りると整列しているメイドたちの端に立って、(そう)(げつ)(まどか)が来るのを待った。ほどなく彼女は百夜とメイドを引き連れて玄関から出てきた。さっと、整列していたメイドたちが頭を下げる。慌てて月日とハジメも頭を下げた。


「おはよう、蒼月さん、如月さん」頭をあげて月日が挨拶をすると、まどかは眼を合わせることなく、こくんと頷いてすぐに車に乗り込んでしまった。


「おはようございます、太神さん、遠吠さん」困った顔つきで、まどかの代わりに百夜が挨拶を返す。


「まどか様のことは気になさらないでください。悪気があるわけではないので、ただ自分の気持ちを持て余しているだけですから」


「はあ……」月日は百夜の言っている悪気がないということは理解できたが、もう半分の持てあました気持ちは何なのか理解できなかった。


「さぁ、参りましょう」百夜は、二人を促しながら自らもリムジンに乗り込んだ。


 またも妙な沈黙がリムジン内に充満した。


「く、来るまでに何か不審なことはありましたか?」沈黙を破ろうと、百夜は月日に訊いた。


「特にはないけど、変な女の子を見かけた。この季節にノースリーブの服を着た十歳くらいの女の子だった。あとはないな……」


「そうですか」


「ここらへんに、その……、そういう感じの子がいるのかな?」


「よくわかりません。あまりご近所付き合いがないもので……」百夜が考えを巡らせながら言った。


「それはそうか……」ここら辺の4ブロックが丸々蒼月邸の敷地になっている。

 交通機関から離れた立地とはいえ、首都近郊でこの広さの私邸は驚異的だ。

 蒼月町は一丁目一番地しかなく、四方はすでに違う町名になっているほどに広い。郵便番号だけで手紙が届くのだ。近所付き合いなどなくて当然なのだろう。

 もともとはこの辺一帯が蒼月土地で、新興住宅地を作るために敷地を売却したのだ。その住宅地に新しく入居した者がいちいち蒼月に挨拶しに来るとも思えなかった。自治会長が年に数度挨拶に来る程度の付き合いだ。


「でも、この季節にノースリーブは凄いですね。子供は風の子とは言いますが、わたくしなら凍えてしまいます」


「そうだよね、やっぱり女の子は寒がりだよね」


「一人違うのがいるけどな」そういうハジメの視線の先にタンクトップにランニングパンツ姿の鵜鷺三美が学校の外周をジョギングしていた。


「朝練かな」


「だな」と言っているうちに車は彼女を追い抜いて行った。二人の存在には気づかず、ペースを保ったまま走り続けていた。


「うちの学校の外周ってどんくらいあんだ?」尋ねるとなしにハジメが呟いた。


「約四千二百メートルです。十周するとフルマラソンと同じ長さになるように外周のコースは出来ていたはずです。余りの距離はスタートとゴール用として調整されておりました」黒縁メガネを掛け直す仕草をしながら百夜が即答した。


「よく知ってるな」ハジメが両眉をあげて驚く。


「中等部のとき、体育祭実行委員になった際にわたくしも知りまし……」「到着いたしました」百夜の言葉を遮るように、インターフォンから到着の報告が入る。少しの間をおいて扉が開いた。


「では参りましょう」百夜が月日に向かって促す。


「うん」と答えて月日は車を降りた。いつものレンガ造りの歩道が見えた。こうして車から降りると折角の赤レンガの歩道が何の役にも立っていないのが本当に残念でならかった。


「コホン」とドアを開けている執事が咳払いをして、赤レンガの歩道を見とれている月日に注意を促した。今はまどかの護衛中なのだ。


 辺りを見回すが、到着した学生とその従者くらいしかいないように見えた。オーバル状の車寄せと上層教育科のゲートを見やる。登校中の生徒しかいない。


 上層教育科のゲートとは、ほかの科の生徒及び許可なきものが侵入できないようにするバリケードである。駅の改札口の高性能で強力版だ。生徒手帳に内蔵されているICチップによって識別されるため、生徒手帳を持っていない部外者はもちろん上層教育科でない生徒は中に入ることができない関門である。なので生徒手帳は、身分証明はもちろん食券から通信簿に至る個人情報まで入っている、失くすととても困ったことになる大切なものだ。


 一通り見まわったが、やはり怪しい人物は見当たらなかった。プロのボディーガードも状況クリアーの合図を送っている、月日も彼らに続いて頷き、百夜に合図を送る。百夜はまどかの手を引いて静々と車から降りた。


 と、その時、たたた、と駆け寄る音がして、月日が振り返ると何かが飛び掛かってきた。


「ぎゃは」そのまま地面に押し倒される月日。


「おっはよー月日ぃ」


「何だよ三美」


「こんなところで会えるなんて奇遇だねぇ。あたしは運命を感じるよ」


「いいから離れてくれるかなぁ」


 二人のやり取りを見ていたまどかはプイと二人から顔を背け、すたすたとゲートに向かっていった。慌ててあとを追う百夜。


「ではまた後ほど!」百夜のその声音はなぜか弾んでいた。


 ボディーガードと執事はゲートの前までまどかを送ると車に乗り込んだ。


「なんのつもりだよ三美!」


「なんのつもりもないよ、月日がいたから飛びついただけだよ」


「いいから、離れろ」上層教育科の生徒が見て見ぬふりして通り過ぎる中、二人は路上で揉み合っていた。ようやく三美を引きはがして地面に座りこむ月日。


「なんだか無性に抱き着きたくなったんだよね」


「訳わかんないよ、それより僕をタオル代わりに汗拭いたでしょ」


「たはッばれたか」


「まったく」と言って立ち上がった時にはすでにまどかの姿もリムジンも姿を消していた。


「はぁ」やれやれと言った面持ちで肩を落とす。


「とりあえずまだ早いが、俺たちも教室へ行こうぜ」と、落ち着かな気にハジメが月日を促す。


「もう行っちゃうの、もうひとっ走り一緒に走ろうよ」


「い・や・だ!」そう言うと踵を返して月日とハジメは普通科の教室棟に向かった。


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