第七話 太神一族っておいしいの?【ハジメの回想】
そもそも太神一族がいかなる一族なのか知っているだろうか?
太神は一であり全である。例えるなら、受精卵は一つだが細胞分裂してできた一兆個の人間の身体のどこに受精卵があるかと言えば、すべてが受精卵と言うことになる。太神はそういった概念的なものであると同時に、実態を持った存在でもあるのだ。実態を持った概念。平たく言えば、太神がいなくなれば、この地が滅ぶということだ。砂漠になるのか、プレートに飲み込まれて消滅するのか、すべての火山帯が一斉に噴火し、ありとあらゆるものが火砕流と溶岩に飲み込まれるのか、いずれにしろ生物など全くいない枯れ果てた土地だけが残ることになる。それが太神という存在だった。スケールの大きな座敷童と思ってもらえばいい。実際座敷童なる者は太神の血族に類する分家なのである。
太神の力を窺い知る事件がある。
先代の太神一族の長が慶応年間に身罷った。と同時に国内で内乱が起こり、内乱が収まると外に向かって乱闘を繰り広げた。乱の時代は神歴Anno Domini 1865年から1945年の敗戦まで続いた。北半球の主だった場所で狂気が渦を巻いた時代だった。
現当主十八代 太神示申齋は己の力の無さを恥じ、太神一族をそっと隠遁させた。世俗のことには極力介入せず、あらゆることを人間のみに任せたのである。人間側のインターフェイスとして如月家、鵜鷺家、そして俺の遠吠家と一部のパイプ役を残して。そう、このころから妖怪や鬼は伝説のものとなったのだ。
因みに太神一族の歴史は縄文時代中期(推定七千年前)まで遡ることができる。本家には、太神一族にのみ伝わる太神文字によって石板、木簡、紙と現在に至るまでの系図と略歴が記されている古文書がある。
古文書によれば、百夜の如月一族は飛鳥時代に太神一族の末席が分家したとされている。末席と言っても今では如月一族は太神一門の中間に位置する。太神、後太神、月、如月、鵜鷺、遠吠という序列となる。ほかにも分家がいたようだが、時代の変遷によって衰退してしまったようだ。余談になるが、うちの遠吠家は太神一門ではあるが一族ではなく、太神の臣だ。古文書に載る前から眷属として仕えていたらしい。
三美の鵜鷺家は平安時代末期に如月から分家したことになっている。鵜鷺 杵臼という人物が開祖で如月の四男だったそうだ。何やらラテン語ぽい響きの名だが、その彼曰く『月の如き一族なれば付き従うは兎なり。地におらば兎となりて馳せ参じ、水に入らば鵜の如く空にあれば鷺のごとし』と言って兎を捩り鵜鷺にしたとされている。
分家していった者たちのほとんどが変化能力のないただの人間になった太神たちだったようだ。周りの目が気になったのか、自分でいたたまれなくなって出て行ったのかは知らないが、分家したすべての家に変化能力を持つ人間は一人もいなかったと記されている。
変化と言えば、古文書の中に興味深い一説があった。縄文末期あたりで、太神の勢力圏は、大陸はヨーロッパにまで及んだというのだ。その一部の伝承が変化する怪物伝説になった可能性もある。実に興味深い。
現在の統領は齢二百歳を超えるといわれる太神示申齋。ファンキーなくそジジイだ。ぜひとも落ち込んだ姿を見てみたかったものだ。
一年に一度、人の肉を食らっているともいわれ、白狼の精霊を纏っている。決して嘘は通じない。そして、明治維新時に起きた遠吠の反乱を一人でいなしたといわれる。それ以来遠吠家はこき使われっぱなしだ。
大戦後、誕生日の慣わしに味を占め「わしは永遠の二百歳じゃ」とかほざいて毎年生誕二百年祭を開催させている。今年で、七十二回目だ。
なぜいきなり縄文時代中期から勃興したのかを記した一文は一切なく、古文書が正当なものであるかの検証もできない。ただ、少なくとも太神家は、この国の裏側、いや内側で見えない内臓や骨格のように重要かつ不可欠な存在であり続けたことは間違いない。どこにでもいるが、常人には決して見ることができない。それが太神一族だ。……だった。
目の前にいる丸い体格のもっさりした少年と、可愛いけどちょっとツンケンした三つ子の姉妹は紛れもなく太神一族の人間である。見ることができないどころか触れることすらできる存在。それが現代の太神一族になった。
By遠吠一。




