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第六話    クリスタルなお花畑?(二)

 ノックの音がして扉が開いた。普段着を着たまどかがメイドたちを引き連れて部屋に入ってきた。どんなドレスで着飾って来るのかと思っていたら、イブニングドレスとまではいかないが、長袖の淡い水色のワンピースの上に、曲線が美しい桜色のベストを着て、やや厚めの白いショールを羽織っていただけだった。


 ショールをメイドに預け、月日たちに向かって一礼する。その所作は洗練されており、優雅と言う形容に相応しかった。


「さすがはまどかお姉さまですわ」朔夜がうっとりとした表情で嘆息交じりに呟く。妹二人も同じ表情をして朔夜の言葉に頷く。


「本日は無理を言ってお越しいただきましたこと心より御礼申し上げます。晩餐をご一緒させていただき本当にうれしく存じます。心ばかりの料理になりますが、お気に召していただければ幸いです」まどかはテーブルの上座、いわゆるお誕生日席に立つと一般的な挨拶の口上を述べた。


「皆さん、どうぞお座り下さい」両手を開いて皆を促す。メイドと家令たちが椅子を引く。


 三姉妹は上座の次席に二人と一人に分かれてテーブルの両脇に座った。百夜はまどかの後ろに控えている。月日とハジメは一番の下座に座している。まどかとは二十四人分の距離があった。


「俺たちは本当に遇されているのか?なんか、物理的にも心理的にも距離を感じるのだが」正面に座る月日にハジメが耳打ちする。


「仕方ないよ、僕は彼女にとって恩人であると同時にトラウマの対象でもあるのだから」へらと、笑みともあきらめ顔ともつかない中途半端な顔つきで月日は横を向いた。


 と、下座側に掛かっていたビロードのカーテンが半分だけ開いた。カーゴに乗せられた料理が次々と運び込まれる。しかし、カーゴは月日の後ろを通り過ぎ上座へと運ばれた。まずは前菜のようだ。まどかたちに給仕される。指をくわえて垂れそうなよだれを飲み込んでいると別のカーゴの一団がカーテンの向こうから現れた。先ほどのカーゴに比べてやや大きい。大きなカーゴ群は月日の前に止まると、大きなボウルに山のように盛られた前菜を給仕された。ハジメのは当然普通サイズだ。


……これを食えと……?


「どうぞ召し上がってください」酌まれたノンアルコールシャンパンを手にまどかが勧める。


「いただきます」月日は合掌してナイフとフォークを持って山盛りの前菜を食べ始めた。見た目のボリュームと比べてどうかと思ったがとてもおいしかった。毎日コンビニ弁当ばかりだったからというわけではなく本当においしかった。本職の料理人が作るものはやはり違う。


 前菜、スープ、魚料理、氷菓、肉料理と続きデザートに入ったころ、終始月日から目を逸らしていたまどかの目が合った。チラチラと月日のことを見ていたのは分かっていたが、そのたびに目を合わせようとすると逸らされていた。


「太神様のご実家とは百夜を通じて知ることができました……」唐突にまどかが切り出す。


「百夜の実家如月家ははるか昔、飛鳥時代に太神家から分家した末席の一族と聞きました」


「ごめん、僕はあまり分家筋のことは詳しくはないんだ」


「ごもっともです、わたくしもこの件に関し太神家のことを父に聞かされて知ったところです」少し困り顔で視線を百夜に移す。


「そんなつながりもあると知り、是非とも太神様にはボディーガードの欠員を埋めていただければとそう思った次第です。恥ずかしながらボディーガードの大半は如月一門がお世話させていただいておりましたので」百夜は自分を含めあまり役立たなかった身内を卑下した。


「ボディーガードの欠員ねぇ」ぼそりとハジメがつぶやく。


「あの事件のことはわたくしはあまり存じ上げておりませんの。恥ずかしながら、ほとんど気絶をしておりましたもので……。気が付けば自分の寝室にいたという次第です。わたしにとってあの事件はただの悪夢でしかないんです。襲われることは多々ありましたが、その中でもとても異常な経験をしたのです。わたくしが覚えていることは、彼らに拉致されそうになったとき……そのなんていいましょうか、巨大な金色の目をしたバケモノが後ろに現れ、車が衝突し、わたくしはまたそこで気を失ってしまったようで、気づいた時には全てが終わっていました。ただ、そこには、その……」そこで口ごもり、赤面すると月日から視線を逸らした。


「……金色の瞳をした太神様が全裸で人を食べているように見えたのです。わたくしはそこでまた気を失ってしまいました。気を失うわずかな時間、わたくしの印象に深く刻み込まれたのがそのチョーカーでした」


「それで僕を探し当てたということなんだね」月日は首からぶら下がっている首輪を触りながら言った。その言葉にこくんと赤面したまま頷いた顔はやはり月日のほうに向いていなかった。


「この変態兄」「露出狂!」「変質者!」三姉妹は言いたい放題だ。自分たちも同じ血が流れているというのに恥ずかしくはならないのだろうか、とハジメは思ったが、すぐにこれは逆説的な意味なのだと気づく。つまり自分たちは変態の妹にされたくないから彼女たちはああやって兄を切り捨てようとしているのだと。自分の妹も同じような反応を示したことがあったことをハジメは思い出した。ただし、変態は変態でも女好きの変態として。


「そこまでにしてあげて太神さんたち。お兄様も悪気があってあんな……姿をしていたわけではないですし。何よりわたくしを助けてくださったのです」まどかは困り顔で月日を弁護しようとした。


「でも、太神家末代までの恥です」

「変化を解いたらどうなるか知っているのに、家名に傷を付けました」

「食べるのに夢中で辺りに気が回らないなんて、サイテーです」


「変化を解くためには食べないと元に戻れないんだ。元に戻れなければ服も着れないんだよ」


「だったら、せめて暗がりで食べればよかったじゃない、バカ兄」

「アホ兄は暗くても目が利くんだから暗い所へ行けばいい」

「明るいところへ出てきてはだめです。兄さま」


「なんか話の内容が変わっているような気がするんだが」


「まどかお姉さまに怖い思いをさせたんだからそれくらいの罰は受けなさい」

「そうです、二度と日の目を見ることは許されません」

「永劫の暗黒の中をさまようべきです。兄さま」


「お前たちなぁ。悪ふざけもいい加減にしろよ」


「ふふっ」唐突にまどかが軽く笑い出した。


「どうしたの?」月日は虚を突かれて何事かとまどかを見る。


「すみません。つい微笑ましくなって」


「どういうこと?」


「こうやって兄弟喧嘩ができるのってすごく憧れているのです」


「蒼月さんは一人っ子なの?」


「まどかでいいですわ」


「じゃ、まどかさんは一人っ子なの?」


「いいえ、二人の兄と、一人の弟がおります」


「じゃあどうして?」


「滅多に会いませんの。上の二人は成人して各々仕事をしておりますし、弟は初等部におりますが、別宅で暮らしております。その、なんといいますか……父の後妻の子なものですから……」


「あ、なんかごめん、立ち入ったことを聞いちゃったようで……」月日は慌てて両手を振った。


「いいえ、秘密にしていることではないですし、事実ですから。それになぜかこんなことを話せてすっきりもしています」本人は無自覚のようだが、自然と視線が月日に向かっていた。


「じゃあ、この広い屋敷には親父さんと二人だけでくらしているのか?」ハジメも興味を持ったらしく口をはさんできた。


「半分当たりで半分外れです。父は月の半分は弟の家に行っておりますので。あちらの家庭を大事にしているのでしょう。それでもちゃんとこの家にも帰ってきてわたくしを抱きしめてくださいます。それに、百夜や使用人もおりますので寂しくはありません」その答えの反応に困ったらしく、ハジメはうんと小さく頷いただけだった。


「旦那様の大事な一人娘ですから」と百夜が付け加える。


「わたくしのことはよいのです。よろしければ太神さんたちのお話が聞きたいわ」三姉妹は顔を突き合わせると兄である月日を一斉に見た。お前が話せと言わんばかりだ。


「だよねぇ……」一人小さく呟いてふぅと小さくため息をついてから月日は口を開いた。


「ただの田舎の農家だよ。まぁ少しばかり大きいようだけど」


「それは存じ上げております。もっとお父様も知らないようなことが知りたいです。どのようなところなのですか?山のほうですか海のほうですか?」妙に食いつきがいい。目を輝かせてぐいぐい押してくる。


「とはいっても、僕も他がどうか知らないから比較のしようがないんだけど、少なくとも縄文時代から続く家柄だそうでこの国の成立にも関与しているとか、していないとか……」


「太神家は……」困っている月日にハジメは助け舟を出した。


「縄文時代中期ごろから存在していたらしい。この国がどうのってことは知らないが、うちは、遠吠家は太神家の臣で一番長く仕えている。と、うちのことはどうでもいいか」と、言葉を切ってまどかを見てみれば、興味津々で目をきらめかせている。俄然ハジメのサービス精神がくすぐられるが余計なことまで話かねないのでここでブレーキをかける。


「確か、奈良時代辺りで太神家から如月家は分家して、忍者の祖先になったんだよな」と、百夜に話を振った。


「あ、いえ。奈良時代でなく飛鳥時代です。それに忍者の祖先かは、わたくしにはわかりませんが、本家では諜報や暗殺などの裏仕事を生業としていたと伝え聞いております。いずれにせよ、以来わたくしの本家筋では今でも太神家の護衛についております。如月セキュリティーサービスという会社です。当家のボディーガードも承っております」なぜか、営業口調に変わってきたので、百夜は慌てて両手で口元を抑えた。このまま話していたら、営業しかねないと思ったのだろう。


「確か、鵜鷺さんは平安時代末期ごろにわたくしの如月一門から分家したと聞いた覚えがあります」口元に手を添えたまま無理やり話を戻そうとしているのが月日にも分かった。


「鵜鷺ちゃん可愛いよね」

「鵜鷺さんはわたしのヨメだよ」

「いいえ、鵜鷺さんは兄さまの嫁になるべきです」三姉妹がキャッキャ言い出したので、話が頓挫してしまった。月日は少しほっとしていた。このまま話し続けていると、太神一門の深いところまで話が及びそうだったからだ。


 太神一族は太古から獣の精霊を身に宿すことのできる一族だった。神降ろしとも(たま)(まとい)ともいわれている。主に男性にその能力が顕われ、女性は異能の力を備えている。人によってさまざまだが、本家筋の人間には狼のような精霊が憑くとされていており、本家本筋の月日にもやはり狼のような精霊が宿っていた。三姉妹は、それぞれ違った術が使えるようだが、一人一人ではあまり強い術は使えないようだ。三人一組になった時に発揮される三位一体の術をいくつか習得していて、そちらのほうはかなり強力な力が出せるらしい。


 などということをまどかに話せるわけもなく、うまいこと妹たちが明後日の方へ話を持って行ってくれたので月日は内心ほっとしていた。


「「「ですよね!」」」


「なにが?」ぼうっと考えていた時にいきなり付加疑問が妹たちから飛んできた。


「お、お前が三美と結婚するんだと、ククっ」笑いをこらえるのに必死な形相でハジメが言った。


「はぁ?」なにがどうしてそうなった?と言う言葉が出てこないほど、月日は訳が分からず動揺した。無意識にまどかを見る。彼女は少し驚いたような、不思議がっているような形容しづらい顔つきをしていた。


「鵜鷺の三美ちゃんだよ」

「あーでも結婚しちゃったら鵜鷺ちゃんじゃなくなるね」

「でも、兄さまにはお似合い」


「「「うん」」」勝手に盛り上がって勝手に完結している。


「と言うわけでプロポーズよろしくねバカ兄」

「しっかりちゃんと言うのよアホ兄」

「指輪のサイズは9号だって鵜鷺ちゃんが言ったよ兄さま」長女の朔夜がスマホを出して電話をかけだした。


「ちょっまっ!」月日は思わず立ち上がり朔夜に駆け寄るとスマホを引っ手繰って電話を切る。


「何かけてんだお前は!」

「何するのよバカ兄!」

「「そーだそーだ」」


「ほ、ほら見ろまどかさんが呆れてるじゃないか!」肩で笑っているハジメが言った。笑いをこらえているためか声音が震えている。


 確かにまどかは固まっていた。いったい眼前で何が繰り広げられているのかまどかは理解できずにいた。


 あまりにも下らなさ過ぎて月日も説明に窮し、へらへらと中途半端な笑いをしてその場をごまかす。

「なんかごめんなさい……」


「あ……」「うぁ」「……」三姉妹は三者三様の反応を示し、まどかの前でとんだ醜態をさらけ出してしまったことを恥じている様子だ。


「三美の話はいいから、今はまどかさんとの会食中なんだぞ」


「「「はーい」」」三人は素直に月日の言うことをきいた。



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