第一話 貪り食う?
皆さん初めまして、
WEB小説の処女作になります。
いま(令和2年の)の流行りとは程遠いですが、楽しんでもらえればとてもうれしいです。
迷い込んだ方もどうかご一読いただければ幸いです。
この作品はお亡くなりになった、ある作家さんの作品のオマージュからある種の着想を得て創作が始まった物語です。掠る程度に作ったつもりですが、知っている人も知らない人も、読み手の皆さんがどう捉えて楽しんでいただけるか、わたしなりに考えて創ったつもりです。
校長先生の訓話ではないので、まえおきはこの辺で、
どうぞお楽しみください。
深夜、小雪が車のヘッドライトの光を受けてチカチカと煌めき流れ去ってゆく。さほど強くは降ってはいない雪だったが、フロントガラスには激しくぶつかっては、最速に設定されたワイパーによって拭き取られてゆく。
黒塗りの国産高級車は猛スピードで後から追いかけて来る、ありふれた白のワンボックスから逃げようとしていた。
東京から川一本を隔てたベッドタウンの路地で繰り広げられるカーチェイス。昼間であったなら、間違いなく人身事故を起こしているような狭い道を、制限速度を無視して二台は突っ走っていた。
東京に降る雪は水気が多くベチャッとしており滑りやすい。この分だと積もることはないようだが、明日の朝には路面凍結で転倒者続出といった降りようだ。
まだ路面は凍結していないが、どうやらドライバーの運転技術は一級品のようで、そんな路面状況も顧みずノーマルタイヤのまま高級車を難なく運転し続けている。とはいえ、スリップをしたらそこで終了となることは、ドライバーはよく心得ていた。凍結した路面で滑ったら最後、ブレーキもハンドルも全く効かなくなるのだから。
高級車はある場所を目指して、決して好条件とはいえない路面を走り続けていた。
ドライバーはヘッドライトをパッシングしながらクラクションを三度ほど鳴らし、十字路から突如現れるかもしれない歩行者やドライバーを牽制しつつ、最後にハイビームで正面に聳える赤いレンガ作りの壁を確認した。明らかにマナー違反の上に道交法を逸脱した走りだった。だが、今は道交法うんぬんを言っている場合ではない。後部座席に座っている主人の身を優先してのことだった。
白のワンボックスの助手席から何かが光った途端に、正面の道路に何かがはじけたのが見えた。追いかけてきている連中は銃を所持しているのだ。正面の赤レンガが迫ってくる。
コーナーを曲がる際、まかり間違ってもドリフトしたらアウトだ。そのまま赤レンガに突っ込むことになる。慌てることなくドライバーは赤レンガの壁の丁字路を、速度をさほど落とさず見事に右折し、そしてアクセルを踏んだ。最終コーナーまでの直線で追っ手を振り切るつもりであった。
左手に赤レンガが続いている。路面は相変わらずの悪条件。だがドライバーの目指すゴール地点まではすぐそこに見えた。赤レンガに囲まれた敷地への入り口だ。
が、赤レンガの壁が終わる門の正面に、頑強なダンプカーが横付けされたのだ。ドライバーは冷静にポンピングブレーキを掛ける。スリップをさせないためだ。
前にはダンプカー後ろには白のワンボックス、左手は赤レンガの壁、右手も赤レンガ作りの花壇がある暗渠の緑道と住宅地。見事に先読みをされ、袋のネズミとなってしまった。エンジンブレーキも織り交ぜながら、ゆっくりと減速しダンプカーの十メートルほど手前で止まった。
後から追いついて来たワンボックスから、わらわらと絵に描いたような黒服に目出し帽という出で立ちの五人の賊が現れた。後部座席に、一人が銃を突きつけ、全員出るように促した。両手をあげて、ドライバーと助手席の使用人、そして後部座席の護衛に付き添われた主人が車から出てきた。
街灯に照らされて主人の姿がはっきりと浮かび上がる。純白のワンピースドレスにストールをかけ、おそろいの白いパンプスがLED街灯のためか、ほんのりと青みがかって見え、まるで氷の女王のようだ。
肩甲骨の下あたりまで伸ばした美しく長いストレートの黒髪が風に揺られ、雪に相まってキラキラと銀色に煌めく。眉の下で切りそろえられた前髪の下から覗く黒目勝ちの瞳には恐怖の色が色濃く宿っていた。
それでも毅然と、己を拉致しようとしている賊たちから目を背けることはしなかった。
彼らは一言も言葉を発せず銃を構えたまま、手招きと顎でこちらへ来いと合図を送る。銃を持っているのはこの一人だけのようだった。残りの四人は特殊警棒を持っているので拳銃を所持してはいないのだろう。
女性警護官は、隙を見て反撃しようとしたが、腕を取られると、流れるような動作でひねり倒されて鳩尾に当身を食らい気絶させられてしまった。僅か二秒ほどの出来事だった。賊も相当な訓練を受けたに違いない。やはり相手もプロなのだろう、行動に無駄がない。
「乱暴はやめてください!言うことは聞きますから!」震えをこらえながらも、確固たる態度で賊に向かって彼女は言い放った。黒塗りの高級車の主人である。
彼女は腕を掴まれ半ば強引に白いワンボックスに押し込まれた。怒りに任せてというよりは、荷物運びの仕事をこなしているといったところだろうか。
「お嬢様!」初老の使用人が少女に声を掛けた。
「大丈夫です」少女はそういうと口を強く引き結んだ。その刹那ワンボックスのスライドドアが閉められる。
外にいた最後の一人が、サイレンサー付きの銃で今まで乗っていた高級車のタイヤをパンクさせると、素早く助手席に乗り込んだ。ギヤをバックに入れ後退する。
つと、バックしているワンボックスの進行方向に大きな何かが落ちてきた。そのままワンボックスがその物体に突っ込む。
「きゃ!」少女は思わず悲鳴を上げる。
壁にでも激突したのではないかと思うほどの反動があり、ワンボックスは一瞬車体が浮き上がってから止まった。その衝撃で拉致された少女は気を失ってしまう。
車の方も結構な速度で激突したので、どこか故障したらしく、エンストを起こしたまま、エンジンが掛からなくなっていた。賊のドライバーは必死にエンジンをかけようとするが、キュキュキュンとセルモーターの作動音が聞こえるばかりでエンジンが始動することはなかった。
ふとドライバーが気づけば、目の前に巨大な獣のような何かが立っていた。音もたてずに後ろから前へ移動していたのだ。
3m近くはあるだろうか。ちょうどここは街灯と街灯の間の薄暗い場所で、ぎらつく金色の二つの眼だけが賊たちを見下ろしていた。
そこからは賊たちにとっては悪夢だった。フロントガラスを突き破って怪物の指が天井に掛かる。もう片方の手がダッシュボードに掛かったかと思った次の瞬間、スナック菓子の袋でも開けるかのように、あっさりと天井を剥ぎ取られてしまった。露わになる車内を金色の眼が見降ろしていた。
「うわぁぁ!」拳銃を持っていた賊の一人が何発も発砲する。が、すべての弾は獣に命中はするものの、その場にぼろぼろと落ちるばかりで銃として全く役に立たない。全弾撃ち尽くしてもなお賊は引き金を引き続けていた。まるで何かに取り憑かれたかのように。いくら訓練を積んだとはいえ、それは人間相手の訓練でしかない。こんなバケモノは想定されていなかった。
少女を盾にすれば、あるいは効果あったかもしれなかったが、銃が効かない相手を目の前にして、彼らはすでに恐慌に陥っていた。彼らは気が狂ったように扉を開けようとするが、車体のフレームが僅かに歪んでいるためスライドドアもフロントドアも開かなくなっていた。
怪物は少女を見つけ両手を伸ばすと、少女を賊からあっけなく引きはがし、彼女を両手で優しく掴んで車から引っ張り出した。
「ルゥオォォオォォー」と、怪物は遠吠えとも勝鬨ともとれる叫びを放った。
賊たちは恐れおののき、ひしゃげた開かずの扉を放棄して、オープンカー状態になった天井から蜘蛛の子を散らすように四散していった。
少女の名を蒼月円と言った。世界的大企業、蒼月コンツェルンの宗家の娘だ。
先ほどの賊たちは、蒼月グループの敵対勢力の手の者なのだろう。蒼月グループはその企業規模の膨大さゆえに敵も多い。反社会的勢力からの金銭の要求、敵対企業からの機密情報の要求、あるいはリストラされたものや降格された者たちからの復讐。彼女を誘拐することで得られる利用価値は様々だ。
日常茶飯事とまではいかなくとも、全くのところ、彼女はこれらの手合いから常に付け狙われ続けているのだ。そのたびに警護を増やし、手法を変えてはいるものの敵もさるもので、あらゆる手段を講じて来る。
ヘリでの送迎中に地対空ミサイルで撃ち落とされそうになったこともなどもあった。ミサイルが横流し品の旧式だったのか、チャフとフレアで何とか凌げたが―(こんなものまで装備しているのもどうかと思うが)、こうして派手に仕掛けてくる輩も少なくないのである。
今回も前後を護衛していた車両が囮になって敵の半数を引きつけてはいたのだが、結果は先のとおりである。今回もまた、敵が如何なる組織の手先なのかは不明のままだ。
「う、ぅぅん……」半ば空気が漏れるような軽い呻き声を発して、彼女は目を覚ました。
「ここは……」まだ、少し意識は朧気であったが、学ランの上に彼女は寝ていたことに気付く。
彼女は頭に手を当てて一度目を瞑り、ゆっくりと目を開けて辺りを見回した。
目の前には、中途半端に開けた缶詰のような壊れたワゴン車がまず目に入った。視線を移すと赤レンガの壁がずっと続いている道。その向こうは学校の校門の灯りがかすかに見える。ダンプカーはもうない。彼らが乗って逃げたのだろう。赤レンガ造りの壁の正面に同じく赤いレンガ造りの花壇がある暗渠の緑道。よく見知った道……。
そして全裸の鏡餅のように太った少年……。
……。
……全裸の……少年?
円は思わず二度見してしまった。
首からネックレスのようにぶかぶかの太いチョーカーだけを身に着けた、一糸纏わぬ全裸の太った少年が、彼女の目の前で、コンビニ弁当をガツガツと貪り食っている。米粒を頬に付け、彼女の視線など全く気付かずに、まさに貪り食っているのだ。金色の目を爛々と光らせて……。
彼の周りには二十食分はあろうコンビニ弁当の空箱が山をなしていた。幸か不幸か、大事な部分は弁当箱で隠れていたが、ただただ太った全裸の少年が、何かを貪り食っているとしか彼女には見えていなかった。
「全裸の………」そう言いかけ、スイッチが切れるように彼女の意識は再び闇の中に埋没していった。ただ、薄れゆく意識の中、遠くでサイレンの音が聞こえた気がした…。
楽しんでいただけたでしょうか?この程度では何が何だかわからないかもですが……。
おかしな出会いを果たした二人ですが、これからが本当の展開になります。どうか楽しみにしてください。
まえがきも、あとがきも、章の終わりまで省略させていただきます。
またのご一読をよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。