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「狂気」

作者: 春木みすず

なんでこういう夢見たのかなあ。










その日は雨が降ったり止んだりしていて、うっとうしい日だった。


ここ一週間くらいはよく晴れていたこともあり、その煩わしさったらなかった。


雲が覆った灰白色の空を見て、私はため息をついた。


午後一の授業、化学教師は眠気をわざと誘っているとしか思えない口調で教科書を読んでいる。


クラスの半分近くの生徒は寝たり内職してたりで授業を聞いていない。


閉め切られた教室の中、淀んだ空気にだれもが溺れているようだ。


ああ、つまらない。


こんな気怠い退屈な日には、この気分を吹き飛ばしてくれる非日常的な出来事が起こってくれないかと、つい、そう願ってしまう。


ようやく授業が終わりかけた時、ふと視線を感じた。顔を上げると化学教師と目があった。


化学教師はそのまま2秒ほど私を見ると、教科書に目を戻した。


…聞いていないのがバレただろうか。


だが、聞いていない生徒が他にも大勢いる今、私だけを注視するのもおかしいような。


私はこの高校の中ではまあまあ模範的というキャラなので、聞いていないことが気になったのかもしれない。


考えている内に、チャイムが鳴り授業は終わった。




ようやく放課後になり、帰り支度をする私に友人のカナが話しかけてくる。


「ユキぃ、今日部活~?」


「ううん、今日は休み」


「よっしゃ!!ちょっとイオンまで付き合ってよ、人数多い方がお得でさー、」


そのままカナは今イオンモールのどこかの店でやっている期間限定イベントの詳細についてとりとめもなく話し始めた。


私は内心どうでもいいと思いつつも、適当に相づちを打った。


話を聞いている間にクラスメイトは次々に帰っていき、教室にはもうあまり人気がない。廊下もたまに人影が通る程度だ。


「それでー、ついでに映画も観よ。知ってる?あの話題作の」


私が「どの?」と言おうとした、


そのとき、



突然の閃光と爆音が、私たちを吹っ飛ばした。



「きゃー!!」


悲鳴。カナだ。


床に体が投げ出され、私はとっさに頭を守った。机の足に腕がぶつかる。


目を開けると、さっきの閃光のせいか、周りが見にくい。


耳がキーンとする。

あまりの突然の衝撃に体が震え、言うことを聞かない。


いったい何?


私はできるだけ素早く身を起こし、爆音がした方を見た。


教室の廊下側の窓が、ほぼすべて割れている。その窓枠から見える廊下は真っ黒に焦げていた。


「え?」


私が固まっているとカナが抱きついてきた。


「ユキぃ!!」


「わ」


カナは床に座る私のおなかの辺りに縋りつく。その体は震えている。


「うぅ、何なのぉ?マジありえん」


「うん…びっくりした」


「ユキぃ、ケガない?」


「大丈夫、ありがとう」


本当は腕が少々痛いが、打撲程度だろう。


「カナは?大丈夫?」


「いったーい」


カナは半ベソでスカートを少しめくって見せた。太ももに擦り傷ができている。


「他の子はだいじょぶかな?」


カナの声にはっとして、私は周囲をもう少しよく見た。そして、気づいた。


廊下…誰か倒れてる?


いや、あれは


「やば」


カナも気づいたらしかった。


「あれ…」


顔から血の気が引いていく。


「死んでね?」


カナが悲鳴を上げて気絶するのと、さっきの音を聞いて走ってきた担任が顔を出したのが、ほぼ同時だった。





____________






「ただいま」


誰もいない家に吐き捨て、早々に2階の自分の部屋に上がる。


一刻も速くベッドに突っ伏したい気分だ。


あれから学校は警察が来て大騒ぎになるわ、カナは救急搬送されるわ、事情聴取されるわでとんでもない目にあった。

言うまでもなく、イオンに行くカナの計画はおじゃんになった。


さっさと部屋着に着替える。着替えている途中に、ふと亡くなった生徒の姿が頭によぎった。


変な風に曲がった首。あらぬ所を向いた目。

焼け焦げたジャージ。


人間があんな風になることがあるなんて、知らなかった。


寝ころんでスマホを開く。カナからLINEが来ていた。もう意識は戻ったみたいだ。


LINEに返信をして、ざっとネットニュースに目を通す。


爆発のことはもう速報として出ていた。○○高校で爆発。高校生一人が搬送先の病院で死亡確認。まあ、さすがにニュースになるだろう。なんの変哲もない高校でテロみたいな爆発が起きたのだ。しばらくは継続的に報道されるかもしれない。


私はまた、あの爆発のことを思い返した。

爆発の時、私はちょうど廊下が視界の端に入っていた。

爆発の直前に、誰かがあそこを通った。そしてその誰かがダッシュしていったのも見た。


おそらく、犯人は校内の人間だ。視界の端に写っていただけなので誰かは良く分からなかったが、どこかで見覚えがある気がした。


警察には言っていないけれど。


私は不謹慎にも、少し興奮していた。胸の鼓動は未だ速い。降ってわいた非日常に、私は影響されていた。


次にいつも使っている小説投稿サイトを開く。ほぼ誰にも言っていないが、ネットで小説を書くのが趣味だった。


そしてふと、「短編小説大賞公募!!本日〆切」の文字に気づく。


「…今日だったんだ」


ちょうどいい。


良くないとは分かっている。今さっき本当にあった事件をもとに、小説を書くなんて。


でも、この気持ちはもう抑えられない。


新規小説作成。猟奇的な文字をスマホ画面に連ねてゆく。不思議と、筆が止まることはなかった。


投稿ボタンを押してにやりと笑った。


これは私だけが知っていればいい、私の狂気だ。





____________






次の日、学校は休校になった。


あれだけのことがあれば無理はないかもしれない。


ニュースは特番でこの事件を放送していた。

一応、犯人につながるいくつかの情報はあったようだ。


事件直後、白パーカー姿の男性が校門を飛び出し走り去るのが目撃されている。

警察は外部の者の犯行と見ているようだ。


それから一週間ほど休校が続いた後、やっと学校が再開された。


爆発があった部分は閉鎖されたため、私たちの教室は一階に移動されていた。


一時間目は臨時の全校集会になった。亡くなった生徒は隣のクラスの子で、部室から教室へ忘れ物を取りに行く途中だったらしい。


今週は部活動は禁止。下校の際もできるだけ複数で帰るよう忠告された。



「校長センセー泣いてたねー」


「犯人はよ捕まれ、部活させろ」


「いやでも怖くね?目的わからんし」


移動された教室に戻ると、クラスメイトはめいめいに話し始めた。


一週間休校だったからか、みんな誰かと話したそうにしている雰囲気だ。


そしてそれはカナもだった。


「こないだイオン行けなかったじゃん、いつ行くぅ?」


「カナは気楽だね」


「だって、じっとしてても亡くなった子が帰るわけでもないしー。別にどうでもよくね?」


「…おい」


私は男子の声に振り向いた。そして、ヤバいと思った。

そこにいたクラスメイトは、亡くなった子と部活で仲が良かったと聞いたことがあったからだ。


あからさまにキレた様子に、カナが蒼白になる。


「ごっごめん」


「…だと思ってんだ」


「え?」


「人の死をなんだと思ってんだ!!!!クソ野郎がっ!!!!」


しん、と教室が静まり返る。


タイミングを見計らったかのように、二時間目始業のチャイムが鳴った。




__________





放課後になると、いつにも増してクラスメイトは早々に散っていった。


カナはまだ、イオンに行きたいと駄々をこねていた。カナは怒鳴られた後も懲りずに数人をこっそり誘っていたが、乗り気な者はいなかったため、不機嫌になったのだ。


「ほら、帰ろ」


「やーだー、帰りたくないー」


「まったく。残ってたら怒られるって」


「でもぉー」


そんなやりとりを続けているうちに辺りはすっかり人気がなくなってしまった。


すると、教室の外から声がした。


「誰だ!!早く帰りなさい!!」


生徒指導の先生だ。


「やっば…」


「いわんこっちゃない」


先生は私たちの所にやってくると、本格的説教を始めた。


「お前らは本当に、何を考えているんだ!!校長先生の話の間は寝てたんだろ?あれほど生徒のことを心配してだな、早く帰るように言っていたのに、お前らにはひとっことも届いてない。そんなんじゃお前らが死んでも自業自得だぞ?」


こうなると30分くらいは止まらないこともある。

私は首をすくめてカナを見やった。カナは「まぢ無理」みたいな顔をしていた。


その時だった。


バンッ!!と教室の引き戸が開いた。

先生と私たちが驚いてそっちを見ると、そこには二人のスーツ姿の男性と、一人の白衣の男性が立っていた。


良く見ると白衣の男性はスーツ姿の男性一人に手錠で繋がれ、襟を掴まれている。


あれは、化学教師。


「ちょうどよく、残っていたみたいだ」


「ユキさん」


突然の乱入と、急に自分の名前を呼ばれたことに、私は混乱した。


「どなたですか」


私が声を発する前に、先生が厳しく男性に言った。


「ああ、申し遅れました」


そう言うと男性は懐から出した警察手帳をすっと掲げた。ドラマでしか見ないやりとりだ。


「これは失礼。しかし、この教室にいったい何のご用で…」


「ユキさんと少々話をさせて頂きたい。お時間は取りませんので」


私は少々困惑したが、この時は、私が爆発を目撃したから、何か聞かれるのだろうと思っていた。


そして、隣の男性が取り押さえている化学教師。隣の男性ももちろん警官だろうから、化学教師と手錠で繋がれているということは、つまり。


「先生が、犯人だったんですか」


「…」


重みのある沈黙が場に流れる。


私は思わず化学教師の顔を見た。


化学教師は私と目が合うと、じっと私を見つめてから、なぜか口角を上げた。


「ユキさん」


「あなた、知っていたんじゃないんですか」


「…え?」


突然の警官の言葉に、私はひやりとした。


少しやましい所はあったからだ。あの、爆発の直前にダッシュした誰かのことを、言わなかったから。


その方が面白い、なんて気持ちがあったから。


でも、どうやら警官の顔つきからすると、そういうことではないらしかった。


警官の顔には怒りが浮かんでいた。これは犯人を責め立てようとする顔だ。


私は混乱した。


「何をおっしゃってるのか、私にはちょっとわからないんですけど」


「…おい」


男性は化学教師と繋がれてる警官に目で合図した。

警官はさっと、ipadを取り出す。


「これについては、何かありますか?」


その画面にあったのは。


「…あ」


『大賞!!ペンネームyukiさんの「人間スーパーマーケット」』

の文字だった。


まさか、大賞になっていたなんて。あんなグロテスクな小説、選ばれるわけないと思っていたのに。

頭が、ぐらぐらする。

警官の声が、近くにも遠くにも聞こえた。私は落ち着こうと、画面の文章を目で追った。


「この小説の手口の一部は、この事件にそっくりだ」



『廊下を走った男の子』



「何か言いたいことは?」



『あれあれ、こんがり焼けちゃった』



「おい、聞いてるのか」



『ここは人間スーパーマーケット』




「…なぜ」


声を発したのは化学教師だった。無表情で、私を見つめている。その目は見たことのない感情をしていた。


「なぜ、あんなことを書いたんだ」


「あんなそそのかすようなことを」



そそのかす?



「違います」


それは、違う。


「私がこの小説を書いたのは、事件の後です」



警官の表情が変わった。



「私はあの事件があったすぐ後に、事件に影響されてこれを書いた、だけです」


その瞬間、化学教師が動いた。


手錠から無理矢理手を抜き、廊下へ走る。


「待てっ!!」


二人の警官はすぐさまダッシュ。私も思わず後を追った。


「上だ!!」


階段を走る。そのまま屋上へ。


屋上に着いた瞬間、私は。


柵の向こうへ落ちていく化学教師と、目が合った。


「…くそっ」


警官の一人が悔しそうに悪態をついた。


振り返ると、カナと生徒指導の先生も後ろに来ていた。


「…まじか」


カナが呟く。


「行くぞ!!」


警官二人はまた、バタバタと階段を降りていった。


「やばー、リアルドラマ」


カナが能天気な感想を述べた。


カナは私の小説の内容については、ちゃんとは見ていない。おそらく、私の趣味の実態は警官以外にはバレないだろう。

そう、私が書いているのはほぼ全てグロ小説である。


「まさかあいつが犯人だったとはー、授業聞かなくて正解だったわ」


「カナは気楽だね…」




私は、最後に目が合った時に分かってしまった。

化学教師はどこかで知っていたのだ。私の孕んでいた狂気のことを。

だからこそ私のことを巻き込もうとしてきた。


彼のあきらめたような笑みが、脳裏に染み付いてしまった。


私も、ああなっていたかもしれなかった。


いや、ああなりたかったのだ。


私が共犯者なら良かった。この退屈に沈んだ日常を壊したのが、私なら良かった。


それが私の狂気。




でも、そんなのは全部妄想だ。




「犯人死んだっぽいしイオン行かね?」


「行く」




ああ、なんて馬鹿なんだろう。













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