#5 友達
真凜が黒姫さんと付き合い初めたらしい。
喜色満面の真凜に、私はしっかり『おめでとう』と言えただろうか。
分からない。今晩はやけに冷える。
伊藤彩奈。中学1年生。寮のルームメイト(同性)を好きになって、なんやかんや言ってる間に失恋した。人を好きになるのは別に初めてじゃない。2回目だ。
初恋は小学校の頃のクラスメイトだった。
(懐かしい。って言ってもほんの1年前だけど)
目を瞑ればそこに浮かぶ。忘れもしない景色。
「私、× × × ちゃんが好き。女の子同士で変かもしれないけど、私と付き合ってください」
彼女とは、1年生の時から友達だった。
6年もの間ずっと同じクラスで、親友、と言っても差し支えなかっただろう。
何度も一緒に遊んだ。一緒に帰った。お喋りは無限に続いたし、喧嘩なんて1度もしたことがなかった。
だから、受け入れてくれると思っていた。
無邪気に信じていた。
「え?なんで女同士で?ありえないでしょ」
その日から、学校に行けなくなった。
両親はすごく心配してくれた。
小学校の先生も何度も家に来てくれた。
恥ずかしかった。女の子を好きになってしまう自分が。普通になれない自分が。
相合傘の落書きをしたノートを破った。
おそろいのシュシュを捨てた。
何度も泣いた。
それでも胸の奥では血が流れ続けた。
その時誓った。もう二度と、恋なんてしない。
「そのはずだったんだけどなぁ」
もう深夜と言える時間なので、控えめに呟いた。
隣のベッドで寝息をたてている真凜を見る。
彼女は純粋で、子供っぽくて、優しくて。
世界中の『可愛い』を寄せ集めてできたみたいな真凜と初めて言葉を交わした時、後悔も、傷跡も、初恋の彼女の何もかもが吹き飛んだみたいだった。それくらいに強烈な恋の嵐が過ぎ去った心には、何も残っていない。
「あ~あ。また失恋か」
自嘲するだけの余裕があるのは、まだ現実を受け入れられていないからだ。
荒涼とした心は、皮肉めいた晴天が突き刺すように眩しかった。
昨日までとは違うセピアの景色。暮れる日が差し込む玄関に、彩奈は1人佇んでいた。
(帰りたくない・・・・・・なんて、バカみたい。どうせいつか帰らなきゃいけないのに)
あの部屋は真凜のにおいがする。真凜の温かさがあって、真凜の音がする。
そういう場所は、今は酷く息苦しい。
「・・・・・・図書室、行こうかな」
暇を潰せそうな場所はそこしかない。
本の香りが漂う場所は嫌いじゃない。
ここに来れば小遣いの少ない中学生でも面白い本を読めるので、一学期は結構よく利用していた。月日が経つにつれて訪れる回数は減っていったが、久しぶりに来てみるとやっぱり落ち着く。
けれど、ここにも胸を締め付ける姿があった。
「あ・・・・・・黒姫さん。いたんだね」
「伊藤さん。はい。真凜を待ってます」
読んでいた本から顔をあげて、黒姫さんは微笑んだ。
胸の奥をまた刃物が滑る。
「敬語じゃなくていいよ。・・・・・・カノジョの友達なんだし」
一瞬躊躇ってから軽口のように言った途端、黒姫さんはわかりやすく頬を赤らめた。
「はい・・・・・・おかげさまで」
「何がおかげさまなんだか」
なんだかおかしくなって肩を揺らす。
(この人が、真凜の好きな人なんだ)
鼓動が強くなるのを感じる。
艶やかな黒髪。潤うピンク色の唇。少しだけ困ったようにはにかむ顔は、こんなにも明るかっただろうか。
「真凜にいきなり恋人ができるなんて、初めて聞いた時は驚いたよ。・・・・・・正直、まだチャンスはあると思ってた」
空気が凍りつく感覚を肌で感じた。
「伊藤さん・・・・・・もしかして・・・・・・」
全てを察した黒姫さんの顔が強ばる。
「うん、好きだったよ。真凜のこと。っていうか、昨日の今日ですぐには忘れらんない」
黒黒と燻る感情を消し去るように大きく息を吐き出した。スカートのポケットに乱暴に手を入れ、笑顔を作る。
「別に黒姫さんにどうこうしようって思ってるわけじゃないから、安心して」
思い出したように彼女の隣の椅子を引いて、彩奈は座った。
「いや本当。まじでおめでとうって思ってる。皮肉じゃなく、本心で」
「でも・・・・・・」
「むしろごめんね。本当はこんなこと、話すべきじゃないんだけどさ。どうしても伝えときたいことがあって」
理性がうるさく警鐘を鳴らす。
恥じらいが舌を押さえつける。
躊躇いが心臓のかさぶたを掻きむしる。
痛みにブレザーを握り締めた。
視線はまっすぐに、黒姫さんを捉えて、言うべきことをはっきりと。
「真凜はさ、多分これからたくさんの初めてを見つける。その中には、真凜を傷つけるものだったり、悲しませるものだったりがあるかもしれない」
声が震える。光が涙に反射して、世界が色付いてゆく。
「そんな時にさ、真凜を守ってあげるのも、慰めてあげるのも、私じゃできないから」
溢れる涙を抑えきれず、頬を熱いものが流れ落ちる。
こんなにも恋をしていた。こんなにも、大好きだった。
「真凜の初恋の相手はあなただったから、どうか真凜を、よろしくね」
「・・・・・・はい」
たったそれだけの言葉が、頼もしかった。
泣き止むまでに15分はかかった。
それまで黒姫さんは、何も言わずにその場にいてくれた。やっぱり優しい子だ。同い年なのに、こんなにも人のことを思える黒姫さんなら、真凜もきっと大丈夫だ。
「恥ずかしいところ見せちゃった。ごめんね」
「いえ、・・・・・・彼女の友達ですし」
少し恥ずかしそうに黒姫さんは言った。
「ふふっ。ねぇ、私も薺って呼んでいい?私たち、いい友達になれそう」
そういうと、黒姫さんは一瞬驚いたように目を丸めて、それからすぐに満面の笑みを浮かべた。
「はい。よろしくお願いします。・・・・・・彩奈」
「敬語もいいよ。よろしくね。薺」
こんな終わり方も悪くない。ふと、そう思った。
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