#3 シンドローム
部活を終えた真凜は火照る体を秋風に冷ましていた。スポーツの秋というのは本当らしい。吹き抜ける風のお陰で気持ちよく体を動かせる。
これから雪が降って、アスファルトが雪化粧をしたのならどれほど涼しく、美しいのだろうか。
そんな想像をしながら何気なくスマホの電源を入れると、一通のメッセージが送られてきていた。
「薺からだ。なんだろ?」
30分前、部活中に送られてきたらしい。
『ごめん、用事あったの思い出した。先帰るね』
真凜はベンチに座り込んだ。
自分は寮から、薺は自宅から通っているので、一緒の帰り道はそう長い距離では無い。それでも寂しいと感じてしまうのはきっと恋心ゆえだ。
「わかんないよ・・・・・・どうすればいいの?」
誰に問いかけるでもなく、真凜は零した。
「薺・・・・・・」
「残念、私は彩奈だよ」
びっくりして顔を上げると、いつの間にか目の前に彩奈が立っていた。
「どうした?黒姫さんとなんかあった?」
「・・・・・・そういう訳じゃないんだけどね」
「そっか、真凜と黒姫さんいつも一緒だからね」
帰路につきながら、真凜は彩奈に想いを吐露した。
「私、本当にバカみたい。明日になればまた会えるのに」
「気にする事無いよ。真凜には真凜だけの恋の形があるんだから」
彩奈は真凜の肩を優しく叩いた。
「彩奈はすごいね。やっぱり、私まだ子供なんだなぁ・・・・・・」
本日何度目かのため息を零す。
雲が立ち込める空は一向に晴れない。
降り出す雨もないくせに、ずっと留まり続けている。
「私はそんなに考え過ぎないだけだよ。
・・・・・・て言うか、ただ逃げてるだけ。真凜の方がずっと大人だよ。『好きだ!!』って気持ちをしっかり受け止めようとしてるんだから」
「・・・・・・ありがと。彩奈」
少しだけ、日の光が差し込んだ。
ふと気になって真凜は訊ねた。
「彩奈もいるの?好きな人」
彩奈は一瞬驚いたように目を見開いて、それから誤魔化すようにはにかんだ。
「いるよ。純粋で純情な子がね」
「薺?ご飯食べないの?」
1階からお母さんの声が聞こえた。
今はそんな気分じゃない。
薺はため息を吐いた。
世界から色が消えたみたいだ。
(ボクは、真凜に・・・・・・!)
ぐるぐると頭の中を巡る思考が血管を通して全身に麻薬のような毒をばら撒く感覚。
薺は脱ぎ散らかした制服を逃げ出すように拾い集めてハンガーに架けた。
ついでにタンスから部屋着を取り出し、悲しさと苦しさが染みになったみたいなベッドに座ってようやく服を着る。
ボクは、真凜を好きすぎた。ボクの『好き』は、そんじょそこらの恋なんかよりも、ましてや友情なんかよりもずっと大きい。
真凜は優しいから。ボクは依存してしまう。だから嫌われる。
出会った日から積もり積もった想いは、捨てる事も、告げる事もできない。
小学生の頃のボクは、今の8割増しくらいに元気な子だった。友達も多いつもりだったし、みんなの前でも『ボク』だった。
影で笑われてることも知らないで。
笑われてる事に気が付いたのは、トイレの個室の中だった。この年頃の女の子が噂話をするのは、だいたいトイレか更衣室。男子のいない所だ。
そこで同性の陰口を叩くのは今でもデリカシー無いと思うけど。
その日から、目立つのが恥ずかしくなった。
人と違うのが怖くなった。
それは中学生になっても変わらない。しかも私は部活にも入っていなかったから、小学校の友達と話す機会も殆ど無くなった。空気でいるのに徹するやつと仲良くするような人は同じクラスにはいなかった。
なるべくして、私は孤立した。
クラスメイトとの会話なんて全部「あ、うん」と答えて終わりだ。
自分が性的に女の子を好きなのに気がついてからは、さらに自分から周りと距離を置くようになった。
ぼっちでレズで根暗なボクの人生は
そんなもんだ。そう思っていた。
「あっ!あなたも好きなの?その本」
ボクの居城になっていた図書室の文庫本コーナーに、天使か妖精が迷い込んだみたいだった。
胸元の学年章を確認すると同じ1年生。
「えっと、うん。まあまあ好き、かな?」
「私も好きなの!主人公がほんとに健気で、かわいくて!」
第一印象は、正直苦手なタイプだった。落ち着きが無さそうだし、飽きっぽそうだ。
でも同時に、胸の奥に熱を感じた。これまでの誰にもにも感じたことの無い暖かさだった。
「私、藤原真凜。あなた、確か3組だよね?名前は?」
「黒姫、薺」
「そっか、よろしくね!薺ちゃん!」
彼女が友達に呼ばれて図書室を去った後も、熱は消えなかった。
「ボクが、思い上がってただけだった。
・・・・・・親友だなんて、勝手に盛り上がって、
本当にバカみたいだ」
やっぱり、ボクはみんなと同じにはなれない。
こんなボクが普通を望んでしまった事。それが1番大きな過ちだった。
「・・・・・・学校、行きたくないなぁ」
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