#1 乙女の蕾
藤原真凜は待ち合わせをしていた。相手は中学校に進学してから知り合った親友である黒姫薺である。
秋に色めく風が木々を紅く染め、どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出している空の宮市駅前通りは、春や夏とはまた違う魅力に包まれている。
午前10時前の少し冷えた風にツインテールを遊ばせながら待っていると、真凜は駅の出口に待ち人の姿を見つけた。
「おはよう!薺!」
「おはよう、真凜。待った?」
「ううん、全然待ってないよ」
真凜は首を振った。
「それじゃ行こっか、薺!」
「うん」
薺が笑って、真凜の隣を歩き出す。
秋風も笑ったように軽やかに吹き抜けた。
見に行った映画は、今話題のイケメン俳優を主人公に起用したラブストーリーだった。
監督が有名な人というのもあって、ネットの評価もかなり高い。
映画を見終えた2人は、フードコートでポテトをつまんでいた。
「最後のキスしたところ!超感動した!」
「うん。よかったよね」
真凜はうっとりと空を見上げた。
「ああ、私もいつか、あんなオトナの恋がしたいなぁ」
目線の先に映ったのは、まだホコリを被った換気扇だったけれど。
「真凜ならきっといつかできるよ。オトナの恋」
「本当に?」
「本当に」
薺が優しく笑う。
少しだけ、ほんの少しだけ、日が差したような気がして、真凜の胸が鳴った。
「・・・・・・?」
「ん? どうしたの? 真凜」
「・・・・・・ううん、なんでもない」
ショッピングモール内で洋服を見ながら、真凜は唸っていた。
視線の先では今月号のファッション誌の中でポーズをとるモデルの姿がある。
「むむむ・・・・・・」
「真凜、それいつも持ち歩いてるの?」
「うん!この雑誌にはオトナになるための全てが詰まってるから!」
周りの店員に微笑ましく見守られているのに、真凜はまだ気がついていない。
「真凜って、本当に頑張り屋さんだね」
「オトナな女性になるにはまだまだだよ。もっと頑張らなきゃ!」
「そういう所、本当に尊敬しちゃうよ」
とくん。
(また、この感じだ)
フードコートで感じたのと同じ。初めての感覚だ。心の奥の方をノックするような不思議な感覚。
(私、どうしちゃったんだろう)
「どんなの買うの?真凜」
「あ、うん。こういうようなやつ」
雑誌の中のブランド品を買うには、お小遣いがまだ足りない。
日が落ちるのも随分早くなって、もう暗い6時30分に解散し、真凜はショッピングモールから寮に戻った。
「ただいまー」
「おかえりー、真凜。映画どうだった?」
「よかったよ。めっちゃ泣けた」
「おー、そかそか。私も見に行こうかな?」
ベッドから返事をしたのはルームメイトの鶴見彩奈だった。いつも学校ではコンタクトだが、部屋ではメガネをかけるので、イメージの差が激しすぎて最初は全然慣れなかった。
「・・・・・・ねぇ、彩奈」
真凜は自分のベッドに倒れ込んでから言った。
「どした?」
「彩奈は、こう、突然ドキッてしたりすること、ある?」
「なにそれ持病?」
真凜はベッドの上に仰向けになった。
「違うよ! ・・・・・・今日、薺とおしゃべりしてたらそうなったの」
ふぅ、と息を吐く。
「なんかね、ふわふわしてるの。このままどこかに行っちゃいそうな感じ」
「真凜・・・・・・それって、黒姫さんに恋してるんじゃないの?」
「え!?・・・・・・いや、それはないでしょ。女の子同士なんだし」
彩奈は読んでいた漫画を閉じた。
「最近テレビとかでもよく見るじゃん。LGBTって」
「える・・・・・・?」
「LGBT。レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字。レズビアンっていうのが、女の子だけど女の子が好きな人のこと」
「彩奈物知り~」
彩奈は呆れるような、あるいは照れるような顔で頭をかいてから続けた。
「とにかく、今の時代女の子が女の子を好きでも別におかしいって事は無いんだよ」
「・・・・・・そうなんだ」
真凜は噛み締めるようにゆっくりとその言葉を飲み込んだ。
「・・・・・・私、薺に恋してるのかな」
彩奈は何も答えなかった。