3日前
【3日前】
俺は警察署の前にいた。拓海との最後のやり取り、いや一方的な着信が気になったからだ。
もしかしたら警察があの女の行方を追っている可能性だってあるからな。その際は、情報提供として顔や身長・服装などを伝えるつもりだ。
やはり警察署の前に立つと交番とは全然違うなと思わされてしまう。当たり前といえば当たり前の話なのだが。。
敷地にはパトカーが何台も駐車されており自動ドアには仁王像のように2人の警察官が微動だにせずに立っていた。
別段、自分が悪い事をしたわけじゃないのに入りづらい空気が漂っており警察署を前に入れずに立ち尽くしていた。
すると、
「なーに、ぼけっと突っ立ってんだよ!」
背後から声がした。俺に話しかけてきたのか?と疑問も感じたが、周囲には自分以外に誰もいなかったので間違いなく俺にだろうと思い、後ろを振り向いた。
そこには、知らない警察官が立っていた。
「いや、、、、あの、、、情報提供を、、」
その場の空気に流されて緊張し、警察があの女を探しているかも知らないのに情報提供をとか言ってしまった。
「えっ、もしかして気づいてない?俺だよ。俺」
警察官は帽子を取ると前髪を上にかきあげた。
「その髪型、その顔。まさか、太一か?」
太一は、俺と拓海の高校時代の同級生だ。会うのは5年ぶりになる。まさか警察官になってるなんて思ってもいなかった。
「そそ。久しぶりだな。で、どうしたんだ?何か警察署に用事があったんだろ。」
この時俺は、内心よかったと思っていた。正直、警察署に来て拓海の事件について聞いたとしても答えてはくれないだろうなと何となくは思っていたのだ。家族でも無ければ事件に巻き込まれたわけでもないのだから。
でも、動かずにはいられなかった。警察官との会話の途中で少しでも情報が聞けたらと思ったら。。
「太一、、唐突で悪いんだけど、拓海覚えてるか?」
「拓海?あー、あのチャラチャラしてた奴な。あいつどうかしたのか?」
「昨日、事件に巻き込まれてな。それで入院してさ。。。俺がここに来たのは、その事件の捜査状況が聞きたかったからなんだ。」
「そうか。あの拓海がなー。ちょっとここで待ってろ。俺がサクッと情報見てきてやるからよ。その変わりこの事は秘密にしろよ。」
そう笑いながら太一が言うと警察署の中に入っていった。既にあの女が捕まっているといいのだが、あれは傷害罪が適用されるのだろうか。拓海は精神的におかしくなってしまっていて会話ができない状態だし、外傷という外傷は爪から出血している以外無かったように思えた。
あの爪からの出血は拓海自身によるものだから、傷害事件というのは難しいかもしれない。なら、ストーカー事件として扱ってもらうしかないのかもしれないな。
そうこう考えていると、太一が戻ってきた。
「どうだった?」
状況が気になる俺は太一が戻ってくると同時に声をかけた。
「無かった。」
???無かったとは何が無かったんだ?進展が無かったというのか?
「俺は昨日起きた事件について全て目を通してきたんだけど、拓海が被害者という事件は無かったよ。警察に通報はしたんだよな?」
もう一度自分のスマホのチャット履歴を確認した。拓海からのチャットは”とりあえず警察に電話する事にしたわ。”で終わっている。それ以降はよくわからない文字が羅列されているだけだ。
「すまない。電話する事にしたってところで終わっていて、、、そうか。事件として捜査はされていないのか。」
「ああ。事件として捜査するにしても当事者から捜査依頼が無いとなかなかこっちも動けなくてな。力になれそうになくて申し訳ない。」
「いやいやいいんだ。無理言ってすまない。まずは拓海の回復が最優先だしな。俺もこれ以上、あの赤い女に近寄らなければいいだけさ。」
「・・・今、赤い女って言ったか?まさか裏表逆のドレスを着ていたりしないよな。」
ストーカー容疑で他にも事件になっているのだろうか?何故、太一がそこまで知っているのかが気になった。
「よく知ってるな。そう。そのドレスの女だよ。他にも事件起こしてたりするのか?」
「いや、事件とかじゃないんだが。。迷信みたいなのがあってな。。」
「なんだよ。その迷信って。俺がいた時には赤い女なんて聞いたことも無いぞ。」
「それも無理は無い。この話を聞くようになったのは去年からだからな。なんでも、、」
「おい!!新人!!油売ってんじゃねーぞ。さっさと仕事しろ!」
警察署から白髪のいかにも葉巻が似合いそうな男性が出てきて大きな声を発した。
「悪い!仕事に戻るわ。とりあえず、赤いドレスの奴には近寄らず関わるなよ!一度関わったら最後って話だからな。あと拓海の件は俺も出来る限り動くから進捗あったら連絡するわ!」
そう言いながら警察署に入っていく太一。連絡するって言っていたが、俺の携帯番号を太一は知っているのだろうか。まぁ高校時代から番号は変えてないからおそらく大丈夫だとは思うが。
ーーーー
俺は家で明日の準備をしていた。
明日から教師生活が始まるのだ。警察署を出た後に拓海の病院に寄ってはみたものの拓海は会話が出来る状態では無かった。その場にいてあげたい気持ちも勿論あったのだが、そこで俺に出来る事は無く明日からの仕事も重要な為に家に帰ってきた。
明日着るスーツとYシャツをハンガーに掛け、持っていく物をチェックしつつ鞄に入れた。
風呂に入ると拓海の事を思い出してしまった。ガリガリガリガリ、浴槽を爪でひたすら引っ掻いている音が今でも耳に聞こえる気がする。拓海を見つけた時は、正直安堵より恐怖の方が大きかった。近くに犯人がいるかもしれないという恐怖では無く、どうしたらここまで人間がおかしくなってしまうのかという想像の恐怖だった。
風呂から上がり寝巻きに着替えてベットに横たわったが、寝れる気が全くしない。拓海の事や赤い女の事、明日からの仕事の事、考えたくもないのに考えてしまう。