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非常事態

 アデルたちがリロイから局長とウィリスの確執を聞いた、その3日後――。

「率直に言う。まずいことになった」

 出張に出ている者を除く全局員がリロイによって集められ、彼の口から恐るべき事態が伝えられた。

「聡明なみんななら、ジェフじゃなく、僕がこうしてみんなを集めて話をしている時点で、何が起こっているか察したことだと思う。そう、ジェフがいなくなった」

 リロイの言葉に、ほとんどの局員は騒ぎはしないまでも、動揺を見せた。一人、ロバートだけが大声を上げる。

「な、なんでっスか!? どこ行っちゃったんスか!?」

「落ち着いて、ロバート。確かに君の気持ちも分かるし、周りのみんなも口に出しはしないまでも、同じ気持ちだと思う。何で分かるかって言えば、僕も同じだからだ。

 つまり、まったく分からない」

「なっ……」

「僕が現時点でつかんでる情報と言えば、昨晩10時過ぎ、彼の奥さんから『ジェフがこんな時間になっても帰って来ない』と電話を受けたこと、そしてここにも行きつけの店にも、彼の姿が無いことが確認できたってことくらいだ。

 今、僕の人脈を総動員して行方を追ってるけど、残念ながらまだ、このN州にいるのかどうかすら分からない状態だ」

「手がかり無しってこと?」

 尋ねたエミルに、リロイは苦い顔を返してきた。

「あー、うん、予想は付いてると言えば付いてる。……本当に、身内がしくじった話で恥ずかしいんだけど、昨日の昼頃にね、その、電話があったんだ。アシュリー……うちの子から」

「アシュリーから? ……まさか」

 血相を変えたエミルを見て、リロイが申し訳なさそうに頭を下げた。

「うん、そうなんだ。いや、彼女は僕に電話掛けるつもりだったみたいなんだよ、プレゼントのお礼で夕飯おごるよって言うような話で。……で、その電話をジェフが取った。その時にアシュリーが漏らしたんだ、ウォルトンのことを」

「どうして……」

 尋ねたアデルをチラ、と見て、リロイは彼にも頭を下げた。

「あの子も情報屋だから、重要な情報は普段から共有することにしてるんだ。だからウォルトンのことも伝えてた。勿論、ジェフには知らせないようにと念押ししてたんだけど、それがまずかった。

 電話に出たのがジェフだと分かった途端、アシュリーは戸惑ったらしいんだ。『話しちゃまずい人につながった』と思って。そして、その動揺を見抜けないジェフじゃない。根掘り葉掘り尋ねられて、アシュリーは白状せざるを得なくなった。……本当に、ごめん」

「じゃ、じゃあ、まさか、あの、局長は?」

 恐る恐る尋ねたサムに、リロイは力なくうなずく。

「ほぼ間違い無く、ウォルトンの捜索に向かったんだろう。繰り返すけど、これは非常にまずい事態だ。ダリウスと共に脱獄したことを考えれば、ウォルトンとあの組織は結託しているはずだ。ウォルトンにしてみれば新しい活躍の場を得られることになるし、組織にとっても、ウォルトンは有用だろうからね。

 それを考えれば、今のウォルトンを単騎で狙うのは、はっきり言って自殺行為に等しい。いくらあのジェフ・パディントンであっても、生きて帰れる保証は無い」

「……!」

 いつも楽天的で飄々としているリロイからはっきりと、悲観的な予測を伝えられ、一同の顔に緊張が走る。その様子を眺めながら、リロイはこう続けた。

「このまま放っておくのは、極めて危険だ。出来る限り早くジェフを見付け出し、ここに連れ戻さなきゃならない。でなければ僕たちはジェフを、即ち合衆国が誇る探偵王を、永遠に失うことになりかねない。

 現在取り掛かっている仕事はすべて保留してくれ。君たち全員に、ジェフ・パディントンの捜索を命令する」

「了解!」

 一同は一斉に敬礼し、その場から散った。

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