役割分担
私は目を覚ました。
「さあて、また私の出番だねカインくん!」
私は上体を起こして、夢の中の男を思い返す。
大丈夫。ちゃんと覚えている。私は準備を整えて家を出た。
飛び散った鮮血がぴしゃりと私の右目を打った。
一瞬で視界が赤に染まる。私は動揺することもなく、ただ機械的に右目を拭う。
目の前には血だらけでこと切れている一人の男。念のため、手にしたナイフでもう一度、男の喉を切り裂いた。心臓が止まってしまった男の血は、吹き出すことも無くドロドロと、だらしなく地面に広がっていった。
「おや、なかなか容赦が無いね、お嬢ちゃん」
背後から聞き覚えのない男性の声。私はゆっくりと振り向いた。
そこに立っていたのは虚ろな目をした中年の男性。中肉中背、短く刈り込まれた髪を淡く茶色に染めている。特にこれといった特徴のない顔立ち、しかし、その男の右手には大ぶりのナイフが握られていた。
「おじさんは誰?」
私が尋ねると男は何気ない口調で答えた。
「今話題の連続殺人犯だよ」
(男の言葉に彼女は驚く様子もなく、まるで興味は無いと言わんばかりの表情で「ふーん」と呟いた。連続殺人犯だろうが宇宙人だろうが、そんな事は彼女にとってどうでもよかったのだ。彼女の世界は姉を中心に回っており、それ以外の事など大した出来事ではないのだから)
「お嬢ちゃん、僕が怖くないの?」
「別に……どうでもいい」
「へえ、かわっているねえ」
「よく言われるわ。それで、なんの用かしら?」
(男は無言で死体の傍まで歩み寄る。そしてしゃがみ込むと、私が刻み付けたナイフの切り傷をじっくりと眺め出した)
「ふむ、素晴らしい程に躊躇いのない切り付け方だな。まともな人間にはここまで出来ない」
そう言って私に笑いかけてきた。私にはこの男の意思がわからない、わからないが、この男の存在が私にとって脅威になりうる事はうっすらと理解できる。
ならば、私の取るべき行動は一つしかない。
(彼女は、さらに何か言おうとしている男に近づいた。そして何気ない動作で手にしたナイフで男の腹を突き刺す。驚愕の表情を浮かべる男。
しかし彼女は……、彼女には何の表情も浮かんではいなかった。
まるで近所のコンビニに行く時のようなリラックスした表情で、再度ナイフを振るう。振りぬかれたナイフは、あっさりと男の喉を切り裂いた)
「さよなら、そしてありがとう。私は貴方の名前も知らないけれど、貴方の死はお姉ちゃんの生に繋がるでしょう。感謝の言葉を贈るわ」
返り血が私を赤く染めていく。
この血は命の象徴。お姉ちゃんに捧ぐ、私の愛。甲高い笑い声が響いている。誰の笑い声?一瞬わからなくなったが、何のことは無い、笑い声は私の口から漏れ出していた。
くるくる、くるくる。世界がまわる。
クルクル、クルクル。クルッテル。
(そして物語のバトンは僕に引き渡される)