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私は目を覚ました。
先ほどの夢のせいで体中がべっとりと汗にまみれている。ふと顔を上げて時計を確認すると、まだ午前三時。どうやら早く起きすぎたようだ。しかし二度寝する気分にもなれず、ゆっくりと上半身を起こす。
「お風呂・・・入ろうかな」
汗だくで気分が悪かったのでお風呂に入ることにした。着替えとタオルを手にした私は両親を起こさないように足音を忍ばせて一階の風呂場へ移動、脱衣所の電気をつけた。チカチカと数回点滅してから電球に明かりがともる。暗闇になれた私の目には電球の柔らかな光がとても攻撃的に映った。
「・・・似てないな」
鏡に映った自分を見てしみじみと呟く。肩まで伸びた漆黒の髪の毛も、少しつりあがった目も、この世の絶望を結晶化させたかのような影のある危なげな表情も、全くお姉ちゃんには似ていない。私達姉妹はとても仲がよかったがその性質は真逆のものだった。
衣服を脱ぎ、シャワーの蛇口をひねる。まだ暖められてない冷たい水が私の体を打った。流れ出る水を見ながら私の思考は勝手に回りだす。
そう、私達姉妹はまるで真逆の性質を持っていた。でもそれは私達にとって障害にはならなかった。むしろ私はうれしかった。私にとってお姉ちゃんは憧れだったから、お姉ちゃんが私が持っていないものを持っていることは当然だったし、だからこそお姉ちゃんが大好きだった。
一通り体を洗い終えた私は湯を並々と入れたバスタブに身を沈める。夢の余韻で凝り固まっていた心が、温かなお湯に溶けていくようだ。
いくぶん気分の良くなった私は幼馴染である唯ちゃんの事を思い出した。
「学校か・・・」
正直言って私は学校を重要なものとして捉えていない。お姉ちゃんが死んだその時から私の世界は全てがモノクロに変わった。全ての価値が失われ、お姉ちゃんの思い出だけが鮮やかな色に彩られた。
しかし家にいても特にすることが無い。はっきりいって暇なのだ。
「学校・・・行ってみようかな」
「おはよう彩ちゃん!また一緒に学校行けるんだね!」
「ちょっと、抱きつかないで唯ちゃん。人目が・・・」
気まぐれで学校に行くことにした私は、早朝の六時に唯ちゃんに連絡をした。するとどうだろう、私から連絡を受けた唯ちゃんはそれから僅か三十分後に私の家に来た。どれだけ張り切ってるんだろうこの娘は。
「えへへへ、彩ちゃんと学校。うれしいな!」
今度は腕を絡めてきた。そんなにうれしいかね?まあ慕われているので悪い気はしない。私達はゆっくりと通学路を歩く。唯ちゃんがくっついているのであまり速く進めないのだ。
しばらくすると突然唯ちゃんがギュッと私の腕を握る力を強めた。接している唯ちゃんの腕から彼女が震えたのが伝わった。
不思議に思った私は唯ちゃんの視線の先を見る。
「・・・あ」
思わず短く声を上げてしまう。
目の前には制服を着崩した不良の集団。私の目に留まったのは不良集団の中心にいる一人の男。ぼさぼさの黒髪、無表情のなかで三白眼だけがギラギラと人を威嚇してる。あいつは夢で出てきた奴隷商人のリーダーだった男だ。この世界と向こうの世界は繋がっている。その言葉が頭をよぎった。
私の危惧した通り、その不良集団は私達に絡んできた。二つの世界はリンクしている。片方の世界で起こった出来事はあらゆる形をとってもう一つの世界にも現れるのだ。
「熱いねえ。女の子同士でイチャイチャしちゃって!」
へらへらと軽薄に笑いながら執拗に絡んでくるガタイのよい男。私はこの男にも見覚えがあった。たぶん向こうの世界で獣に殺された男がこんな顔をしていた。
「行こう彩ちゃん!」
唯ちゃんが私の手を引いてその場から離れる。
「あっ、おい待てよ!」
執拗に絡んできたガタイのよい男は横断歩道を渡って道の反対に逃げた私達を追ってきた。その後のことは断片的にしか覚えていない。小走りで追いかけてくる男、嫌そうに顔をしかめる唯ちゃん。
男が横断歩道を途中まで渡ったとき、信号無視の暴走トラックが突っ込んできた。
ギョッと目を見開く男。フロントガラス越しに見えたトラックの運転手はこっくりこっくり船を漕いでいた。
衝撃音。パッと舞い散る血吹雪。赤茶けたその液体は私達にも降りかかった。
「きゃあああああああああ!?」
唯ちゃんは半狂乱で叫び声を上げる。当然のことだ、いくらいけ好かない不良野郎だとしても人が目の前で死んだら恐怖を感じる。
そう、当然のこと、普通の反応。
唯ちゃんの反応が普通だというのなら、私の神経はすでに普通ではないのだろう。なぜなら私は恐怖など感じていなかった、微塵も動揺していなかったのだ。
いや、むしろ歓喜した。気づいたから。気づいてしまったから。
死んだ・・・死んだ。向こうの世界で起こった出来事はほぼ確実にこの世界でも起こる。ならばお姉ちゃんは生きがえる。西の魔女が蘇らせてくれる。
「あは、あははははあははははははは!」
役割分担、役割分担だよカインくん!君はお姉ちゃんを蘇らせるために全力をつくす。そのかわり、君の邪魔をする奴は私が片付けてあげる!
私は満面の笑みを浮かべて不良集団に向き直る。仲間が轢かれたことで驚愕している不良たち、その制服をしっかりと記憶に焼き付けた。