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ベネット遠征伝~女を汚す奴は、許さねぇ!~  作者: 神羅神楽
第二章 ソーネチカ~コリンズ女史の優雅な七日間~
7/42

令嬢生活も楽じゃない!

いやー貴族の風習って、全然わからん! それゆえお見苦しいところもあるかもしれませんが、お楽しみください。

 コリンズ女史は更衣室で、ソーネチカのドレスの替えに着替えさせられた。胸にはいくつものパッドを詰められ、初めてのコルセットに息苦しい思いをしつつ、真紅のドレスを身にまとった。ひっつめは解かれ、金髪を下ろすと、

「シンデレラみたい……」

 姿見を見たコリンズ女史はため息をついた。

「とってもよくお似合いですよ」

 ソーニャがほほ笑む。くるりとコリンズ女史は一回転し、何度も変わり果てた自分の姿に悦に浸る。

「さあ、コリンズさん。それではレッスンに入りたいと思います」

「へ?」

 気がつくと、ソーニャは鞭を手にしている。

「まずは歩き方からです。やってみてください」

「歩き……方。というか、その鞭は?」

 あらあら、と笑みを浮かべるソーニャ。その笑顔は、どこか威圧感があった。

「貴族たるもの、一朝一夕でたしなみを身につけようなんて、本当は甘い話なのです。見合いの日取りまで時間がありません。徹底的に躾させていただきます」

 そう言って、鞭を曲げ伸ばしする、恐ろしいソーニャ。

「ねえ……鞭は正直、やめて欲しいんだけど」

「いいから歩いてください」

 女史は渋々、いつもの歩き方で歩いた。そこに、ソーニャの鞭が彼女の腰をうった。

「いたっ!」

「それでは庶民の歩き方です。いいですか。歩くときは常に背筋を伸ばし、ドレスの裾を持ち、下品に足音を立てずに歩くのです」

「こ……こう?」

 するとまた、ソーニャの鞭がとんだ。

「だめです。形になるまで何度でもやり直しさせますからね」

「もう嫌! 勘弁して!」


 一方、ダーシー、ベネット、ウィッカムは執事服、エリザベスはメイド服に着替えた。彼らはラウンジに集められた。

「どうですか、私のメイド服?」

「うん、いいんじゃないかな」

「最高のメイドであーる」

「……あんま調子に乗んじゃねーぞ」

 どうやらエリザベスのメイド服のサイズは合っていたらしい。ダーシーは小柄なので、服に着せられているという印象を持つが。

「あなた方には、コリンズさんがぼろを出さないよう、アシストしていただきたいのです。考えてみれば、ロージャ男爵はあまり人を疑いませんが、ロージャ男爵の側近は慧眼で、コリンズさんの変装を見破る恐れがあると思い至ったのです」

「……もうやめねえか? こんな馬鹿馬鹿しいこと。女史が貴族の真似なんかできるわけねぇだろ」

「馬鹿野郎、何のためにここに来たんだ。舞踏会にジョーカーズが現れるんだぞ? そいつをまた捕えて吐かせれば、ソーネチカさんの意識を取り戻せるかもしれない」

「ダーシーさん、してみると、あなた様はソーネチカ様の昏睡状態の原因はジョーカーズにあると?」

「ええ。前に私たちが救った女性も、ジョーカーズが原因で精神が錯乱していましたからね」

ポルフィーリィは髭をいじりながら、少し考え込む素振りをみせた。

「とりあえず今日は夕食まで自由にすごしてください。この館にいる間はくつろいでいただいて構いませんが、ギルドパクト邸では素性がばれぬよう緊張感を持ってくださいね」

「きっと今頃、女史は厳しい貴族のたしなみを躾けられているんだろうなぁ……」

「うははは! そいつぁ愉快だ! うまい飯も食えるんだろうよ」

「ところで、ひとつお願いがあるのですが……」

 ポルフィーリィが揉み手をしながら尋ねて来た。

「あなた様たちのどなたかでよろしいのですが、厨房を手伝っていただけませんか? 人数分の食事を用意するのが、ソーニャ一人には荷が重すぎますので……」

「それなら、わたしが」

「私も実は、料理なら心得があるのであーる」

 エリザベスと何故かウィッカムが名乗り出た。

「……大丈夫か? まともな飯は食えるんだろうな?」

「だったらお前も厨房に立ったらどうだ?」

 うるせえ、とベネットはダーシーに唾を吐いた。


 そして、ディナー。

「いいですか。ナイフとフォークは外側から使うんです。スープは皿を向こうに傾け、匙はこちら側に掬うこと。音を立ててはいけません。肉料理はナイフとフォークを使い、フォークの背に切った肉を乗せ、口に運ぶ。大きく口を開けてはいけません。そしてナプキンで口を拭う時は、必ずナイフとフォークは離して皿に乗せること。食べ終わったなら、メイドが皿を片付けるまで、ナイフとフォークを時計の五時の方向に揃えて置くこと」

「いっぺんに言われてもわかりませんわ……」

 するとベネットが鞭をちらつかせたので、怯えるようにベネットはナプキンを首に巻いた。

 厨房から、ウィッカムたちが出て来た。彼らはトレイに前菜を持ち、座っているコリンズ、ベネット、ダーシーに料理を運んだ。

「ああ……エリザベスちゃん。お願い、助けて……」

「ごめんなさい……わたしには何もできません……」

 うはははとベネットが笑う。

「あーっはっはっは、物欲に駆られた自分を恨むんだなコリンズ女史、いや、コリンズお嬢様。一体何発鞭を喰らったか覚えておいてくれよ?」

「上等ですわベネットセバスチャン。しっかりその数を覚えて、事務所に帰ったら同じ数だけ《オーラ》を使ってあなたに腹パンを喰わせてあげますわ」

 おーこわ、と、ベネットは身震いした。

 そして、ディナーの時間で、コリンズ女史は数発鞭を喰らった。


 それから、コリンズ女史は歌のレクチャー、舞踏会のレクチャー、挨拶の仕方のレクチャー、そしてタランティーノ家の家系と歴史についてのレクチャーなど、五日後に控えたお見合いのために、ソーニャにみっちりと仕込まれた。


 ある夜、こっそり館から盗み出したワインを自室で飲み、ベッドに顔をうずめて、コリンズ女史はしくしく泣いていた。

「もう嫌! なんであんなに鞭を喰らわなきゃいけないの!? 私が何をしたっていうの!? ああ……早くロージャ様に会いたい……」

 するとノックの音がした。女史はソーニャかと思い、激しく怯えて急いでベッドの下にワインを隠した。

 しかし、入ってきたのはエリザベスだった。

 女史は涙をどっと流してエリザベスに抱き付いた。

「ああ……やっぱりエリザベスちゃんは天使よねぇ……心配して見に来てくれたんでしょう……? ありがとう……」

「ええ。コリンズさん、鞭ばかりくらってるので、ソーニャさんからドレスの替えを持って来たんです。明日から、お着替え、手伝いますね」

 コリンズ女史はエリザベスの額やほっぺにキスを何度もした。

 ふたりはベッドに並んで腰かけ、酒を一緒に飲んだ。エリザベスは18だが、大陸では15歳以上の男女は酒を飲むことが許されている。

「コリンズさん……お嫁に行ったりしませんよね」

「愚問だわ。 ……といっても、それもまんざらでもないけれど」

「お願いですから、それだけはやめてください。コリンズさんといるときが、実はわたし、一番安心するんです」

「エリザベスちゃん……」

 コリンズ女史は酔っているのか、涙もろかった。

「まあ、クローバーズで唯一の女性だっていうこともあるけれど……。コリンズさんの生き方に、わたし、憧れているんです。仲間に厳しい制裁を喰らわせているようで、実は仲間を一番大切にする、そんなところが。プライムと闘ったときも、身を呈して突っ込んでくれたし……」

「…………」

 コリンズはシガレットに手をつけようとしたが、ソーニャを恐れて、手を止めた。喫煙は休憩時間に中庭でやるということで、特別にソーニャに許されている。だが、ギルドパクト邸、ないしロージャの前では、絶対にやらないように言われていて、我慢ができるかどうか、若干不安であった。

「背中、向いてください」

 ちょっと戸惑いながらも、女史はエリザベスに背を向ける。そしてエリザベスは、そっと背中に手を触れる。すると、鞭のミミズ腫れが治っていくのがわかる。

「これでひりひりするのも癒えるでしょう。これから毎晩、傷を癒しにきますね。それじゃ、おやすみなさい」

 エリザベスはお辞儀をして、去って行った。コリンズはエリザベスの優しさに心を打たれ、心を思い直した。

 ──ロージャの嫁を狙っていたが、その幻想を抱くのはもうやめよう。私には、帰る場所がある。どうかみんな、ソーネチカを助けて欲しい……。

 ワインを飲み干し、グラスを隠し、火照ったからだに寝苦しさを覚えつつ、眠りについた。


 そうしてソーニャにしごかれ続け、とうとう見合いの日がやってきた。

 エリザベスは鏡の前でソーニャに一等品のドレスを着せられ、髪の毛をカールさせ、より一層、ソーネチカの正装に近づけた。

「今まで鞭ばかりふるってごめんなさいね。とってもお綺麗ですよ、コリンズさん」

 鬼のようだったソーニャが、優しい微笑みを見せた。

 白粉をつけ、口紅を塗り、美しくなっていく自分にコリンズ女史はうっとりしていた。

「出来の悪い娘でごめんなさいね」

「いいえ、六日間でここまで礼儀作法を身に着けられるなんて驚きです。もうあなたはギルドパクト一家の前に出しても十分恥ずかしくありませんよ」


 そうしてコリンズ女史は館が所有する自動車に乗り、ポルフィーリィの運転でギルドパクト邸まで向かった。車は非常に高級品なので、他の四人は、馬車に乗って向かった。


 そうして数分後、彼らはギルドパクト邸に着いた。

「でっけぇ……」

 タランティーノ邸とは比べ物にならないほど、だだっぴろく、門から屋敷まで数キロぐらいの距離があった。その向こうの屋敷も、宮殿のように豪勢だった。

 守衛に門を開けてもらい、自動車と馬車は、屋敷の前まで走った。そして目前まで来て、降りると、そこにはロージャ・ギルドパクトの姿があった。

 背丈はゆうに180センチを超え、すらっとした体型で、顔はりりしく、曇りのない目をしていた。

「お会いできて光栄です、ソーネチカ・タランティーノ様。あなた様は巷の噂では、重いご病気にかかっていたと伺っておりましたが」

「いいえ、ロージャ・ギルドパクト様。わたくしきっと、社交ダンスのし過ぎで疲れたんだわ。お金がないというのに、身の程をわきまえろと言ったところですわね。どうぞわたくしを笑ってくださいまし」

 笑いをこらえていたのは、ベネットとダーシーたちだった。

「それでは、屋敷に案内いたします。案内いたしますよ。どうぞ肩の力を抜いてください」

「お心遣い有り難く頂戴いたしますわ。それではお言葉に甘えて」

 コリンズ女史はスカートを持ちあげ、美しい立ち振る舞いを心がけ、ギルドパクト邸へ歩んで行った。


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