眠れる令嬢、ソーネチカ
ソーニャもソーネチカも同じ罪と罰のソーフィア・セミョーノヴナの愛称ですが、別の名前として扱っています。
クローバーズ一行は飛行機でアネモネ国際空港に降り、そこからクルーザーで海峡を渡ってマゼンダ公国の領地に上陸した。彼らは領事館に行き、ポルフィーリィが役人と話をつけ、ダーシーたちの入国を許可してもらった。
まさにそこは近代の都市で、見るものすべてが珍しかった。旧式のディーゼル車が走り、街灯には人がはしごを使って灯をともし、エプロン姿の婦人がちらほらみかけられた。
「ここはずいぶん、女性が多いんですねぇ……」
「彼女らはああ見えて、かなり高いレベルのギフテッドで、ジョーカーズが逃げ帰るほどですからねぇ……この国の女性は、全部で28名です。ソーネチカお嬢様を含めてね」
ダーシーの問いに、ポルフィーリィがどこか申し訳なさそうな口調で返す。
「あなた方の事業は聞いております。男爵に事情を話せば、国王にかけあって、国民中のイヴにあなたのシェルターに入れてもらうようお触れ書きを出すことも可能です」
「それは、話が早いですなぁ」
ダーシーは胸をなでおろすように安堵した。
コリンズ女史はローブを纏って顔を隠し、自分がソーネチカと勘違いされないようにしていた。ウィッカムは、ビングリーの作った玩具を見せつけて子供たちを集めながら歩いていて、エリザベスはベネットの腕にしがみつき、ベネットは堂々と歩きたばこを愉しんでいる。
ポルフィーリィは馬車を二台手配し、片方にダーシー、コリンズ女史、ポルフィーリィ、もう片方にベネット、エリザベス、ウィッカムを乗せて走らせた。やがて高級邸宅地にさしかかり、ここではいろんな財閥や政界人、そして貴族の豪邸や別荘が立ち並んでいる。
「着きました。ここが私の仕えるタランティーノ家の邸宅でございます」
大きな黒い鉄門が聳え立ち、その向こうには広大な敷地が広がっており、向こうに豪勢なレンガ造りの館が立っている。
ポルフィーリィに招き入れられ、中に入る五人。ゆったりとした広いラウンジには、暖炉とソファーがあり、高級そうな瀬戸物、金や銀の置物、獅子のはく製、それから勲章や額縁に入った賞状などが飾られている。五人はソファーに向かい合って座った。
ここに座るようポルフィーリィが促し、呼び鈴を鳴らした。すると、一人だけ、美しいメイドが奥の部屋からやってきた。
「ソーニャ、お茶を用意してあげなさい」
「はい」
ソーニャと呼ばれたメイドは暖炉の脇に置かれたティーポットに、水筒の水を入れると、パチンと指を鳴らし、ごぼごぼと沸騰させたかのような音を鳴らした。盆に人数分のティーカップを棚から載せ、そっとテーブルに乗せると、あろうことかポットから紅茶が出て来た。
「すごい! どうやったんですか?」
エリザベスが拍手した。
「彼女もギフテッドなのですよ。《アトム》という、粒子を自在に操る異能です。茶葉はこのポットにあらかじめ入っており、分子を高速で振動させるよう操り、沸騰させたのです」
おそるおそるダーシーが紅茶に口をつけると、
「おいしい……」
するとメイドのソーニャは、
「これでも、あまり上等な茶葉ではないのですが……あ、もうしわけありません、お気を悪くさせるようなことを言って」
ソーニャはぺこぺこ謝る。ダーシーはほほ笑んで手を振って、いいですよ、と謙遜する。
「しばらくここでくつろいでいてください。ソーニャ、こちらのコリンズさんという方を、更衣室にお連れなさい」
「はい、セバスチャン」
女史はわけのわからぬまま、ソーニャに外に連れていかれた。
「これで今日からコリンズさんにはソーネチカお嬢様になっていただきます。では、私はお嬢様のところへ行って、結界の確認に行ってから、また戻ってまいります」
「待ってください、あなたも《プリズン》のギフテッドなのですか?」
こほんとポルフィーリィは咳ばらいをし、
「そうです。今の私の能力値は第二形態です。強固な結界を長時間張ることが可能です」
「えっ、《プリズン》は、ヨシキチさんの能力じゃなかったんですか? どうしてポルフィーリィさんも同じ異能を?」
「エリザベス氏よ、ギフテッドには同じ系統の異能持ちがいるのであーる。ただ、同じ名前でも、能力値がなかったり、能力の特性が異なったりすることがあるのであーる」
ウィッカムが紅茶に遠慮なく5個角砂糖を淹れてまぜまぜしながら答える。
「だけどよ、ソーネチカを元に戻すにはどうすりゃいいんだ? ま、どうせまたジョーカーズの仕業で、そいつを倒せば元通りになるんだろうがな」
ベネットは煙草に火をつけようとしているのだが、腕が痙攣してなかなかライターで火をつけられない。エリザベスはそれを見て、ライターを取って火をつけてあげた。このやりとりは彼らの間でよく交わされている。
しばらくして、ポルフィーリィが戻って来た。
「結界は問題ありませんでした。お嬢様のところへご案内いたします」
ドアを開けると、非常に長い渡り廊下が続いていた。外は薔薇がたくさん咲いている美しい庭園が広がっていた。プールもあった。水がよどみ、緑がかっていて、枯葉がたくさん浮かんでいたが。こうしてみると、没落貴族の悲壮感を感じさせられ、しんみりとなる。
廊下を渡り切ると、非常に規模の大きい洋間が広がっており、そこの寝室の鍵をポルフィーリィは開け、中に迎え入れた。
白い枠のキューブのような結界の中のベッドに、コリンズ女史とうり二つの、長い金髪の美女が眠っていた。青白い顔をしていて、生命力が感じられない。
「おいたわしや、ずっとこのままなのです。ソーネチカ様は《ドレイン》の異能をお持ちのギフテッド。ですから微量の生命源を窓の外の木々から吸い取られ、生きながらえていらっしゃるのですが、実質植物人間となられているのです……」
四人はじっとソーネチカを見た。
「可哀そうなソーネチカさん……ベネットさん、なんとかしてあげましょうよ」
「っつってもなぁエリザベス、そうのこのこジョーカーズが現れるとも限らねえし」
「のこのこ現れなくて悪かったわね」
「「!?」」
全員が体をびくりと震わせ、背後を振り返ると。
イライザ・サクラダファミリアの登場だ。これで二度目になる。
「てめえ、また死にに来たのか」
「笑わせないで? 前回無様に私から逃げたのは誰だったかしら」
ベネットは激昂し、レザーコートを脱ごうとしたが、
「おやめください! 闘うなら外にしてください!」
とポルフィーリィ。しかしイライザは鼻で笑って、
「今回は宣戦布告じゃないわ。あなたたちにスリルを味わせてあげようと思ってね」
「あ?」
敵意をむき出しにした声を出すベネット。ぴくぴく体を痙攣させながら。
「ひとつだけ知らせておきたいことがあってね。コリンズとかいう浮かれきっている馬鹿女が、ソーネチカ嬢に化けてロージャ・ギルドパクト男爵とお見合いを七日間にわたってするようね。私たちの部下が集めた情報によると、その七日目にはギルドパクト邸で舞踏会をするみたいなのね。そこで」
イライザは手に持っていた扇子を広げて口元を隠し、
「私の刺客をひとり、舞踏会に混ぜ、コリンズを殺すように命じてあるの」
「なんだと?」
あははははとイライザは高笑いし、
「どうする? コリンズにこのことを伝えたほうがいいかしら。でも彼女はお嬢様を演ずるのに専念したいみたいだから、やめといた方がいいかもね。じゃ、私はこれで帰ります。ソーネチカお嬢様にごきげんよう」
閉じた日傘を杖代わりにしながら、優雅に去っていくイライザ。後を追おうとするベネットの肩を、ダーシーが掴んで制止する。
「今はタランティーノ家にとって大事な時期だ。問題を起こすのはよそう。イライザの話が本当だとしたとしても、女史には黙っておこう。それがいいですよね、ポルフィーリィさん」
「誠に申し訳ないことだと思っております……。どうか、その通りにしてくだされば、当家はきっと救われるに違いありません」
「じゃあ、女史を見殺しにしようってのか!」
ベネットは激しく怒鳴りつけた。
「おちつくのだベネット氏。なーに。我々だけがその事実を知っておればいいだけのこと。我々が舞踏会のときに女史の傍にいて、いつでも刺客を討てるようにすればいいではないーか」
「でも、どうやって……」
エリザベスが口元に手を当てて困り顔をする。
「お願いがあります」
ポルフィーリィが口火を切った。
彼は少し、ためらってから、
「どうかみなさんには、臨時のメイドと執事として、コリンズさんに仕えて、常におそばにいていただきたい」
四人は顔を見合わせた。