ダーシーチェアマンとコリンズ女史の事情
コゼットの名前の由来は、「レ・ミゼラブル」です。一応。
前回、ウィッカムが単独行動を目論むために渡した、四枚の旅行券。
スピカ王国という、大陸南部に位置する景勝地へのチケットである。
四人はありがたくチケットを受け取ってジェット機に乗り、アマリリス国際空港へ向かった。
そこからさらに旅行会社の用意したチャーター機を使い、スピカ王国付近まで来ると。
「わあ、ベネットさん、見てください! 海が水色ですよぉ!」
「あー? ……ああ」
はしゃぐエリザベスをよそにベネットは週刊誌を開いて顔の上に乗っけていた。煙草が吸えないのでガムを噛んでいる。
「女史。どうだい、たまにはこういうのも」
「悪くないですわね、ダーシーチェアマン」
「あのさ……」
「何かしら」
「もしよければ……今晩、話がしたい」
「ビジネスの?」
「まあ……そんなとこだな」
アロハシャツのダーシーは頭をポリポリ掻く。
煽情的なコリンズ女史の姿にどぎまぎしているのだろう。
そしてスピカ王国に着くと、高くそびえるヤシの木たちがベネットたちを出迎えた。
「俺ぁこんなとこ初めてだぜ。イルカとサーフボード、どっちが乗りこなしやすいもんかね」
着くやいなや煙草に火をつけるベネット。
「さあ、ホテルのチェックインまで時間がねぇぞ。みんな疲れてないか?」
「「ぜんぜーん!」」
コリンズ女史とエリザベスが同時に手を挙げる。
「じゃあ、俺がチェックイン済ませるから、みんな自由行動な。おっとベネット、エリザベスから離れるなとは言ったが、更衣室にまでついていくんじゃあないぞ」
「ちっ、わかってら」
ダーシーは旅行券をひらひらさせながら、ホテルへと向かっていった。
そして、更衣室にて。
「ちょっとなんでそんなに胸あんのよエリザベスちゃん! 悔しい! 揉ませろっ」
「ちょ、きゃは、くすぐったいです、セクハラです、女史さんっ」
そして更衣室から出てくると、周囲のアダムたちの視線は二人に釘付けになった。
フリルのついたピンクのホルターネックのビキニを着けているエリザベスは、くっきりした谷間と隆々とした胸のふくらみを見せつけて、そのナイスバディにアダム達の鼻の下は伸びきっていた。
一方の女史も、胸はないがスレンダーな体つきを見せつける、紫の露出度の高いビキニにパレオを纏い、サングラスを外して見つけたイケメンアダムにウィンクをしてみせた。するとそのアダムはコロッと行き、コリンズ女史の方へ歩み寄ったが、連れの彼女と思しき人物にビンタされ、連れ戻された。
ベネットも脱いだらなかなかのもので、屈強な筋肉、割れた腹筋に褐色に焼けた皮膚はイヴたちの興味を引き寄せた。なにせ顔も馬面ではあるがイケメンであるし、188センチの長身も包容力を感じさせる。
「おーい!」
ベネットが呼ぶと、水浴びしていた二人の天使は駆け寄ってきた。
彼を見た途端、ナンパをしようかと値踏みしていたアダムたちはみな引き下がった。
「ねえねえ? あたしとエリザベスちゃん、どっちが水着似合ってる?」
「んー、甲乙つけがたいが、まあ俺の嫁さんが勝ちだな。しかし女史、脱いだらすげえんだな」
「もう、あんまりいやらしい目で見ないでください、だんなさま」
むくれっつらをするエリザベス。そしてふふふと笑う女史。エリザベスはベネットに腕を絡ませ、ウッド調の食堂兼喫茶店に入り、ウッドデッキに座った。いわゆる海の家である。
後からダーシーも水着姿で追いつき、ウッドデッキに座ってきた。彼はベネットとは違い細マッチョ体型で、身長も低いので弱そう。本人はあまり気にしてないらしいが。
「ハハハ、イヴに試しにナンパしてみたんだが、ふられちまってあいでで!」
他でもなく、ダーシーの足をコリンズ女史がヒールサンダルで踏みつけたのであった。
「なんでうちの男社員ってこんなに女好きなのかしら? ねぇエリザベスちゃん」
「ほんとです。わたしは一途にベネットさんを想ってるのに……」
「ったく、いーから注文すんぞ。俺は生ビールとサンタゴイカのイカ焼き」
四人は酒を飲んで楽しんでいた。
そのとき、ヤシの木の陰では。
「ククク……ベネット……ソウヤッテモットハメヲハズスガイイ……オマエガウカレテイルウチニ、コチラモケイカクヲネッテイルノダカラナ……」
魚介人間のような白塗りのサイボーグがベネットの方を見つめていた。
「ちょっと? 君? 何してんの」
「ハイ?」
そのサイボーグが振り返ると、筋肉隆々のライフセイバーが立っていた。
「さっきからあの可愛い女性二人ばかりを見ているそうじゃないか。そのコスプレも怪しい。まさか、盗撮犯ではあるまいな?」
(ググ……ショウタイガバレテハマズイ……コウイウトキハ……)
「ニゲルッ!」
「おい!」
時速150キロ近い速度で海へと走っていくサイボーグ。周りのアダムとイヴたちはざわつく。しかし、ベネットたちは、おかまいなしに談笑していた。
「そうら、アドバンテージだ!」
「ヘタクソね、ダーシー!」
「うるせえな! 体育会系のお前に言われたくないわ!」
「ダーシーさん、頑張って!」
四人はビーチバレーに熱中していた。
そしてコリンズ女史のサーブ。
「いくわよ!」
「ちょっと待った!」
ベネットが叫ぶ。
「どうしたのよ?」
彼は矢印を海沿いの方に飛ばした。
「まさか……ジョーカーズか?」
ダーシーがコリンズ女史とエリザベスを匿う。
だが。
「おいてめえ、盗撮たぁいい度胸じゃあねぇか?」
「す……すみません……」
「残念だったな。こいつのネガはコレクションには入らねぇぜ。実家に帰って成長記録のアルバムでも眺めてるこったな」
ベネットの矢印は盗撮犯のアダムのカメラを壊しただけだった。
夜になり、ムードが漂う時間帯になる。
ベネットはエリザベスと、ダーシーはコリンズ女史と、相部屋になった。
ベネットの部屋では、二人とも水着姿のままで、エリザベスはベネットの胸にうずくまっていちゃいちゃしていた。
「ベネットさん、キスしましょ」
「おう」
いつも通りキスをするが、この日のエリザベスは積極的で、舌を入れてきた。
「んぺちゅ、れろれろ……」
顔を離してベネットは、
「お前、ディープキスなんていつ覚えた?」
「さあ? いつでしょうね?」
「けど俺は今日も抱かねえからな」
「ふんだ。ちょっと外の空気吸ってきます」
エリザベスは外へ出て行った。
一方のダーシーとコリンズ女史だが、二人はテラスで星空を眺めながら、煙草をふかしていた。
「……話って何よ」
「お前、ロージャさんに嘘ついたろ」
「なんて」
「俺は浮気なんかしてねーぞ」
「そうだったかしら」
実はコリンズの初恋の相手は、ダーシーだった。高等学校1年だった女史は、容姿端麗成績優秀なダーシーに一目惚れしたのである。
「お前から言い寄ってきたんだろうに」
「いやあなたでしょ」
「は?」
「は?」
数分後。ベネットの部屋。
「ペイパービューってのはいいね。こんな水着美女ばかりのところで抜くのもあれだが、いい女優揃ってんじゃん。映画も見れるし」
ダーシーの部屋。
「おいてめえ……異能使ったらてめえの負けだからな」
「勘違いしないで……? 使わないであげてるだけだし、手を抜いていることを忘れないように……」
「うるせえな……俺もこれでもジムに毎日通ってんだよ」
「ふん……いいから負けを認めな……さい……!」
取っ組み合いの喧嘩をする大人二人。
そのとき。
電気が消えた。
「あれ?」
「あれ?」
二人は取っ組み合うのをやめ、天井を見上げた。
そしてドアの方へ行くが。
「おい、開かねえぞ」
「ハア!? なんでよ!?」
「どうやら誰かがセントラルシステムにバグを起こしたようだな。単なる停電じゃねえ」
一方のベネットは。
ペイパービューが見られなくなったということに対し大変な憤りを禁じ得つつも、《ポインター》で小さい矢印を出し、鍵穴をいじくって外に出た。
「ダーシーと女史、大丈夫か?」
近寄ってみると、
『あんたがウィッカムの誘いを疑わずに請け合ったのが原因じゃない!』
『そんなもんしらんがな! てめえだって相当浮かれてたじゃねぇか!』
「仲のいいこと。面白そうだからほっといてエリザベス探すか……」
閉じ込められた二人は。
罵倒の応酬を繰り返し、疲れ果てていた。
「もーやだー! おうち帰りたいー!!」
泣き出すコリンズ女史。
「泣いてんじゃねえよ馬鹿……」
ナプキンを取り出し、へたりこんでいる女史の背後に回って拭ってやる。
「子供扱いすんな!」
「うるせえな。ロージャ邸でのあの勇敢なコリンズはどこ行ったんだよ」
「コリンズって言うな! 女史をつけなさい女史を!」
「お? 恥ずかしいのか?」
「ちがっ……」
「うるせえ女だ」
ダーシーは、コリンズの唇を、そっと奪った。
窓の外では花火が上がり、二人を色彩豊かに照らす。
そして彼女を抱きしめ、
「知ってるよ。女史って一番言われたくないのが誰だなんて」
「なんでこのタイミングで口説くのよ……?」
「泣いてる女の子見てると、放っておけないんだなー……」
「馬鹿ね」
すると今度は、コリンズの方からダーシーの唇を奪った。
「……お返し」
コリンズはほほ笑んだ。
すると、電気がついた。
「あっ……なんだよ、これから面白くなるってのに」
「なにさ。とりあえず、ベネットの部屋に行くわよ!」
コリンズ女史はダーシーの差し伸べた手を取って立ち上がった。
外。エリザベスはすっかり迷子になっていた。
「うう……遠くまできすぎちゃった……どうしよう……みんなに会いたいのに……」
ホテルの灯りが届かないところまで来てしまった。どうやら岬の方らしい。
「またアダムの人にみつかって乱暴されたらどうしよう……ベネットさん、ベネットさあん……」
エリザベスは座り込んで泣き出した。
もう本当にまたあの時期にもどってしまい、島から帰れなくなってしまうのではないか。
そのとき、彼女の肩に手が置かれた。
「だ、誰!?」
振り返ると、褐色の皮膚をしていて、黒いボックスブレイズのいくつもの数編み込んだ髪型をした──。
幼い女の子が、いた。
花柄の袖なしのワンピースを着て、可愛らしい顔をしている。
「あなたは?」
「コゼット」
それが、エリザベスの、忘れられない大切な友達の名であった──。




